滅びの風
眷属へ接近しながら俺は杖先に魔力を凝縮させる。収束というより文字通りの「凝縮」。まさに先端の一点だけに魔力を限界まで集中させた。
『何……!?』
魔物の作成者もこの挙動に驚いた。そして同時に悟ったようだ。あの魔力を食らえば、大きな痛手を被ると。
無論、相手にしてみれば眷属の能力に自信はあるはずで、滅びはしないだろうと考えているはずだ。槍術使いとして技量はあるし、あれは技の一つだろう――そのくらいの認識であり、同時に俺の技法を防げば後は勝てると考えてもおかしくない。
『ふむ、少し驚いたが……その技法、ずいぶんと危なっかしいな』
そして相手は考察する。危ないというのは、魔力を集結させている以上、防御は手薄になっていると推測したが故か。
『確かに当たれば痛そうだが、何ほどのこともない――蹂躙せよ』
眷属が動く。俺は先端に凝縮した杖を振りかぶる。それと共に眷属は槍をかざし、刺突を放った。
巨大な槍が俺へ迫る。そこへ――こちらの杖が、激突した。
それこそ、俺の杖は眷属の槍に比べれば小枝のようなもので、当たれば吹き飛んでもおかしくない代物。だがそうはならなかった。
衝突した瞬間、風が炸裂する。これまでのものとは決定的に違う。それは、触れたものを破壊し尽くす、滅びの風だった。
凝縮した力は弾け、眷属の体を撫でる。風によってその巨体を滅することができないのは承知済み。魔物の作成者にとって切り札とも呼べる存在である以上、結界も強固で風の塊をそのまま当てない限り消え去ることはない。
杖の先に集めた魔法を懐に潜り込んで叩きつけるのは、少々リスクもある。よって、確実性のある手法を選んだ形なのだが――
『驚異的な力だ』
と、声が聞こえた。
『だが破壊するまでには至らない。切り札は潰えた。後は終わるだけだ』
果たしてそうか――風が駆け抜けた直後、俺は杖を引き戻して後退。一方で眷属は動いたようだが……足が止まる。
『どうした?』
疑問を呈する。命令をしたのに言うことは聞かない、と言いたいのだろう。
「……どこから俺達の様子を窺っているのか知らないが」
ここで俺が口を開く。
「魔力くらいはより精査に分析できるようにすべきだったな……まあ、状況を把握しても俺の攻撃を受けるような挙動にはなるだろうから、結末なんて変わらないと思うが」
『何をした?』
問い返された直後、ピシリと音がした。見れば眷属が握る槍と盾の双方に細かいヒビが入り始めている。
「先ほどの技法は、風に乗せて魔力を分解する効力を乗せた。これをまともに受ければ魔物なんてたちまち風化するほどだ。ただしこの魔物は耐久力もあったからそれなりに防げた……が、風を一身に受けた以上、多少なりとも影響が出たわけだ」
ピシピシとなおも音を上げ続ける眷属。とはいえそれは体表面の皮膚をボロボロにしたようなものらしく、内部までヒビが浸食している雰囲気ではない。
『しかし、そうした技法を持ってしても、この魔物には届かない』
「そうかな?」
返事をした矢先、眷属が突撃してくる。ヒビによる影響はほとんどなく、この攻撃で仕留めようという気概を大いに含んでいた。
『ここまでやったのは褒めてやろう! だが終わりだ!』
槍が放たれる。俺はそれを横に跳んでかわし……左腕の盾が迫る。さらに爆発的な魔力。魔法により回避不能の攻撃を放とうとしている。
当たらないと踏んで、魔法で決めに掛かったようだが……これこそ、俺が狙っていた形だった。
直後、俺の前方で火球が生まれる。それが炸裂すれば周辺を炎の海にする……森がある中でやっていいのかと疑問はあったが、まあ魔物の作成者が命令したことなのだ。問題ないのだろう。
いよいよ魔法が迫る――その直前だった。突如火球の魔力が乱れる。
『何……!?』
それは魔法の制御に失敗したかのような変化。魔力の制御にミスが出ると収束していた魔法などに異常が出る。眷属の火球は今まさにそういう状態にあった。
なぜ今まで制御できていたものが、できなくなったのか――それは先ほど繰り出した俺の攻撃にある。俺の杖と眷属の槍が激突したわけだが、本命は滅びの風を左手に集中させ、魔法を使う部位にダメージを与えるのが目的だった。
結果として目の前の状況がある……刹那、眷属が放とうとしていた火球が爆発した。俺はその影響から逃れることに成功し、距離を置く。
そして当の眷属だが……左腕が、見事に破壊されていた。それを見た魔物の作成者は言葉を失ったようで呻き声が聞こえてきた。
「終わりだな」
俺は宣言と共に杖へ再度魔力を凝縮させ――懐へ潜り込み、眷属へ向け刺突を放った。
これまで眷属は無類の耐久力で攻撃を防いでいたわけだが、部位を破壊されてバランスが狂ったか、今度こそ俺の攻撃が決まった。
生じたのは荒れ狂う風。それが眷属の体を撫でるとひび割れていた槍や体へ吹き付け、体が霧散し始める。魔物は対抗しようと手を伸ばしたが、その途中で風に飲み込まれ、消え失せた。
後に残るのは残り香のような瘴気だけ。俺の完全勝利というわけだが、まだ終わりじゃない。
「……声だけしか聞こえていないからな。いい加減、姿を現してもらうぞ」
俺は屋敷の入口へと駆ける。相手は何も答えない。いや、通信を切ったというべきか。
さすがにこの状況だと逃げる可能性もあるか? 疑問に思ったが俺は建物の扉を開ける。そこにあったのは、これまで眷属がまとっていた瘴気だった。
次いで上の階から物音が聞こえる。どうやらまだ建物の中にいるらしい。
「逃がすか……!」
俺は走り、階段を駆け上がる。同時に魔物が目の前に出現した。この建物内を守護していたと思しき魔物。見た目は狼のように見える、外でも見られた個体だ。
即座に杖をかざし、突撃する狼へ向けて風を放つ。それによりあっさりと吹き飛ばされる魔物。その体が壁に打ち付けられ、力をなくし倒れ込む。
俺は杖で頭部を突いて撃破した後、さらに進撃する。通路の奥から気配を感じ取ることができたため、間違いなく魔物の作成者がいる。
捕らえて事情を聞き出したいところだが……と、さらに目の前に魔物。狼だったのだが、出現の仕方が異様だった。突然暗闇――瘴気を発する場所から現われた。それはまるで、影から這い出てくるかのようだった。
「魔物の発生プロセスも気になるな……まるで闇の世界から出現したみたいだ」
さすがに瘴気が『闇の王』と直接繋がっているとは考えられないが、どうやら闇の世界から魔力を頂いて魔物を構成しているのは間違いないようだ。
そうであればなおさら逃がすわけにはいかない……! 杖を用いて狼を瞬殺。さらに足を前に踏み出そうとする。
その時、リリー達を観察している使い魔が彼女達の目の前に現われた敵を捉えた。それはどうやら眷属クラスの敵であり、また同時に彼女達が戦っていた魔物よりも遙かに多大な魔力を抱えているようだった。
「あちらも本番ってことか……こちらの用件を済ませ、援護に行くのもいいけど――」
だが魔物が際限なく出現する。人が来ないといっても、自分の居場所には防備を巡らせているわけか。
なら、やるしかない。幸い逃げる様子はない。脱出路の確保については、あまり考慮していなかったか。
であればここで終わらせる……そう断じた直後、戦闘を開始。それに呼応するように、リリー達もまた眷属へと挑むべく、足を前に踏み出した。




