アダム・ノスト・イヴリゲンの陰1-10
アダムの居住区に続く階段の扉の鍵は、統括者の三名しか持てず、魔術による結界が張られているので、一般の魔術師では無理矢理こじ開けることも出来ない。
ヨゼフィーネが錠前の鍵を開け、アレッタが先頭を歩くように眼で促した。
階段には埃や積もり蜘蛛の巣の一切は無く、アレッタはゆっくりと階段を上っていく。三人の統括者は無言でアレッタの後ろに続く。
階段を上りきると、大きな両開き扉が迎えた。
「アレッタ。ノックして、入室するんだ」
柊に言われたとおりノックをして、ノブに手を伸ばそうとして止めた。
扉が勝手に開いた。真っ暗な扉の向こう側には直ぐに明かりが灯された。広い応接間はダンスホールのように絢爛なシャンデリアが吊られている。それ以外の家具と言えば、この場には不釣り合いな木製デスクが部屋の最奥に置かれている。
「あの、ここがアダム様のお部屋ですか?」
階段からここまで一本道だった。
この部屋にも扉は見当たらない。
「えっと、アダム様はどちらに?」
アレッタが部屋中を見渡し、統括者の三人もまた同じようにこの古城の主を探す。
「あの方は部屋から出ない引きこもりなんだがなぁ。いったい、どちらに行かれたのやら」
クラウスが部屋の中央までズカズカと歩いてアレッタ達に振り返る。
「まさか、日にちを間違えたわけでもあるまい?」
柊とアレッタは頷く。
「客人はお前では無い。本日の主役は彼女。アレッタ・フォルトバインだ」
クラウスは飛び上がって振り返ると、そこには落ち着いた雰囲気の女性が立っていた。
「あ、えっと、ああ、あなたがアダム・ノスト・イヴリゲンかな? なにせこれまで会った時の記憶から貴女様だけが削除されてしまいましてね」
「二度言わせるな。妖精使い。私が招待したのは、彼女だ。未来への希望を咲かせる蕾み、アレッタ・フォルトバイン」
アダムに睨まれたクラウスは両手をヒラヒラと挙げて、アレッタたちの元へと戻り、アレッタの肩に手を乗せた。
「さあ、キミの晴れ舞台だよ。彼に格好いいところを見せつけて、心を射貫くといいさ」
アレッタの耳元で囁くと、色白の耳は赤く染まりだした。これは面白い反応だ、とクラウスは大きな声で笑い、ヨゼフィーネは余計なことをするな、とクラウスを厳しく言い聞かせた。
「柊先生」
「うん。なんだい?」
「行って参ります」
「行ってらっしゃい。大丈夫だよ。アレッタは希望だから」
アダムと向かい合う。
「よく来ました。アレッタ・フォルトバイン。貴女の成長を示してください。私に未知の可能性を示してください。魔術師の繁栄を証明してください」
「私は、私の全力をアダム様にぶつけ、AAランクと無限の称号を頂きます」
「よろしい。では、好きなタイミングで来なさい」
アレッタは魔力を瞬時に全身へと行き渡らせた。
描くべき魔術理論に魔力を溶け合わせる。
「大地に芽吹く成長の粋。いかなる時代であろうと諦める心知らず、いついかなる瞬間に咲く事待ち続ける。健やかなる土壌から覗く芽に希望の陽光と知識の雨を――咲かせよ世界真理の大輪を」
窓ガラスが割れる。
外気と共に植物が雪崩れ込み、部屋中を蔦や根が張り巡らされた。アレッタの領域が完成し、彼女を護り、彼女の決意に応えるべく、その猛威をアダムへとぶつけていく。
物理的威力でいえば申し分なければ、魔術の展開速度と完成度も一介の魔術師では遠く及ばない優れたものだ、とアダムは評価をしつつ自身も魔術を展開させた。
アレッタや柊達は、彼女がいつ詠唱を終えたのかも感知する間もなく、白黒が混ざり合う異質な魔力を放出させた。
「二色の魔力!?」
アレッタは驚きの光景に我が眼を疑い、現実を飲み込めなかった。それが隙となり、目の前に突如現れた巨大な西洋竜から生える尾の一撃を許してしまった。
「――うぐっ!」
ギリギリのタイミングで植物たちが尾に絡みついてくれたおかげで威力は削がれ、魔力による防壁を張ったお陰で胴体が真っ二つになって肉塊にされずに済んだ。
でも、どうしてあんな幻想上の生物が召喚されたのか。
アレッタの頭では二つの考えが浮かんでいた。
一つ、あれは魔術では無く使役悪魔である可能性。
一つ、アダムの魔術は童話等の生物をこの世に召喚するというもの。
「アレッタ・フォルトバイン。恐れるな。これはただの障害に過ぎない。統括者として魔術師を率いるのであれば、臆せず、怯まず、対処しなさい」
サイズは天井ギリギリで、シャンデリアがとても邪魔そうだ。
「なら!」
アレッタの考えを汲んだ植物たちはシャンデリアを吊す金具に絡みつき、ブランコに運動量を持たせた。揺れるシャンデリアを避ける西洋竜に最大の運動量を得たシャンデリアをぶつけた。
大きく身体が仰け反り、アダムを押しつぶそうとその背中が迫った。
「アダム様!」
悲痛なアレッタの叫びが響くが、それは杞憂に終わる。
「あ、あれ? どうして、西洋竜は何処に?」
「今のは夢。あなたは眠っていた」
馬鹿な。そんなことはあり得ない。この緊張した場面で眠るはずが無い、と首を振るう。
「眠っていました。可愛らしい寝顔で」
「う、嘘です! 私は」
「では、あなたの胸ポケットに入っているものは、いつ、入れられたもの?」
胸ポケットに視線を落として驚愕した。
そこには夢占いの文庫本が入っていた。
「いつ、いえ、でも。本当に私は」
「余計なことは考えちゃいけない! いまは試験に集中するんだ!」
柊の声で自分の今の立場を思い出し、油断をしてはならない、彼女の口車に乗せられてはならない、と自分に言い聞かせる。この冗談にはきっと種があるはずだ。それをまずは見つけるべく知識を総動員させた。
こんばんは、上月です
次回の投稿は20日の21時を予定しております