破滅の存在
俺達が外へと出た時点で、既に変化が現れ始めた。俺が発見した地点。そこの魔力が徐々に膨らんでいるのは確かなのだが……その速度が少しずつ増している。
ゴルエンもその事態に気付き、即座に配下へ指示を出す。果たして間に合うのか……そうした疑問を胸の奥で押し込め、現場に到着。異変は既に目に見える形で始まっていた。
「これは……」
そこは間違いなくロックの潜伏場所の一つだったのだろう。その場所から黒い魔力が湧き上がり、建物よりも高い場所で形を成そうとしていた。突然の状況に周囲の住民達は慌てふためき、騎士の避難誘導に従いこの場所から逃げている。
「闇の魔力が、膨らんでいる……おそらくロックが消えたことで、枷が外れたか」
俺はそう仲間達へ言うように考察する。
「元々ロックが何かしらの手法で封印していたんだろう。それが勝手に解かれた結果、ああなったと」
「あの魔力を使って、城へ攻撃しようとしていた、ってこと?」
首を傾げながらリリーが呟く。
「ロックは組織を隠れ蓑にして、あの闇を形にするために立ち回っていた、と」
「まあそういうことなんだろうな。ロックという存在は闇に飲み込まれて消え去った……それまではきっと、まっとうな活動をしていたのかもしれないが……闇に触れたことで破綻してしまった」
「迷惑は掛けないで欲しいわね」
どこか悠長にクレアは呟きながら、剣を抜いた。
「で、どうするの? あの調子だと形を成した場合、空を飛ぶ竜にでもなりそうだけど」
「俺が魔法で撃ち落として、仕留めた方が早いかな? ゴルエンの出番はなくなってしまうけど、被害拡大を防ぐにはそれが一番――」
最後まで言い終えぬうちに、変化が生じた。クレアの言葉通り、その体が竜の形へと変わっていく。
ただ、俺とリリーはそこに違うものを見た。その姿は、見覚えがある。それは『前回』見たとか、そういうことではない。
俺とリリーが美術館で見た、あの竜が、目の前に――
「破滅の、竜……」
誰かが呟いた。竜族であれば、誰もが知っているものなのだろう。
「ああ、そういうことか」
そしてゴルエンは、意を介したかのように呟いた。
「竜族ロックは、こういう風に俺へ挑もうとした……破滅の竜そのものを引き連れ、攻撃を仕掛けようとした。竜族にまつわる伝説だ。子どもでも知っている。その姿を目にさせることで、今の王が破滅を招き入れたのだと……そういう風にしたかったのだろう」
「その懸念は、今もあるんじゃないのか?」
俺は杖を構えながらゴルエンへ告げる。
「破滅の竜は顕現してしまった。ロックは消えたが、招き寄せてしまったなんて解釈もできるぞ?」
「ロックという存在を滅し、その事実を騎士も理解している以上、やつが絵を参考にして作り上げただけ、と周知させることは容易い。おそらくロックはあの竜を密かに、自分が作成したものであるとわからないように動いていたのだろう。そして、誰も何も知らない中で破滅という存在が目の前に現われれば……」
「王を打倒する勢いがつく、というわけか」
俺は杖を握り締める。
「しかし、今なら間に合う……あの竜を犠牲もなく滅ぼせば、単なる模倣であると証明できる」
「そういうことだ……とはいえ、ここからでもわかる。今の私では無理だ」
「倒すのが、か?」
「ああ。というよりおそらくロックはそういう風にあの竜を作ったのだろう」
どういうことだ――と問い掛けるより先に、ゴルエンから続きが語られた。
「あの竜には、間違いなく同胞殺しの力が備わっている」
「同胞……殺し……?」
「竜という存在に対し、絶大な力を持っているということだ。今思えば、ロック自身もそうした力を宿していたのだろう。幸いながら相手をしていたのが人間であったため、どうにか犠牲も出ずに済んだ。もし騎士が挑めば瞬殺されていただろう」
結果的に俺達が介入したことが功を奏した、というわけか。
「とはいえ同族を殺す力を所持してはいるが、魔法で構成する結界などはやりよう次第で十分効果を発揮する。こちらは総出で被害を出さないよう尽力する。思う存分やってくれ」
「時間は掛かるのか?」
「少しだけ待ってくれ。幸いながらあちらもまだ体が完全にできていないみたいだからな、多少の余裕はあるはずだ」
「……わかった」
その返事と同時、竜の方向が大気を切り裂いた。周辺にいた住民達は悲鳴を上げ、破滅の到来に逃げ惑う他ない。
「……あの竜は、私達人間に例えるなら滅びを予言する神様、か」
そんな風にリリーは呟く。
「確かに帝国を否定し、滅びを撒こうとする者が出現したなら、国を転覆させるだけの気運が生まれるかもしれない」
「ロックのやり方は周到だった、と」
「でも、これは本当にロックの思惑だったのかな?」
「どういう、ことですか?」
そうした疑問に対しアゼルが口を開いた。
「ロックの着想ではなかったとしたら、誰の仕業だと?」
「それはもちろん『仮面の女』。絵画に存在する破滅の竜を創り出す……『山の王』という存在を打倒するために、確かに有効かもしれない。でも、そんな無茶をしたらこの竜の都全体に混乱をきたす。場合によっては自分が王に成り代わるなんて真似ができたかもわからない」
「ロックはなんとかしようとしていたのかもしれない。だが『仮面の女』は、そうじゃなかったんだろ」
リリーの言葉に俺はそう応えた。
「これは推測だけど『仮面の女』はロックに力を渡した時、力に意識を乗っ取られることは想定済みだった。結果的に生まれてあ破滅の竜が本当に破滅をもたらし……やがてそれは『闇の王』へと変化する、なんて算段だったのかもしれない」
「壮大な計画ねえ」
肩をすくめながら、そして破滅の竜を見上げながらクレアは呟いた。
「なんというか、ずいぶんとやり方が回りくどい」
「俺も同意見だ。でも『闇の王』という存在はそうして手の込んだやり方じゃないと顕現しない……とかなのかもしれない。どちらにせよ『仮面の女』が『闇の王』を生み出すためにロックを利用しようとしたというのは事実だろう。となれば、これがもしかすると『闇の王』が生まれるきっかけになり得たかもしれない」
果たして『前回』はどうだったのか――知る術はないけれど、今まで遭遇してきた敵についても似たような展開になり得た。イルバドも力を手に入れ続けていればいずれ暴走していただろう。ルーガ山脈の魔術師だってそうだ。強力な魔物はいずれ魔術師の手から離れるか、暴走する結末を迎えたはず。そうなったら残った魔物は力を得るために魔物を食らい続ける。その結果、闇が膨らみ王が生じたかもしれない。
「ともかく、俺達のやることはシンプルだ……目の前の竜を倒す」
「そうだね。でも、どうする? あの距離だとレイト以外に攻撃を当てられないけど」
「正直、条件が悪すぎる。派手な魔法を使えば被害が出てもおかしくないからな」
ゴルエン達が結界を構成するにしても、破滅の竜がそれを突破すれば終わりだ。かといって俺の全力でも……結界が貫通すればまずいことになる。
「俺は、竜の動きを止める。もちろん攻撃だってするけど、メインは防御だろうな……仕留める役目は、リリー、頼んだ」
「私が?」
「今の顕現した状態ならば、俺以外でも倒せそうな雰囲気だからな。リリーが攻撃すると同時に援護を行う。俺の魔法による補助とリリーの一撃……それで決めよう。魔法と比べて派手さはないが、被害はでないだろ――で、いけるのか?」
その言葉に――リリーの顔に不敵な笑みが浮かべた。




