必殺の一撃
ロックの潜伏場所は、路地裏にある一軒の家。以前隠れていた場所と比べても、ずいぶんこじんまりとしていた。
「目立たない、という点では良いかもしれないな……ただこれだと裏口とかあるのか?」
「方法としては、まず結界でこの家周辺を覆います」
そう騎士は解説した。相手が相手なのでそれで隔離できるかどうかは不明だが……。
「外から内には入れるように調整しますので、陛下が依頼したあなた方に攻撃をお願いする形となりますが」
「わかりました」
とすると、逃げないように上手く立ち回る必要があるな。俺はリリー達へ視線を送る。三人が同時に頷いたので、
「早速始めるんですか?」
「もう間もなく。結界を構成した瞬間、攻撃を開始する形で」
騎士達は粛々と準備を進める。俺達のことについて言及は一切なしか……まあゴルエンから釘を刺されているんだろうな。
ともあれ、いよいよ決着の時だ。かなり性急な展開ではあるが、ゴルエンの決断だ。それに応えるために全力を出そう――
そう思った矢先、結界が構成された。俺達はその直後に駆けだし、建物の敷地内へと侵入する。
当然ロック側としては異常事態であることは明白で、途端に家の中から気配がした。だがそれに構わず俺はまず扉を蹴破り、中を確認する。
一軒家の玄関はそれほど大きくはない。目の前にロックがいて、さすがの状況に驚愕している。
『なっ……』
好機だ、と感じたため俺は杖に魔力を収束させ、刺突を放つ準備を行う。敵は前回交戦した時と同じものだと感じただろう。迎え撃つかそれとも逃げるか……ともあれ、立ち止まっている状況下では俺達が迫る方が圧倒的に早い。
『……見つかっていたか。しかし、まだ如何様にもできるぞ』
そうロックは呟いた。刹那、俺の杖がロックへと迫る。
――この時点ではまだ、未完成ではあるがロックへの切り札は使っていない。一撃で仕留めた方がいいのは事実だが、相手だって同じような手法で防御しているとは限らない。よって、それを確かめる方が先決だと思ったのだ。
無論これはリリー達の援護があってこそ……手狭ではあるがリリーとクレアは散開し、横からロックへ仕掛けようとする。俺達の攻勢に当のロックはまだ動けずにいたが、
『――まあいい』
そう斬り捨てるように告げた矢先、俺の杖がロックの胸部へ突き刺さる。手応えはある。だが、魔力がどこかへ抜けるような感触もあり、攻撃は不発に終わる……同じ技法だ。
『通用、せんぞ!』
声を発しロックは反撃しようとする。見つかった以上はもはやこの建物も不要、ということか前回と同じように周囲を吹き飛ばそうと魔力を高めた。
だが、今回はひと味違う……というか、俺に同じ戦法は通用しない!
まず俺が杖を振りかざし魔法を構築する。それはロックの周囲を覆うような結界。刹那、ロックの魔力が弾け、結界内で荒れ狂う!
『……何!?』
そして当のロックは驚愕した。攻撃を完全に防がれた……しかし瞬間的に構築した結界は一度の攻撃であっけなく消滅する。ここでロックは再度選択に迫られる。逃げるか戦うか。
とはいえ攻撃を完全に防がれた以上……手は残っていなかったか。
ロックの体に再度魔力。とはいえそれは攻撃的ではなく、完全に逃げるためのもの。だがその前に、もう一度だけ俺に攻撃の権利があった。よって、今度こそ本命の技術……それを使用し、ロックの体へ刺突を決める!
直後、魔力が始めた。本来は受け流すはずの力……それを無効化するような効果を加えた一撃。いかに『闇の王』から得た力といっても、闇そのものではない。付け入る隙はあるはずと俺は試行錯誤を繰り返し、辿り着いた技法だが――
杖が再び突き刺さった。そして手応えと共に、
『……が、あ……!?』
ロックの呻きが、しかと聞こえた。
『ば、馬鹿な……!?』
攻撃が当たるはずがないと、そういう心の声を俺はしかと聞いた。直後、ロックの動きが変わる。それは以前戦った時と同じように、逃げの一手に出る……逃がすか!
「アゼル!」
その声に、後方にいた彼は応えてくれた。跳躍して逃れようとするその動きに対し、アゼルはロックの頭上に結界を瞬間的に作成する。
とはいえ闇の力を持つロックであれば強引に突破されるかもしれないが……アゼルは力量を考慮して、綿密かつ十分な強度を持たせている……ロックは俺の追撃が来るより早く逃げるために跳んだ。しかし、何かに阻まれその体が空中で止まる。
『ぐ……!?』
予想外の展開だったか、さらに呻く。そこで俺は杖へさらに魔力を注ぐ。着地した瞬間にトドメの一撃を加える――!!
『待、て……!』
そういう声をロックは発した。けれどその足が床に着いた直後、俺は一片の容赦もなく、杖を放った。
狙いは胸部。吸い込まれるように杖が直撃し、防衛機構が働いた様子ではあったが……俺には通用せず、その体に大穴が開いた。
『……はっ』
吐息のような声。それと同時に力をなくし、ロックは倒れた。
俺達は警戒し、一斉に武器を構え次の動きに備える。『闇の王』から力を得ているのであれば、竜族の生命力と合わせ貫かれたくらいで死なないかもしれない……塵になるまで油断はできない。
『貴様……どうやって、この力に対抗した……』
「まだ未完成だったんだが、ものの見事にはまってくれた。これが通用しなかったらまだ勝ちの目もあったはずだが」
か細い呼吸をしながらロックは俺を見据える。短い戦いだったが、前回の戦いのような失敗はなかった。四人の連携により何もせず対処できた……俺達の、勝ちだ。
「できれば質問くらいしたかったが、その様子だと無理そうだな」
『質問、だと?』
「ロックという自我は消え失せた……とはいえ、記憶くらいは保有しているはずだ。ロックがどうやってお前の力を手に入れたのか……その辺り、情報を持っているのか?」
ロックは何も答えない。そうこうする内にザワザワと手足が消え始める。
『……ふん、この男がこうなってしまった経緯か』
「その様子だと知っていても答えてはくれなさそうだな……ま、いいさ。ともあれお前の目論見はここで終わりだ。おとなしく、消えてくれ」
『……くく』
その時、ロックは笑い声を上げる。どこか自嘲的であり、惨めな結末を迎えた自身の情けなさでも感じたのかと思ったが、
『消える、か……確かにこの戦いの勝者は貴様達だ。だが、まだ終わりではないぞ』
「消えかかっているのに、まだやるのか?」
『確かにこの体は消えている……が、まだだ。もう一つ……ある意味、貴様達は間に合わなかったと考えるべきか』
「何?」
不穏なものを感じ、俺は眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
『この体が消えれば、いずれわかる……本当ならば、絶好の機会を待っていたが……こうなっては仕方があるまい』
体が塵となっていく。イルバドのように暴走するようなことはない。だが、
『結末を見ることができないのは残念だが……仕方があるまい。この国の破滅を祈りながら、果てることにしよう』
それはどういう――言い終えぬうちに、ロックの体は完全に消えた。勝利、ではあるが……どうやらまだ、戦いは終わっていないようだった。




