三人の力
変化した竜の武器は、炎のブレスと鋭い爪だろうか。接近戦が爪で遠距離では炎……という極めて単純な武装ではあるのだが、人間が相手にする場合、巨体もあるしどの攻撃も致命的となる。
もちろん魔装でしっかりと装備を整えていればその限りではないし、リリーやクレアからすれば竜の動きが緩慢であるため、対処は楽だろう。
『シッ!』
短い掛け声を放ちながら竜が爪を振るう。狙いはリリーなのだが――爪が彼女の立っていた場所を通過するより前に、その姿は消えていた。
爪が地面を薙ぐ。この山はどちらかというと岩山の部類で、地面も柔らかい土ではなく非常に固いのだが……爪は易々と地面を引き裂き、破片が周囲に飛散する。
俺は結界を行使して前方を防御。爪で引き裂いた破片が直撃すると、乾いた音を立てて地面に落下。もっと速度があれば弾丸とまではいかないが弓矢に匹敵するような威力は出せるかもしれない。
リリーには一体の竜がつき、さらにクレアにも……彼女が接近したことで竜は爪による応戦を選択。叩きつぶそうと竜は彼女の脳天へ向け爪を振り下ろす。
受けるかかわすか……彼女は横へ逃れることを選択。ズドン、と竜の腕が叩きつけられた振動が響く間に、クレアは反撃に打って出る。太陽光に剣が煌めき、腕へ一閃する!
それは鱗を斬り、どうやら内側にまで到達したようで、
『――グ、オオッ!』
痛みのためか声が漏れた。すると竜の瞳が憤怒の色に染まる。そういえば変化の能力は使用者の性格がどうあれ攻撃性が増す。目を血走らせる竜は、クレアしか見えなくなりつつあった。
そして残るもう一体なのだが……その矛先はどうやら俺へと向けられた。口を大きく開けると、炎が、俺へ向け発射された。
渦を巻くような炎の嵐。熱風と共に迫るその攻撃に、俺は杖を振ることで対応した。
先端に結界を生み出す。直後、炎が俺とアゼルを飲み込んだが……貫通することはない。
「すごい……」
アゼルが俺達の戦闘を見てそう呟いた。見ればなんだか瞳を輝かせている。
例えるなら、欲しかったオモチャが目の前にあるような好奇心に満ちたもの。戦闘能力が皆無であるが故に、憧れを持っていた……そんなことを『前回』語っていたような気がする。
俺が防御する間にリリーは対峙する竜に反撃を行う。風をまとわせた刃が巨体を覆い、切り刻んでいく。
『オ、オオオオッ……!』
本来、竜の鱗は鋼鉄製の鎧をも上回る強固な防具だ。それを狙って攻撃を入れるなど、竜からしたら無謀だと思うことだろう。
しかしリリーとクレアは平然と叩き切る。二人が持つ魔装による攻撃力もあるが、両者の技量が、鋼鉄などものともしないレベルにまで昇華していることも一因である。
では、俺も反撃するか。といってもやることはシンプル。延々と炎をはき続ける竜に魔法を一発使うだけ。
俺は杖の先端部分に魔力を発した。次いで魔力を込めると、弾丸のような速度で射出。大きさはテニスボールくらいの光弾だ。速度はあるが、竜に直撃しても痛くもかゆくもない……そんな風にしか感じられない小さなもの。
炎の飲み込まれて消え失せてもおかしくない光ではあったが、それは炎を突き抜け竜の口の中へ入る――直後、爆発。
『ガアアア……!?』
くぐもった悲鳴が漏れると同時、炎のブレスが途切れた。吹き荒れていた炎が消え去ると、その奥には体を内面から破壊され、崩れ落ちる竜の姿が。
その段に至りリリーとクレアも決着がついた。風の刃をどうにか受け耐えていた竜が体を傾け倒れていく。さらにクレアの振り下ろしが決まり、竜の体を縦に走り抜けた……それがトドメとなり、竜は声もなく地面に横たわった。
時間にして数分の攻防。俺達は無傷かつ、竜も気絶はしたにしろひとまず生きてはいる様子。
「さて……」
結界を解除して俺は竜に近づく。その間に三体の竜は光り輝き始めた。変化の能力が維持できなくなった……その光が途切れると、男性三名が痛みにより気絶し、倒れ込んでいる姿があった。
「これで終わりだな……さて、残る問題は彼らをどうやって運ぶかだけど」
と、言ってる傍から気配。といっても敵ではなく、山道から騒ぎを聞いて駆けつける兵士のようだ。
「とりあえず、俺達は事情を説明して、だな。運が良ければ『山の王』にだって会えそうだ」
「それはどうかな……レイト、向こうがけしかけてきたわけだけど、どう説明するの?」
「俺が索敵したことは黙っていた方がいいかな……全員、それでいいか?」
口裏を合わせるにしても、アゼルはどうだろう。嘘とかあまり好ましくないという性格だったし。
しかし彼もまた頷いた。まあ目的を達成する近道になるという点を考慮に入れて、それでいいという解釈なのだろうか。
急展開ではあるが、どうやら話が早く進みそうな雰囲気……後はこちらの目論見通り動くか、祈るばかりであった。
戦闘後、駆けつけた兵士によって男三人は捕まえ連行されていった。一方の俺達は次の休憩所に入り、兵士から謝罪を受けていた。
「警戒はしていたのですが……」
「いえ、こちらは怪我もなかったし大丈夫ですよ」
原因を作ったのは俺だからなあ……という後ろめたさもあり、角が立たないように返答することで場を収める。
ただ簡単な聴取なども受けたため、時間は夕刻を回ってしまった。予定よりも進み具合は遅いけど、こればかりは仕方がないのでひとまずこの休憩所で休むことに。
「……しかし、リリー様もそうですが、お強いですね」
夕食の際、アゼルは俺達にそう告げる。戦いが終わって時間がそれなりに経過しているのだが、まだ興奮が冷めていない様子だった。
「アゼルも頑張れば同じくらい戦えるよ」
「ぼ、僕が……!? いえ、そんなの無理ですよ!」
首をブンブン振る彼。事実なのだが、今のアゼルには到底信じられない内容だな。
で、肝心の信頼についてだが……成功しそうな雰囲気ではあったのだが、近くに兵士もいるし、込み入った話をするのはあまりよろしくない。それに雰囲気的にもう一押しかな、という気もしたのでもう少し待つことに。
「皆さんの技量はしかとこの目で拝見しました……しかし、変化した竜を一蹴するほどの腕前。どうしてそのような力を……?」
「必要に迫られて、かな」
俺の言葉にアゼルは目を丸くする。
「竜より強い敵がいて、そいつを倒すために腕を磨いた」
「竜よりも強い敵……ですか」
「竜は確かにこの大陸において上位に位置する強さを持っている。それは間違いない……が、俺達は『森の王』からの仕事を受けたと言っただろ? その過程で、竜よりも強い存在と戦うことになった。だからこそ、強くならなければならなかった」
「最初は、ただ腕を磨ければそれで良かったんだけどね」
リリーがそう口を開く。なんというか、彼女らしい。
「クレアも同じでしょ?」
「そうね。別に巨大な魔物を倒して人々の暮らしを良くしようとか、そういう理由はなかったわね。でもまあ……結果的に、そういう仕事を今しているけれど」
「僕も、守れる力があればいいのですが」
アゼルは苦笑する。色々と頑張ってはいる……けれど、『闇の王』が現われ覚醒する前は、どれだけ学んでも駄目だったらしいからな。
戦わなければ死ぬという極限の環境が、アゼルを覚醒に導いた……まあ、あまり良い話ではないだろうな。
その力が俺達にとって必要というのは、皮肉のようにも感じられる……と、どこか感傷的に考えながら、俺はアゼルと食事を続けた。




