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アダム・ノスト・イヴリゲンの陰1-9

 人の生活圏から隔離されるように深い山間に建つ古城。


 シェルシェール・ラ・メゾン創設者のアダム・ノスト・イヴリゲンはどうしてこんな辺境の地に組織を作ったのか。裏社会に活動する魔術師の扱う魔術という神秘は表社会には秘匿とし、それは信仰会も同じく、あくまで自分たちは裏に徹しながら表に沿って生きていく。


 秘匿にしなければならない理由も分かるが、さすがにこれは隔離と表現してもいい距離を空けている。人里まで何時間も獣道のような山道を車で走らなければならない。窓から見える景色も夜は空の明かりを除けば闇一色。


 夜が更け、窓の外は薄い白霧が漂っている。


「今日が運命の日。絶対に昇格してみせます」


 ホットミルクを椅子に腰掛けながら口へ運ぶ。


 今日は土曜日。


 アレッタの昇格試験当日だ。もちろんそんな大切な日の前日に睡眠なんて取れるはずも無い。少しくらいは仮眠を取っておこうとも思ったが、目が冴えてしまい、不安と期待が鼓動を跳ね上げて交感神経が優位になってしまっていた。ならば、今日の実技試験をどのよう立ち回り、どのタイミングで魔術式や魔術を効率よく発現させるかを考えていた。試験監督は創設者のアダム・ノスト・イヴリゲン。魔術史上唯一のSランク魔術師であり、唯一世界真理へと到達した、魔術という神秘を作り上げた魔術師の祖。


 支度と朝食を済ませて部屋を出ると、緊張が少しだけ和らいだ。


「よお。まさか、お前が先に昇格試験を受けるとは、正直悔しいぞ。まさか、試験監督が全魔術師の頂点に立ち、世界を俯瞰する人道の脱落者とはな。クク、うらやましい限りだよ。まあ、お前ならなんとかなるだろ。私も直ぐに後を追うから、お前は一足先にAAランクとして活躍していろ」

「聖羅。ええ、ありがとう。必ず昇格してみせます」

「さて、私はお前の昇格祝いの酒とつまみを、これからパリまで行って買ってくるとするか」

「プレッシャーをかけないでください」

「昇格、するんだろう?」

「……そう。そうね、その通りです。聖羅、一つリクエストを言っていいですか?」


 アレッタのリクエストに、聖羅は悪戯っ子のような表情で頷いた。


「では、行ってきます」


 聖羅が視界から外れると、急に不安が沸き立ってきた。


 本当に自分は昇格できるのか。アダム・ノスト・イヴリゲンを相手に、満足のいく実力を出し切ることができるのか。無様に地を這わされて不合格の通知を突きつけられてしまうのではないか。そんな不安が胸を緊縛して自らの意思では取り払えない。


 涙が浮かぶ。


 呼吸を整えても重圧までは軽くならず、身体に余計な力が蓄積していく。まるで重りのようになって足を運べずにいた。


「面倒臭い奴だな。お前は」


 背後から。両肩から細く白い腕が伸びてきて、背中に人肌の暖かさが衣服越しに伝わってきた。すぐに聖羅が後ろから優しく抱擁していると分かった。


「私、私、受かるでしょうか? もし、不合格だったら」

「もし? Ifの未来なんてのはな、正史があってこそ作られる外伝でしかない。いま、お前が歩いている道は正史だ。Ifの道は夢の中でちょっと歩く程度でちょうど良い。いいな。お前は大丈夫だ。一緒に試験会場まで付いていってやるから、それまでに自分の正史を強く思い描けよ?」

「……聖羅。本当に、本当にありがとう」


 べそをかく子供を諭す母親のような優しい声音。


 初めて会った時の聖羅は、人を見下して馬鹿にした笑い方をする嫌な女だと思っていた。何をやっても自分より優れていて、誰もが思いつかない発想と、それを現実化させてしまうだけの力を持っている。魔術師として誰の追随も許さない天上の天才だと、アレッタは見にくい嫉妬を抱いていたし、決して相容れない人だとも思っていた。


 それが、今では一番の友達。


「親友だろう? 気にするな。クク、こんなバインバインの無乳の胸であれば、いつでも貸してやる」

「うふふ、止めてください。笑ってしまいますから」

「笑いたい時には笑っておけ。人生は笑った方が楽しいだろ?」

「聖羅。私はまだ未熟です。魔術師としても、人間としても。ですから、その、会場まで手を繋いでもらってもいいですか?」

「甘ったれめ」


 聖羅は密着した身体を離し、隣に並ぶのではなく、先導するようにアレッタの手を引いて歩き出した。一歩一歩と歩くたびに重くのしかかる不安を切り払うように、聖羅は背筋を伸ばして堂々と歩いている。彼女の強い後ろ姿を見ていると、自分にも活力がみなぎってきた。稲神聖羅のような堂々として、どのような障害も面倒臭いと馬鹿にしながら乗り越えられる女性に憧れた。


 稲神聖羅はアレッタ・フォルトバインの憧れであり目標だ。


 決してあの手鏡が見せた未来なんて訪れさせない。


 あんな未来はifだ。


 夢の中で見る悪夢に過ぎない。


 自分と聖羅の正史はいつまでも友と呼び合える間柄だ。


「さあ、付いたぞ。豪勢な面々がお前を待っているじゃあないか」


 シェルシェール・ラ・メゾンの西棟の最上階へと続く錠前が施された扉の前に、柊、クラウス、ヨゼフィーネが待っていた。


「私の役目はここまでだ。あとは自分の足で歩いて行け。もう、大丈夫だな?」

「はい! 聖羅」

「何度も礼を言うな。数を重ねるだけ価値が下がるぞ。さて、私は祝宴の買い出しと、お前のリクエストのものを探しに行ってくる」

「あの、最後に」

「ええい、何だ。まだ何かあるのか!」

「名前を呼んでください」

「チィ、面倒なお嬢様だよ。アレッタ、お前の成長を見せつけてこいよ。まあ、その胸だけは成長を拒んでいるようだがなァ」

「そ、それはお互い様です!」


 アレッタが顔を赤くして反論した。


「では、行ってきますね」


 今度は何も言わず、聖羅は片手を軽く上げてその場を去って行った。

こんばんは、上月です



今回で100話です!

次回の投稿は17日の21時を予定しております!

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