送還した理由
「だって……絶対、引くと思うし」
「……ん? 引く?」
ここで言う「引く」とは、ドン引きとかそういう意味合いだろうか。
「後ろ暗い理由で俺を送還したのか?」
「例えば法を犯しているとか、誰かに迷惑を掛けているとか、そういうのじゃなくて……私が持つ心の醜さが出ているというか」
「……俺に知られると、嫌われるとかそういうことか? むしろそっちの方が気になるけど」
共に戦っていたとはいえ、当然ながら隠し事の一つや二つはあると認識している……ただ、
「引くって何だ?」
「……その、怒らない?」
確認の問い。たぶん俺が「話さなくていい」とは言わないので喋るしかないと覚悟は決めているみたいだけど、俺の反応が気になってまだ躊躇っている感じか。
「ああ、ここまで来た以上は、黙って聞くよ」
……そこからさらに数分くらいだろうか。沈黙が生じ俺とリリーは無言で目を合わせる。
他者から見れば異様な光景かもしれないが……幸い周囲に人はいない。もっとも時間が経てば町から商人とかが出ないとも限らないけど。
「……その、私は」
やがて、リリーは話し始める。
「単純に、戦いが終わった後のことが気になって……」
「……は?」
予想外の言葉。戦いが終わった後?
「その、レイトは元の世界に帰らずに、この世界に居続けようとしたわけでしょ?」
「そりゃあ、まあ。骨を埋める覚悟はとっくにできていたし」
「そうなると、当然誰かと一緒になるわけでしょう?」
……つまり、誰かと結婚するってことか?
「それは正直、わからないけど……その可能性はなくもないかな?」
「それが嫌だった」
……ん?
「は?」
「皇位を継いだ私はどう頑張ってもレイトと一緒にはなれない。そして私以外の誰かと一緒にいるレイトの姿は見たくなかった」
……いきなり身勝手全開の言葉が出てきてポカーンとなる。しかしリリーは堰を切ったように話し始めた。
「もちろん、戦いに負けてしまったら元も子もない。だからレイトには教えていなかったけど『闇の王』の対策を独自にしていた。全ては、レイトを帰すために」
――たぶんだけど、俺には隠して密かに色んな人へ説得していたんだろう。理由としては「異世界の住人である以上、彼を死なせてはならない。帰すべきだ」と。彼女の言葉には一定の説得力があって、結果的に誰もが彼女の言葉に従った。
しかし真実は、今語られているもの……それは間違いなくリリーのわがまま。それで仲間を説得できないから、表向きは帰すべきと主張した。
「身勝手なのはわかってる。でも想像しただけで耐えられなかった……ずっとレイトと一緒で『闇の王』との戦いの後だって、それは続くと思っていた。でも、皇位を継承することで何もかも変わってしまった」
――もしこれがゲームにでもあるような勇者の物語だったなら、話はずいぶん違っていたと思う。
典型的な勇者と魔王の物語ならば、魔王を倒した勇者はお姫様と結婚なんて展開は王道だ。場合によっては王様が「魔王を倒せば姫と結婚」などと言い出すパターンまである。
そんな展開は、皇位を継承しないのであればまだあり得たかもしれない。けれど『闇の王』との戦いにより皇位継承権を持つ者はリリーだけとなり、彼女は皇帝となった……皇帝になることは圧倒的な権力を得るのとは引き換えに、継いだ者の人生を半ば拘束してしまうことになる。
結果的に皇帝となってしまったリリーだが、最終決戦が終われば血筋を絶やさぬように誰と結婚するのかなども決められてしまっただろう。その候補に俺が入るかと言えば……微妙だった。理由はこのイファルダ帝国において皇帝の伴侶は血統で決められてしまうから。異世界の人間で俺が入る余地はない。
そこだけは、いかに世界を救った英雄と言えど変わらぬ事実……リリーもそう考えていたようだ。
「皇帝となる以上、誰か……レイトと別の人と結婚することになるのは仕方がないと割り切った……でも、レイトの将来を想像すると、嫌だった」
で、リリーはなおも話し続ける。
「そういう未来がいずれ来るってこと自体、考えるのも嫌だった! だったらいっそのことレイトを元の世界に戻してしまえば……」
「あのー、リリーさん、ちょっといいか?」
なぜかさん付けかつ、手を上げながら俺は問い掛ける。
「その、仮に元の世界に帰って俺が普通の生活を送ったとしたら……そっちで結婚とかしていたかもしれないぞ?」
「見えなかったらなんとか我慢できる……」
ものすごい苦々しい顔でリリーは返答。あ、そういうのを想像するのも嫌っぽい。
「傲慢だってわかってる。無茶苦茶だってわかってる! でも私としては『闇の王』と戦う以外にそういう結末になることは世界が滅ぶより嫌だった! だから仲間の皆を説得してレイトを元の世界に帰しました!」
と、そこまで語った後、リリーはこちらの顔を窺うように、
「……感想は?」
まあ、うん、そうだね。
「思ったよりもドロドロしてた」
「だよね! 私がレイトでも同じこと思うよ! わああああん!」
リリーは頭を抱える。聞いた後に言うのもアレだけど、そういう理由なら口をつぐむのは理解できる。
どうやら俺は、徹頭徹尾リリーのエゴで強制送還されたらしい……ただなんというか、怒る気になれないのは理由があまりにも予想外で驚いた要素の方が強かったからか。
「……まあ、事情は理解できた」
そこで俺が言及すると、リリーは言葉を待つ構えを示すと同時、緊張した顔を見せる。
「そんな理由で……とは思うけど、やってしまったことは仕方がない。いや良くはないのか……? まあいいや。言っておくけど俺は断罪するためにここへ戻ってきたわけじゃないし、怒ってもいない」
「そ、そう……?」
「ただし、二度と同じ事をしないようにしろよ。幸い何の因果かもう一度世界を救うチャンスができたわけだからな。それを同じような結末で終わりにしたくない」
そう告げるとリリーはキョトンとなる。
「呆けた顔をするなよ。理屈は不明だが俺達は過去へ戻った……また『闇の王』が復活するかどうかはわからないけど、可能性は十分ある。だから今度こそ、前回の悲劇的な結末にならないよう、俺達は頑張らないといけない――」
「そうだ!」
突然俺の声を遮ってリリーは叫んだ。こっちは思わず目を丸くして、
「ど、どうしたんだ?」
「過去! 過去へ戻ったんだ!」
「あ、ああ、そうだな……さっきリリーも言ってたじゃないか。ともかく原因はわからないが俺はリリーと出会った直後の世界に戻り、なおかつリリーは記憶が蘇った。だから『闇の王』を止めることだって――」
「ということは!」
俺の言葉を押し潰すようにリリーは叫ぶ。
「ということは!」
「な、何だよ?」
「兄さん達が生きている!」
彼女には兄が二人いる。その二人は『闇の王』との戦いで亡くなってしまったけれど、今は当然生きている。
「そ、そうだな」
「なら私が皇帝にならなくていい!」
「……う、うん。そうだな」
「ということは!」
さっきと同じ言葉を繰り返す。こっちがさらに戸惑っていると、
「レイトと結婚できる!」
「……は?」
そしてリリーは姿勢を正し、
「レイト!」
「あ、ああ」
「私と結婚してください!」
綺麗なお辞儀と共に彼女は告げる――そして俺は、完全にフリーズした。