竜の都へ
領主トゥリとの話し合いの後、俺達は屋敷で一泊。翌朝、アゼルを伴って竜の都へ向かうこととなった。
「父上、行って参ります」
「ああ、気をつけろよ……リリー様、よろしくお願い致します」
「任せて」
見送りされ、俺達は出立。すぐに山道へと到達し、そこから道なりに歩みを進める。
「……さて、アゼル」
程なくして、リリーが名を呼んだ。
「これから竜の都へ行くのだけれど……いくつか注意点があるの。もし戦闘になってしまったら……その時の対策を教えておくよ」
ゆっくりとアゼルは頷く。戦場では一時の緩みが命取りとなる。あくまで俺達は話をしに行くだけなので、戦闘になることはまずない……と思いたいが、気が立っている竜族相手なら、どうなるかわからない。というか、場合によってはゴルエンの兵士とではなく、何かしら人間に敵意を向けてくる存在とドンパチやる危険性もある。それに備え、アゼルに対策を教えておくわけだ。
現状、記憶が戻っていない彼は戦力にならない。まあこの状況で記憶が戻ってどうにかなるのかという疑問もあるのだが……などと思考する間にリリーはアゼルに色々と注意をし始める。
「……試さないの?」
そんな折、横からクレアが問い掛けてきた。記憶を戻せるのかどうか、についてなのだが、
「リリーとしては記憶を戻すために確率を上げたいと考えているはずだ。よって、アゼルに情報を伝え、仲間意識を持たせる……説明しているのはそれが狙いだろ」
「なるほど」
会話をする間にリリーが俺達へ顔を向けた。
「見たらわかると思うけど、レイトが後衛、クレアが前衛の役割を担っている。基本的にレイトがあなたを守るから、後ろに隠れているように」
「わかりました」
素直に頷くアゼル。そして俺は彼と目を合わせ、
「改めてよろしく、アゼルさん」
「……僕のことはアゼルで構いません。こちらこそよろしくお願いします、レイトさん」
礼を示した後、俺は彼と目を合わせた。直後、クレアやリリーの時と同じように魔力を発見。手を伸ばそうとしたが……やはり、壁に阻まれた。
ま、信頼関係がない状態だからこれは仕方がない。時間はあるし、ゆっくりやっていくことにしよう……結論づけ、山道を進み続けた。
商人達が語っていた、竜族の兵士がいる場所へ辿り着いたのは、出発してから数時間後のことだった。
竜の都へ通じる道は関所が一ヶ所存在する。それを越えるとひたすら山道が続き、一定間隔で山肌に宿泊施設などを備えた休憩所なども設けられいる。そうした場所に立ち寄りながら進むと竜の都へ到着する。
で、肝心の関所なのだが……俺はこの場所へ『前回』の旅路で来たことはない。だが、物々しい雰囲気であることは明らかだった。
「ずいぶんと、兵士が多いな」
「そうだね」
俺の感想にリリーは同意。
門を守る守衛は五人ほどいて、来訪者を明らかに拒んでいるのがわかる。なおかつその周辺にも兵士が常駐し、詰め所らしき場所にもいる。どう見ても関所を守っている人数ではない。
ここから先は言わば『山の王』の領土なので、通行証などを持っていない者は門前払いを食らうのは当然の話なのだが……それを差し引いても雰囲気が硬い。なんというか兵士達が放つオーラは「こっちに頼むから来るな」というものである。
けど、俺達はそれでも進まなければならない……よって歩いて行くと、当然ながら兵士に呼び止められた。
「四人、止まれ」
警告を発した後、兵士は俺達の後方にいるアゼルに気付いた。
「これは……領主トゥリのご子息では?」
「はい」
明瞭な返事と共に、彼は俺達の前に出た。
「そちらに事情がおありなのはわかります……が、今回は父上の書状を携えてきました。できれば『山の王』と直接話をしたく思いまして」
兵士もさすがに沈黙した。さすがに一介の兵士が「ならん、帰れ」と言えるようなシチュエーションではない。
「……少々お待ちください」
やがて兵士はそう告げるとこの場を離れた。どうするのか。
「連絡を取りに行ったのでしょう」
そうアゼルは語る。というのは、
「詰め所には『山の王』と連絡をとることができる設備が備わっていると聞いたことがあります」
「……王と直接?」
「それだけこの場所を重要だと捉えているということです」
なるほどな。で、問題はきちんと通してくれるかどうかなのだが……。
それからおよそ五分。兵士達は俺達を見てざわつき始めたが、事情説明を行った兵士については戻ってこない。
「紛糾しているのかな」
「これで駄目だったら、無理矢理突破するしかないのかな」
物騒なことを言い始めるリリー。
「頼むから、そういうことはやめてくれよ?」
「わかってる。別に本気で言っているわけじゃないから」
どうだか……疑いの眼差しで見ていると、リリーは肩をすくめた。
「私は破天荒とか言われるけど、きちんと物事の判断はできるから」
……まあ空気を読むのは確かか。これ以上の言及は控えることにしよう。
それからさらにしばし……ようやく、俺達に応対した兵士が戻ってくる。
「お待たせ致しました……許可が下りましたので、お通りください」
どうやら成功のようだ。とはいえ兵士の顔は複雑で、
「ただ、アゼル様……一つ注意点が」
「どうしましたか?」
「なぜこのようなことをしているのかについては、陛下から直接話があるとは思います……が、それより前に、問題が発生する危険性が」
「問題、ですか?」
兵士は俺達を見やる。ん、こっちに関わることなのか?
「場合によっては、ですが……もちろんこちらは目を光らせているので、障害になる可能性は低いのですが……変化した我らの同胞が、攻撃を仕掛けてくる可能性があります」
……なんだか物騒な話になってきた。ただその言葉で、なんとなく事態は理解できた。
こうして封鎖したのは、人間が事件に巻き込まれるのを防ぐため……というより、むしろ実害が出てしまう可能性が高かったため、ということなのだろう。
「何が、起きているんですか?」
やや困惑した表情でアゼルが問うと兵士は難しい顔で、
「陛下を良く思わない勢力が、暴れている……といったところでしょうか」
……もしかするとこれが『闇の王』絡みなのだろうか?
その可能性は極めて高そうだよな……『闇の王』を得た勢力が、ゴルエンを倒そうと動き回っている。その余波で山道にも暴れる存在がいて、ゴルエンは人間側に被害を拡大させないために封鎖した。最初は取引を縮小という形にしたが、敵側のやり口が相当ひどかったので、完全に人の流れを遮断した……と。
「……きな臭いわね」
クレアが感想を述べる。どうやら彼女もまた『闇の王』に関連することだと思っているらしい。
それから兵士の説明を受ける。竜族は基本休憩所周辺にはいない(というより兵士が常駐しているため)ので、狙われるならば休憩所までの道中。とはいえ昼間であればほぼ心配はないとのことで、夕刻には休憩所に入るよう指示された。
「お気を付けて」
そんな言葉を投げかけられながら、俺達は関所を越える。ふむ、ゴルエンとしては頭の痛い話だろうな。
もし竜と対決することになったら、どうすべきか……リリーもそれっぽい対策をアゼルへ教え始めた。
クレアの時と同様、戦闘により信頼を得るのも一つの手段だが……いや、ここは安全を確保すべきだな。よって、竜と交戦しないことを祈りつつ、俺達は竜の都へ向け山道を歩み始めることとなった。