疑わしき依頼1-2
柊を中心にして左右にはアレッタと聖羅が席に座っている。
信仰会最高指導者からの手紙が本当に当人からのものか疑心はあったが、実際に目の前に座る白衣装に身を包む朗らかな顔つきの老人を見て、彼は本物の指導者だと直感した。写真で見るよりも優しそうで、彼が本物の指導者である証明として、これは誰かが入れ替わってもごまかしきれない聖性。
指導者の脇には戦闘のプロであり、魔術師とも敵対する執行会。その一人を聖羅は見覚えがあった。自分を嵌めた彫りの深い顔をした、一見して聖職者だとは思えない男は、執行会最高管理職序列第一位、エラブル・アルツカイヒマン。以前にあった頃よりだいぶ老けてはいたが、それでもまだ敬虔な信徒であると、不格好な彼なりの微笑みを浮かべていた。
「よぉ、懐かしいなぁ。エラブル・アルツカイヒマン、だったか。まだまだ未熟だった私に敗れて自分の信仰を見直したか?」
「お久しぶりです。ええ、見直しましたよ。だいぶ年下の少女に見下されたのですから、その日以降、我が信仰の研磨は激しさを増しました。貴女の噂は耳を塞いでいても届いてきましたよ」
「クク、お前がどんなに研磨しようが、私の魔道の障害にもならんよ」
「燃やすぞ?」
「止めないか、エラブル。お前さんの信仰は十分、我らが神にも届いておられるよ」
「は。申し訳ありません、我が指導者」
「聖羅もあまり場を乱さないでくれるかな」
「クク、それはあいつ等の口の利き方次第だなぁ」
柊と最高指導者は互いに視線を合わせて、やれやれと微笑んだ。
「さて、お話の前に自己紹介をさせてもらっていいかな。私は信仰会指導者として信徒を導く役に、未熟な身ではあるが就かせていただいている、エルク・クァントリーと申します。よろしければ、友好を交わすために、そちらも名乗っていただいてもよろしいですかな?」
「ええ、もちろんです、エルクさん。僕は魔術組織シェルシェール・ラ・メゾン統括者を任せられています、柊春成と言います」
「シェルシェール・ラ・メゾン。……探求者の家ですか。良い名の組織ですな」
「ありがとうございます」
「一つだけ、本題に入る前に申し訳ないのだが、聞かせて頂いてもよろしいかな?」
「ええ、どうぞ。なんなりとお聞きください」
話が長くなりそうだ、と聖羅は大きな欠伸をして、何かを考え始めた。アレッタは背筋を真っ直ぐに伸ばして聖羅んび視線で、しっかりするようにと睨み付けるが、面倒だ、という短いアイコンタクトが返ってきた。
信仰会最高指導者と執行会最高管理者ともう一人の執行会の女性。彼女は目元を布で覆っており、先ほどから一言も喋らない。まるで人形のようで、気を抜けば存在を忘れてしまう希薄な印象だ。
「噂に聞く、アダム・ノスト・イヴリゲン。数百年も前から生き、キミたちの組織を作ったと言われている者について。男性なのか女性なのか。若者なのか、老人なのか。そもそも人では無いのか。何一つ情報として入っては来ない人物は、本当に実在しているのか。信仰会、いや執行会の中で、最も警戒しているその噂の人物について、ほんの少しでいいので、教えてもらえないだろうか」
「おいおい、敵にそんな貴重な情報を渡すはずないだろうが」
「もちろん。タダで教えてもらおうなんて思ってもいない」
「知ったところで、お前等ではなんとも出来ないぞ」
「それは、実在するということかな」
「さあな。空想の人物だから、なんとも出来ないのかもしれんぞ。クク、私は言葉遊びと揚げ足取りが好きでね」
「はっはっは、これはまた意地悪なお嬢さんだ。発言には気をつけよう」
柊は曖昧に微笑むだけで、答えはしなかった。
いや、正確には答えられない。
確かにアダムには会っている。だが、アダムが視界から消えた途端に全ての、アダムに関する情報だけが抜け落ちてしまう。聖羅もAAランク昇格試験の日に、アダムの容姿や口調、魔術をメモしたはずだが、情報が記憶から抜け落ちたように、メモは白紙だった。
記憶されない人物。世界と溶けて人道を外れた神。万能を可能とする魔術師。一部の者達ではそう囁かれている。
「なるほど。答えたくても答えられない訳があると。これはなかなかに強敵だな。エラブル、不用意に魔術師の方々へちょっかいを出すのは控えなさい。何度も言っているが、アダムという人物、なにやら恐ろしく思う」
「それはできません。神の治世に汚れは不要。アダムなる人物も我らが浄化してみせましょう」
エラブルは真面目ぶった顔でエルク指導者に頭を垂れた。
「いいから、早く本題に入れ。私は呑気にお祈りして過ごしている貴様等とは違って、忙しいんだ。この無駄な時間も残業代として支払ってもらうからな」
進まない話に苛ついていた聖羅が路線を正した。
こんばんは、上月です
次回の投稿は31日の21時を予定しておりましたが、3月6日に変更します