疑わしき依頼1-4
西ヨーロッパ地方の山村一帯は、信仰会が巡礼という名目で一般人の立ち入りを禁じた。
歪みの気配が色濃く立ちこめる警戒区域の外側に並ぶ、総勢四百万近い人の群れ。片方は白い法衣に身を包む執行会。スーツに黒コートに身を包む魔術師。
白黒の列は一様に歪みの中心点へと視線を向けていた。
両陣営の調べでおおよその歪みの支配領域は中心地から直径百キロほど。人の住んでいた村はもうすでに異形に食い荒らされているに違いない。この範囲内にどれほどの人が生活していただろうか。
何も知らずに平穏を過ごしていた人々は、突如現れた歪みと異形によって、殺されたのだ。
魔術師も信仰会も、敵でありながらも気持ちは一つになっていた。
異形を滅する。歪みを滅する。魔法使いを滅する。
魔術師の列の最前に立つ、最高役職に就く三人の魔術師は口を開いた。
「今回の魔法使い。だいぶ遅れを取ったけど、執行会と魔術師の勇ある者達が四百万も集っている。今までに無い大規模な作戦だ。隣人を信じ、己の探求道を信じ、互いに被害を最小限に留め、最高の結果を手にしよう」
柊に続いてクラウスが言った。
「自分勝手な行動は控えるように。常に隣人と共に、だ。いいね、諸君。作戦の立案は我らが最高の頭脳と勤勉家である、ヨゼフィーネ殿だ」
魔術師達は頷き合う。
「私は一切の犠牲を払わずに勝利を、なんていうご都合的な作戦は思いつけないし、まず、ないだろう。だが、諸君等の頭に移植し植え付けた作戦を忠実に遂行すれば、生き残る可能性は高まる。私からは以上だ」
ヨゼフィーネがチラリと視線で執行会側を見た。
戦う力は無いが、その場に居るだけで統率力と結束力を生む信仰会最高指導者の老人がゆっくりと穏やかな声で語りかけた。
「我らの加護は神の敵を討ち、強靱な守護に身を包んでいる。彼ら魔術師は防御メンで言えば一般の人と変わらぬ。なるべく彼らの身をも守り、悪を打つ戦士を減らしてはならぬ。よいな?」
前の方に並ぶ者達にしか聞こえてはいなかっただろう。
それでも、静かに頷いた魔術師とは異なり、誰もが拳を振り上げて雄叫びを上げた。まるで聖戦に赴く神兵のよう。
隣で列を作る魔術師達は、彼らの威勢にちょっとだけ引いていた。
「彼らの神様の神秘はとても強力だが、一点特化のものだ。僕等には多様性がある。そこを上手く活用していこう」
クラウスとエルクは進軍の号令を発した。
足場の悪い山の地形。しかし既にこの場の全員の頭にはこの山の正確な地図が頭にたたき込まれていた。
「気をつけてね、クラウス伯、ヨゼフィーネ殿」
「お前さん等なら大丈夫だ」
「ええ、私はこんな場所で死ぬつもりもないので」
行進する列が五つの分隊を作った。
一つの隊には必ず両陣営の中で指揮能力、実力共に申し分の無い者が数名振り分けられ、魔術師と執行会の混合軍が見事に統率の取れた動きで編成を組み上げた。
五つの分隊は正面から三、左右に一ずつの進路を取って進行を開始。
異形が跋扈する異界。正面に主力部隊を集結させ、左右からの部隊は異形の挟撃に備えた強固な部隊だ。一定の距離を空けて常に連絡を取り合えるように山道を登っていく。
もちろん、歪みの中心地にいる魔法使いは、既に彼らの動きを察知しているだろう。
ヨゼフィーネの頭の中には、千を越える想定と対処法を練り上げている。
「この作戦の要は、貴女たちよ」
稲神聖羅とアレッタ・フォルトバイン。
天性の天才と努力の天才。
次代へと続く道を照らす希望。
魔術史上最年少でAAランクへと至った少女たち。
「異形だ!」
左方の部隊から声が上がる。
続いて爆発や閃光が深い山に轟き明滅する。
右方でもほぼ同時に似たような騒ぎが起こる。
右側には柊が、左側にはクラウスが執行会上位序列の者達と率いている。
中央部隊の統率者はヨゼフィーネ、執行会序列第一位管理職のエラブル。
稲神聖羅とアレッタ・フォルトバインは、ヨゼフィーネの部隊に組み込まれていた。エラブルは左右の戦闘に意識なんて向けず、己に課された役割を果たすべく、ただ、まっすぐを見つめていた。
こんばんは、上月です
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