アダム・ノスト・イヴリゲンの陰1-11
植物による殴打や刺突を受けても、それは瞬く間の夢として覚める。
「私は殺せない。私は死ねない。そういう者になってしまったから。自らの意思でもこの悪夢は覚めてくれない」
「アダム様は、終わらせたいのですか。自分の人生を」
「歩き続けました。長い時間。多くの人と、みんな置いていってしまう。私は常に一人、魔術師の祖として世界を探求して至った。その結果が永遠の悪夢に生き続ける傀儡」
アダムの声は疲れていた。
無機質に、感情は死に絶え、自分をシステムの一部であるかのように思い込むことで、余計な現実から眼を背けている。アレッタにはなんとなくだがそう思えた。悲しい人。寂しい人。魔術という神秘を生み出した学者はこんなにも美しいのに、花も咲かない瓦礫の時代をその姿から連想させた。
「もう自分の容姿さえ覚えてない。この顔も、性別も、全ては夢で描いた仮想の自分なのかもしれない恐怖が常にあり続ける。アレッタ・フォルトバイン。貴女はそんな人生を歩むとしても、AAという記号と無限の称号がほしい?」
「私はいかなる茨の道でも、どんなに身体を傷つけても、歩くべき道を模索しながら歩き続けます。それが、無道のフォルトバインの魔道です」
「そう。なら、歩き続けなさい。アレッタ・フォルトバイン」
アダムは魔力を収束させた。
もう試験は終わりだと告げるように、彼女の夢からアレッタは目を覚ました。ダンスホールのような大広間には魔術の痕跡もなく、植物たちが割って入ってきた窓も綺麗なまま。まさに夢の中での出来事。
戸惑いをみせるアレッタの目の前で立ち止まったアダムは、無表情で一枚の紙を手渡してきた。受け取り紙面に目を向け、満面の笑みを浮かべて柊達に振り返る。
「合格しました! 私もAAランクに昇格しました!」
飛び跳ねて喜ぶ様を微笑ましく、安堵の息を吐いた三者は彼女の下へと歩み寄り、何度もおめでとう、と彼女の昇格を喜んだ。
和やかな輪を眺めるアダムの眼には、何処か寂しげな影が一瞬だけ泳ぎ、一度眼を伏せて小さく拍手をした。
「アレッタ・フォルトバイン。称号を授けます。無限とは上限の無い数値。これは、限界の無い、という意味合いを持ち、貴女に相応しい魔術名は、無限草花の魔術師。草花のような生命力に満ちた成長を遂げなさい。将来の統括者」
「はい! ありがとうございます」
「試験は終わりです。退室しなさい」
四人はアダムに深々と頭を下げて部屋を出て行った。
残されたアダムは胸を押さえた。
彼女、アレッタをとても眩しいと思えた。純粋な好奇心と向上欲。噂に聞いた通りの常識から外れた天才だった。次の試験は稲神聖羅。彼女からも何か、過去に忘れた感情を思い出せるかも知れないと胸が沸き立つ。
「希望? 私が?」
小さな炎が胸の内に灯り、焦燥じみた危機感を抱いていた。これは自分にとってのバグだ。この感情は古き時代に誇りと共に埃に埋めたのだ。いいや、そもそもどうして埃に埋めてしまったのか。記憶の回帰指示を出しても検閲データとして意識は弾かれた。
「思い出せないのならば不要の残骸。どうでもいい。誰彼の干渉も忘れた。大切なのは終わりの未来。私はいつまで生きていれば良いの」
アダムの姿にノイズが走り大広間から姿を消した。
彼女を昇格させたのは、遠い未来に起こる戦争に自身の死地を作り上げるため。全ては自分の駒の一つとして動いてもらう為。まだまだ将来の輝かしい死を迎えるために、ありとあらゆる駒を引き寄せねばならない。その次の駒は、アレッタ以上に重要な役割を担う稲神聖羅。彼女を壊す算段はすでに数億通りの道を計算して作り上げた。どの選択をつかみ取っても自分の利となり、彼女は道を踏みはずす。だがしかし、壊したままにしておくには可哀想だ。一つ、彼女にも希望の種をくれてやろうと、津ヶ原幹久と久世香織。そして、本好きの少年との縁を結びつけた。
こんばんは、上月です
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