強引な作戦
「……やっほー」
というどこか間の抜けた声を発したのは、リリー。ただいつもの格好ではなく、着替えていた。ロングスカートなんて履いているものだから、どうしたんだと思ったくらいである。
「……スカートって、苦手じゃなかったか?」
ドレスもできれば着たくないとか言っていたくらいだし……と、リリーは頬を膨らませ、
「せっかく出掛けるのにいつもの格好では面白くないでしょ、ってクレアが言うから」
「俺には何も言ってこなかったけど……」
「レイトは別にいいという解釈でしょ。くう、騙された……」
ああ、つまりリリーだけがそういう風に言われて着替えたのか。
「ちなみにその服、どこから湧いて出た?」
「クレアが持っていた」
「確信犯だな。こういう流れで着せようと思っていたわけだ」
「そういうことだね……クレアが来たら蹴り入れてやる」
「やめてやれよ……」
ちなみにだが、『前回』はリリーが城へ戻り、俺はそこを拠点にして活動し始めた段階で何度も彼女がドレス姿になっているところを見ている。なので、女性らしさを強調するような格好というのは見慣れているし、ドレスと比べれば今の格好はどこか地味と言えるものなのだが……まあ、町中で突っ立っていれば声を掛けられてもおかしくないような雰囲気ではある。もっとも口を開くと割と台無しになるけど。
「リリー、どこか行きたいところはあるか?」
なんとなく尋ねてみると彼女は肩をすくめ、
「プランはクレアに任せるよ。言い出しっぺだし」
「それでいいのかよ……」
「私は別に頓着ないから。なんというか、半ば強引に、無理矢理押し切られた形だし」
――その時、俺はとある直感を抱いた。それはクレアがどうしてこんなことをしでかしたのか、について。
「……リリー」
それを確かめるべく、俺は彼女へ告げる。
「衣服のポケットとかを少し調べてくれ」
「ポケット?」
「ああ」
彼女は何が言いたいのか理解できなかった様子ではあるのだが……小さく頷くと、ゴソゴソとやり出した。
程なくして、懐のポケットから紙切れが現われた。中身を確認すると、
『二人で楽しんできてねー』
との一文が。ご丁寧に末尾にハートマークまで付けている。
「……なるほど」
つまり俺とリリーの二人きりで出掛けてもらおうとかいうのが魂胆なわけだ。やり方が力押しだったので勘づいたわけだが……これ、メモに気付かなかったらどうなっていたのだろう。
そして当のリリーは目が点になっている。振り上げた拳の落としどころがなくなったことに加え、思わぬ展開に驚いている様子。
……ま、せっかくの機会だ。これはクレアの目論見通り、利用させてもらうか。
「やられたな……ただまあ、ここでじゃあクレアをはっ倒しに行こう、というのも面白くない」
というわけで、俺はリリーに告げる。
「で、どこに行く?」
「――ちょっと待って」
リリーはメモをクシャッと握り潰しながら告げる。
「やだ、納得いかない」
「……納得いかないって何だ?」
「こういうことは……それこそ、私がクレアに勝ってからやるものじゃない!?」
……前の約束か。別に固執する必要性どこにもないと思うんだけど。
「いいんじゃないか、好意はありがたく受け取っておくことは――」
「いーや、クレアのことだから絶対後を付けてケラケラ笑うに決まってる! レイト! これは乗せられたら負けなやつだよ!」
クレア、信用ないなあ。ちなみに少しばかり魔法を使ってクレアの居所を探ってみると、俺とアゼルの部屋にいる。どうやらアゼルと会話をしているらしい。
「とりあえず、周囲にはいないぞ……リリーとしては嫌なのか?」
「納得がいかない、って言ってるの。約束した以上は、きちんとした流れで自分自身がこうと決めた形でやりたい」
わがままである。こうなってしまうと彼女は絶対に主張を曲げないのだが……クレアとしては、この辺りも計算しているのだろうか?
彼女だってリリーの性格は理解しているからなあ……たぶんだけど、こういうシチュエーションをセッティングして後は俺に丸投げが正しいかな? クレアが今回の件で何かしら言及するにしてもリリーにとってみれば煽りにしかならないので、とりあえず場を整えて後はおまかせってところか。
やり口としては脱力してしまうような感じだけど……これ、どうするべきかなあ。
俺としてはこのまま流れで観光してもいいような気もする。せっかくリリーも着替えているわけだし、個人的には気分も変えたいし。
ただリリーとしてはクレアと勝って、その報酬として俺と一緒に出かけたいと思っている。今回のこれをデートと思わなければ良いのでは、というツッコミもあるだろうけど、リリーとしてはデート判定なので、アウトなわけだ。
うーん、俺自身は彼女に返事をしていないので、ここで「まあいいじゃないか、俺もデートしたかったし」と言ってしまうと、リリーと出会った直後に説明した展開になりかねない。つまり「リリーの告白を受け入れ、その詳細を国側にバレて厄介事になる」というものだ。まあ、正直こうやって旅をしていてアゼルとかも仲間にできたし、その辺りは上手く誤魔化すことだってできそうし、何を今更って状況だけど……、
「……それに」
俺が考える間に、リリーはさらに言葉を紡ぐ。
「もうちょっときちんと、やりたい」
「……きちんと、って何だ?」
「こんな形じゃなくて、もっと良いシチュエーションで、デートしたい」
……夢見てるよな、リリーって。俺に好意を抱くまでは剣を振り続けて「恋愛? 何それ美味しいの?」とかいうレベルだったので、色々と夢想してしまうのも無理はないのかもしれないけど。
俺としてはどうするべきかなあ……などと悩んでいると、一つ考えついた。
「あー、そうだな。リリー、今回のはお試し版ってことでどうだ?」
「……お試し版?」
「そうそう。いいか、リリーとしては納得がいく形で舞台を用意して実行したいと。その辺りのことをどうやらリリーとしては頭に浮かんでいる様子」
「そうだね。本来、男性側が企画を立てるものかもしれないけど、私が言い出したことだから、私がセッティングする」
「なるほど……ただ、リリー。個人的に思うんだが、ぶっつけ本番でデートの予定を組むとか、絶対失敗すると思うんだよ」
その指摘に、リリーは目を丸くする。
「剣だってそうだろ? 訓練ばっかりやっていても実戦経験がないと駄目なわけで……デートにだって同じことが言えるはずだ」
「それは……確かに」
「だからまあ、今回はお試し版。付き合う相手が俺というのが納得いかないかもしれないけど、そこはどうにか折り合いをつけて……デートというものがどういうことなのかをきちんと理解する、というのもいいんじゃないか?」
――リリーも剣を振ってばかりじゃなくて、こういうリフレッシュもいいだろうと俺は思う。かなり強引だけど……。
彼女としてはしばし悩む。決して筋の通らない話ではないので、一定の理解を示しているみたいだけど。
果たして……しばし言葉を待っていると、彼女はやがて頷いた。
「……わかった」
「よし、なら歩こうか」
そういうわけで、突発的ではあるが……リリーとお試し版のデートをすることになった。