疑わしき依頼1-5
アレッタの胸中では柊の心配が渦巻いていた。
右方部隊には柊が執行会上位序列の者と指揮を執っている。深く茂る木々で戦闘そのものは見えないが、離れた場所から閃光や大きな音、悲鳴や怒号が聞こえてくる・左方でも同じ様子だ。中央の主力部隊を守るための左右部隊。中央の最前列にヨゼフィーネ、聖羅、執行会のエラブルと最高指導者のエルクと並んで真っ直ぐ歩む。
歪みの中心地はまだまだ先だ。
きっと中心地に着く頃には左右の防衛部隊はボロボロになっているはずだ。歪みの中心地に近づくほど異形の数は増える。柊もクラウスも魔術師としては最高位の実力を持つ。しかし、それは魔術師という枠組みでの話。確かにあの二人の魔術は戦闘でも猛威を振るう。特にクラウスの特異な妖精を呼び出す魔術は、以前、シェルシェール・ラ・メゾンに出現した異形を無邪気に、残酷に、殺してみせた。半分以上意識が無かったが、あの光景はなんとなく夢のように曖昧な映像として記憶に残っていた。
「今は自分が生き残ることだけに集中しろ」
隣の聖羅が言った。
「手練れの魔術師や執行会の大隊だ。異形程度では崩されん」
「ええ、そうですけど……」
「お前は統括者になるのだろう? そんな顔をするな。お前に付いてこようとする者達を不安で煽るな。堂々としていろ。無理なんて言うなよ? そこは厚顔で覆い隠せ。クク、だからって厚化粧とかはするなよ? お前なら、間違って意味を捉えかねんからなぁ」
「そ、そんなことしませんよ!」
聖羅はムキになるアレッタに喉を鳴らして小馬鹿にした。
「な、なんですか。その眼は」
「いやあ、なぁに。ただ、可愛いなぁと思っただけだよ。少しは気分が晴れたか?」
「少しだけです。でも、ありがとうございます」
「まったく、世話の掛かるお嬢様だよ。だが、気は抜くなよ。これまでにない規模の歪みだからな」
聖羅の声はとても真面目なものだった。
「どうして、アダム様は手を貸してくれないのでしょう。世界だけでなくて、魔術師も危ういというのに」
その呟きに答えたのはヨゼフィーネだった。
「彼、いえ、彼女? まあ、アダムはそういった面倒毎には無関心なのよ。いつもそう。過去にこれほどでもないけど、大規模な歪みが発生したときも何一つ助言も無かったわ。結局、柊殿が多くの魔術師を引き連れて、執行会と共に消滅させたけど、双方ともに大打撃を受けたわ。柊殿も大怪我をしたし。労いの言葉もなかった。アダムにとって、私たちはどうでもいい存在なのかも、って思っているわ」
「自分の存在を記憶させないんだ。そうとうの人間嫌いか、それとも、記憶されちゃ不味い何かがあるのか、だな」
信仰会の指導者はこれといった力は持たずとも、信徒の為に命の危険を晒して同行しているのだ。それに比べて、常識外れ力を有しているであろうアダムは、部屋に籠もって出てこない。信仰という結束力を持つ組織と、個人探求の組織の違いだろうか。
しかし、その思考の余裕も、目の前に現れた存在によって停止せざるをえなくなった。
「何者だ」
エラブルが敵意を乗せた声で問うも、その人は何も答えず俯いている。
「魔術師でも執行会でもないな。この異界と化した深い山間で出会う奴は」
錫杖の先端をその人物に向けた。
神の加護が炎となって行く手を阻む者を燃やした。
「……なに?」
炎に包まれた男の衣服は瞬く間に燃え尽きたが、男は苦しむでもなく、絶叫をあげるでもなく、俯いたまま立ち尽くしている。
「アア、アア、アア」
声というより音。
大きく避けた口。眼もなければ眼窩もない。のっぺらぼうのような男が声を発すると、アレッタは咄嗟に耳を塞いだ。アレッタだけではない。聖羅も、ヨゼフィーネも、エラブルも、たぶん背後で列を作る魔術師や執行会も。
「ホゥホゥホゥ!」
フクロウのような声を上げた男は手をバタバタと翼のように羽ばたかせると、神の炎がかき消えた。
この場の誰もが、こんな異形を見たことがない、と思っていたはずだ。
エラブルと聖羅が、誰よりも早く復帰して、反撃の神秘で応戦し始めた。
こんばんは、上月です
次回の投稿は少し期間を空けまして、18日の21時を予定しております。
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