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柊の楽園に芽吹く銀の花  作者: 魚里夢路
プロローグ
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プロローグ:1-1

世界真理シリーズ第三弾。


今回の主人公はシェルシェール・ラ・メゾン統括者――アレッタ・フォルトバイン。

彼女がどのようにして最高位最強の魔術師と呼ばれるようになったのか、というお話となっております。


 四季の移り変わりを機微に感じ観察する。


 先生と呼び慕った男から習った、魔術師としての最初の心得。


 これまでの人生、基礎を忘れず、忠実に世界をジッと見極めていた。流れゆく季節、流れゆく時代。変わりゆく世間の在り方に取り残されてなお、守り続けてきた流儀を貫き、この先の時代――永劫という果て無き時間を観察し、生き続けていく。


「柊先生。私は、上手く管理出来ているでしょうか」


 簡潔的な必要最低限の生活家具を揃えた一室。机の上には数千はありそうな書類の束。その一枚一枚の内容を確認し、AA、A、B、C、Dと英文字を記していく。


 紙面を滑るペンの子気味良い音が室内を満たしていた。


「これは、そうね。Bランクの者で大丈夫でしょう」


 単調な作業ではあるが気を抜くことは許されない。


 魔術組織――シェルシェール・ラ・メゾン。


 世界最大の西ヨーロッパに拠点を置く魔術師達の拠り所。その最高管理職に就く彼女は、依頼内容に見合った魔術師を世界各地へと派遣させなければならない。


 来る日も来る日も依頼書の振り分けや、他組織との連携。そういった統括者としての責務に追われ、まともに自分の時間を作れずにいた。


「もうこんな時間になっていたのね。一献だけ付き合ってもらえるといいのですが」


 最高品質に拘った木製の業務机に置かれた受話器を取り、内線番号を押して待つ。数コール後に丁寧な口調ではあるが、少し気怠そうな声が自分の名を読んだ。


「アレッタ様ですか。どうかしましたか、こんな時間に」

「夜分遅くにごめんなさい。一献付き合っていただきたいのですが」

「また、根を詰めていたんですか。はぁ……こんな姿を柊様が見たら悲しみますよ」

「そうね。ええ、わかっています。ですが、所属する魔術師かれらの為にも、働かなければならないので」


 受話口から二度目の溜息が聞こえた。


「……わかりました。直ぐに向かいますが、何か要望があれば作りますよ。どうせ、また何も食べていないんでしょうし」

「お願いできますか」

「了解です」


 通話を切った。


 彼が来るまで少し時間はある。一枚でも多くの依頼書を済ませてしまおうと、再びペンを取り、英文字を記していく。没頭すれば周囲の喧騒等も気にならずに数時間は作業できる。そんな気質であるからこそ、目の前で盆を持った中年男性の存在に気付くことが出来なかった。


「アレッタ様……作業に没頭するのは構いませんが、呼びつけておいて放置は酷いでしょう」


 いきなり依頼書が取り上げられ、何事かと顔を見上げると、呆れた様相の男が食欲を刺激する料理を手に立っていた。作業に没頭するあまり、その嗅覚までもが機能していなかった事に驚いた。仕事中に火事になっても気付かないかもしれない、と内心で自分に呆れてしまう。


「いつから来ていましたか、キルツェハイドさん」

「五、六分も前から貴女の前に立っていましたよ。いつになったら気付いてくれるか待っていたのですが、流石に限界でしたのでね。こうして書類を取り上げて、存在主張をしてみたわけです」

「申し訳ありません」


 困ったようにアレッタは頭を下げると、キルツェハイドは顔を上げるように促し、緩慢な動作で向かい合わせのソファーに腰を下ろした。中央の机には、まだ湯気が立っているグラタンと干し肉、結露が浮き上がっているビール缶四本。


 自分が執務にのめり込んでいる間に準備を整えてくれている姿を想像し、頬を緩ませて苦笑した。久方ぶりに笑った気がした。引きつった顔になっていないか不安だったが、キルツェハイドは何も言わず、「早く飲み始めましょう」と視線で訴えてかけてくる。


「お待たせいたしました。せっかくですし、何かに乾杯しますか?」

「そうですねぇ。じゃあ俺の誕生日の六十五日前に乾杯しておくとしましょう」

「ふふ、相変わらずですね。では、キルツェハイドさんの誕生日六十五日前に乾杯」

「歳は取りたくは無いものですよ。乾杯」


 二人はかれこれ二十年以上の付き合いになる。人間である彼は年月の流れと共に老いていく。初めて会った時の若々しさはないが、それでも彼の輝き衰えてはいない。死ぬ事も老いる事も無い自分とは違う。結局最後は自分を誰もが置いて行ってしまう。一生取り残される人生を歩まねばならない。だからこそ、彼等との触れ合いを大切にして生きていきたい。そう願ってはいるが、事務作業に追われていてそれも叶わない。


 自分が書類作業に邁進している間に、在籍している魔術師達が居なくなっているかもしれない。そんな不安で眠れぬ夜もあった。


「キルツェハイドさんは、幾つになりますか。六十五日後には」

「確か、四十八とか九くらいだった気がしますねぇ。アレッタ様はお幾つです?」

「あら、女性に年齢を聞くのですか」

「素知らぬ関係でもないでしょう。互いに尊敬した者に教えを乞うていた者同士で」


 二人は窓の外の星空を見上げた。


 人の生活圏から遠く離れた山間の森深くに建てられた古城。苔の生える石積み建築様式は長い歴史を感じさせる。世界最大の西ヨーロッパに拠点を置く魔術組織は、人との関わり合いを遠ざけ、世界真理への探究を追い求めるには、最適な環境の中に在る。


「それもそうですね。私は八十九日後に三十六になります」


 だが、その見た目は二十代前半や半ばにしか見えない。アレッタの時間はその頃から停滞している。彼女の持つ呪いが、一番美しいと思える時間で凍結してしまったのだ。人としての老いもなく、終わりである死も剥奪された人生。


 窓ガラスに映る自分の容姿――銀髪の長髪に紫色の瞳。世界中のどこを探しても珍しい色合いを持っていた。人形のような精巧な造りをした美貌。唯一の欠点は、板前もまな板と間違えるその胸囲。


 だが、その容姿に不釣り合いな衣服が、美しさと恐ろしさを際立たせていた。


 第三帝国親衛隊風の出で立ち。この圏内の人々が見れば、顔を真っ赤にして非難の言葉を投げかけるが、これは組織に従事するアレッタの決意を反映した正装。AAランクが着用する魔術式を編み込んだコートとは、比べ物にならない膨大な数の魔術式が編み込まれている逸品。


 美しさと儚さを補強する、何色にも染まる事を是としない黒衣。自分の意志を最期まで貫くことへの姿勢。


「柊様が生きていれば、俺より二つ上だったんですけどねぇ」

「ええ、きっと、とても優しく素敵な男性になっていた事でしょうね」


 二人はビールをしみじみと喉に流し込みながら、過去話の休息に浸った。

こんばんは、上月です


次回の投稿は5月1日の23時を予定しております!

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