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最強皇女と魔法の王  作者: 陽山純樹
第二章
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理性の崩壊

「外の戦いも決着がついた。お前にもう勝ち目は万に一つないな」


 ――そこでようやく外の状況にも気付いたらしく、魔術師は顔を引きつらせる。


 この場をどうにか収めれば、まだチャンスがあるかもしれない……などと考えていた可能性もあるけど、それが絶望的であると理解したようだ。

 ひとまず疑問はいくらでもあるが、目の前の魔術師に尋ねてもわからないことだらけだろう。なら、


「口頭でいいから特徴を語れ」

『そ、それは……』

「拒否する理由があるのか? それとも、素性を話せば何か仕掛けでも発動するのか? 例えば、髪の色でも話せば心臓が止まるとか」


 さすがにそんな魔法は見たことも聞いたこともないけど……相手は『闇の王』だからな。制約を課すような何かを付与できる可能性はゼロじゃない。


「ほれ、痛い思いはしたくないだろ? ならまずは髪の色とか言ってもらおうか」

『わ、わかった。まず――』

「おー、ここにいたのかレイト」


 リリーとクレアの登場。そちらに目を移すとリリーがいの一番に俺へと口を開いた。


「で、そこにいるのが魔物を操っていた魔術師さん?」

「ああ、そうだ。リリー、クレア、外は?」

「既に終わらせたわ」


 応じたのはクレア。


「ひとまず周囲に瘴気の濃い魔物の姿は――」


 言葉が、止まった。クレアの目線が魔術師へと向いて固まったため、何か変化があるのかと視線を戻した。

 魔術師は、虚空を見つめていた。いや、俺達の方へ目線を向けているのは間違いないのだが、その視線が誰を射抜いているのか、まったくわからなかった。


 ここで俺はしくじったと思った。最後の最後で気が緩んでしまった。リリーの素性とか、あるいは冒険者家業のリリーかクレアの名を知っていたか……さすがに俺についてはないだろう。となれば、二人のことを何か知っていたか。

 ただこの態度は、下手するとリリーのことを皇女として知っているとか? 第四皇女という立場である以上は式典などにも参加しているだろう。その中で目の前の魔術師が見た記憶がある……さすがにこの状況下で逃げられるとは思えないが、役人に突き出してリリーのことを喋られたら面倒なことになるかもしれない。


 ともあれ、どうしたのかを聞こうと口を開こうとした……のだが、それよりも先に魔術師が、


『……はは』


 笑い声だった。


『はは……ハハハハハハハハ! そうか! そういうことか!』


 何かを理解した様子。一体、何を?


『ようやく理解できた! 違和感ばかりだったが、そういうことだったのか! あの偉業が、成し遂げられていたのか!』


 偉業? 何なのか疑問を告げようとした矢先、


『ならば私のやることは一つだった! なぜこうも遠回りしていたのか! あの技術を、もっとあの技術を洗練していれば――』

「おい、ちょっと待て。お前、何を知っている?」


 杖を突きつけさらに尋問しようとした矢先、突然魔術師の魔力が膨らんだ。


『――死ねない』


 そして先ほどまでの絶望的な表情とは異なり、確固たる意思を持った言葉だった。


『捕まるわけにもいかない……! 我が望みを、この手で成し遂げるまでは……!』

「一人で勝手に盛り上がっているなよ。ちゃんと説明しろ、説明を」


 魔術師は何も答えない。ならばと杖を放ったが――その一撃が、黒い魔力によって阻まれた。


『理性など必要ない! この自我ももはや必要ない! 全ては、我が望みのために――』


 魔力が暴走し始める。一体何がわかったのか不明ではあったが、窮地に立たされ後は牢屋に入れられるだけの状況だったのにそれをはね除けようとする勢い。

 俺の杖による攻撃も弾かれた……たぶんだが、魔術師はやろうと思えば『闇の王』による力で無理矢理脱出はできたのかもしれない。けれどそれができなかったのは、彼自身が語ったとおり自我が消失するため……だがそれを捨ててまで、生き延びようとしている。


「リリー、クレア」


 俺は杖を構えながら二人へ告げる。


「屋敷の外へ。ここは俺がどうにかする」

「でも――」

「無茶苦茶な魔力の膨張だ。それを抑えきれるのは俺だけ……だろ?」


 ――リリーの決断は早かった。クレアの肩をつかむと即座に駆け出す。

 そして当の魔術師は黒い塊に覆われ、もはや人の形すら成していない。イルバドのように巨人などではなく、漆黒の球体となる。


『我が……望みを……』


 その言葉を繰り返す。結局意味不明なままだが……胸に抱いていた願望。それが唯一魔術師に残されたものであり、絶対捨てることのできないもの。


 ならば俺は、それを全て消し去ってやる。


 魔力を開放する。同時に漆黒の塊が俺へ突撃してきたが、俺は杖をかざし先端に結界を構成。真正面から受け止めた。

 ガガガガ、と激突したことによる衝撃が腕に伝わってくる。理性が消えつつある状況下なので、作戦などはまったくない。あるのは力による愚直な攻撃のみ。だが俺としては……眷属を利用した周りくどい戦略より、よほど強固でありまた凶悪なものだと感じた。


『ワガ、ノゾミヲ……』


 うわごとのように我が望み、と繰り返す魔術師だったモノ。もう理性は消え去った。それでも突き動かされるように俺へと攻撃してくる……その望みは何だったのか?

 最後の最後で自我を捨て去ってでも、求めるもの……いや、むしろ理性を捨て去ることで成し遂げられる何かだったのだろうか?


 考える間もひたすら闇の塊が俺を叩きつぶそうと圧を加えてくる。その姿は一個の亡霊のようにも思えた。結界越しに闇がうごめき、俺へと手を伸ばそうとする。球体ではあるが形を常に変化させ、一瞬ではあるが闇の奥に魔術師だった人間の姿……いや、その体であった頭蓋骨が見えた気がした。


「もう魔力によって体を溶かされたか……『闇の王』による悲惨な結末の一つではあるけど、こいつは自らそれを望んだ、からな」


 ここで魔力がさらに高まる闇。おそらく『闇の王』から取り込んだ力を全て俺へ注ぎ込もうとしている。

 どれほどの力を得たのかはわからない。少なくとも『前回』世界を飲み込んだ存在と比べれば少ないが……それでも多数の眷属を作るほどだ。相応の魔力を得ている以上、世界にとって脅威になることは明白だった。


 とにかく、反撃といこうか。俺は杖先に魔力を集中させ、結界を越えた杖の最先端部に魔力を集中。刹那、光弾を放った。

 光と闇が激突し、部屋に轟音が響き渡る。闇の塊はまるで血しぶきをあげるように闇を部屋に撒き散らし、ボトボトと液状になった闇を床へと落とす。だが、崩壊には至らない。


 それどころか闇はさらに膨張し、俺をはね除けようとする。これだとせめぎ合いを中断したら闇が暴走して無茶苦茶になるな。場合によっては天井を突き破って外に出るかもしれない。それだけは、絶対に避けないと。

 なら、この状況下で仕留めなければならない……と、俺はここで一つ気付く。闇の奥、先ほど見えた頭蓋骨すら見えなくなった闇の中に、青色の核のようなものを見つけた。それは間違いなく、俺達が『前回』対峙した『闇の王』と同じものだった。


「変化しているってことか……で、この闇を抜ければ核を狙える」


 なら、やることは一つ……俺は手順を整理する。次いで杖を強く握り締める。


「ぶっつけ本番の絶技だが、やるしかないな」


 それ以外に、道はなさそうだ……覚悟を決めると呼吸を整える。結界の向こうでさらに膨張し始める闇に対し――俺は、足を一歩踏み出し、決戦に身を投じた。


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