決戦の結果
店を出た俺達は歩を進めながら会話を行う。まず一番先に気になったのは、
「リリー、俺は目を合わせた時に瞳の奥に魔力を感じ取ってそれに干渉した。結果、記憶が戻った……いや、戻ったという表現はおかしいのかもしれないが」
「私としては、その解釈が一番近いと思うけど」
彼女はそう返答する……しかし最終決戦から過去なのに戻ったというのはどういうことなのか? 俺の記憶が彼女の頭の中に生じたのか?
そう思いいくつか質問してみたのだが……結論から言うと、どうやらリリーはリリーとしての記憶が蘇っているようだった。
「謎が深まるばかりだな……」
俺がリリーと出会った直後の時間軸で訪れた点はまあいいとして、リリーは決戦時の記憶を保有している……考えられるのは二つか?
一つは俺が最初に召喚された世界と今いる世界は平行世界的な何かであり、俺が干渉したため向こうの世界のリリーの記憶を目の前のリリーへ移した……といっても、俺は彼女の瞳の奥に存在する魔力に干渉しただけで、魔法を使っていたわけじゃないからな。
もう一つの可能性は、あんまり考えたくないけど……『闇の王』との戦いを経て、過去に戻ったとか。それこそ荒唐無稽だが、あの存在がもたらすものというのがわかっていない以上、例えば「飲み込んだ存在を過去に戻す」とか、そういう機能がある可能性は否定できない。ともあれ、
「なんとなく『闇の王』が関わっているような気がするな」
「あ、私もそう思った」
リリーが答える……よし、話題もシフトしたから、この辺で本題に入ろう。
「……あのさ、リリー。絶対に怒らないと約束するから、聞かせて欲しい」
その言葉で彼女の顔がちょっと引きつった。何を尋ねるのか見当がついたようだけど……言葉を待つ構え。
「俺を送還してからの戦い、どうなった?」
「負けました」
一言。それに対し俺は深いため息をつく。
「やっぱりか……ちなみに敗因は?」
「根本的な火力不足。そもそも私も『闇の王』に対してはレイトとの連携ありきの部分があったからね」
「それ、俺を送還しようとする時点でわかっていただろ?」
「ほら、もしかしたらレイトが良く使っていた言葉で……ワンチャンあるかなー、と」
再びため息……そう語ってはいるけど、リリーは勝てないと頭の中で理解していただろう。一緒に戦ってきたから、わかる。
「最終的に、何もかも全部飲み込まれたってことか?」
「たぶん」
「……怒らないと約束したわけだから何も言わないけど、本来なら拳骨が何発も飛んでるところだぞ……」
なんというか……と、ここでリリーは笑い始め、
「でもほら、何でかはわからないけどこうして戻ったわけだし、平和な世界を築くことができるんじゃない?」
「ポジティブ過ぎるな……お前……」
苦笑した後、まあそれもありかなどと思ったりもしたのだが、
「だからといって単純に『闇の王』を倒すだけじゃ話にならない。あの存在はどういうものなのか。そして今の状況はどういうことなのか……解明した上で、『闇の王』を倒さないと」
「うんうん、そうだね」
リリーの能天気な返事に俺はもう一度ため息をつきたくなった後……、
「よし、それじゃあ改めて俺を送還した理由を聞こうか」
あ、ビクッとなった。次いでリリーは俺から視線を逸らしつつ、
「あー、えっと、それは……」
「言っておくけど仲間内で決めたから、とか言うなよ。それが嘘であることくらい俺でもわかる……あれは完全にリリーの独断だろ?」
その言葉に彼女は、やや躊躇いながらも小さく頷いた。
「はい……そうです」
「俺は理由を問いたくてここへ戻ってきた。あんな別れ方して納得がいくか。そういうわけで、きっちり説明してくれ」
街道で立ち止まり、俺達は話をする。幸いながら周囲に人はいないし、誰かに聞き咎められるようなこともない。
沈黙が俺達の間に流れる。リリーとしてはどう説明したものかと迷っている様子だが……やがて、
「……死んで、欲しくなかったから」
「それは誰だって同じのはずだ。決戦の前日、どのような結果になろうとも悔いがないように……そう俺達へ言ったのは他ならぬリリーじゃないか」
「それは……レイトは帰るべき場所があるし、最後は本来この世界の住人である私達だけで決着をつけようというか――」
「俺はこの世界の人間だとリリーにはっきり明言したのはいつの話だ? ずっと前にそう告げてあるし、決戦前日にも仲間達へそう告げたはずだぞ?」
「う……」
言い訳をことごとく封じられてリリーはしどろもどろになる……先に彼女が語った内容は、とうの昔に既に乗り越えている出来事なのだ。
「本当の理由は別にある……それは何だ?」
リリーは沈黙。俺は何も語らずじっと言葉を待つ。
それからしばし、彼女が話し出すまでじっと佇む……そして、
「……す」
「す?」
「レイトのことが、好きだったから……」
――つまり、俺のことが好きで死んで欲しくなかったので送還した、と言いたいわけだ。
理由としては筋が通る……好意を持たれていたのはまあ俺でもわかったし、送還寸前にキスまでしたのだから、それを根拠にするのは理解できる。だが、
「それは理由の一部だろ?」
その指摘に、リリーの表情が固まる。図星らしい。
「あの決戦までに、それこそ死ぬかと思うくらいの戦いをくぐり抜けてきた……そもそも『闇の王』との戦いなんていつもそうだった……けれどリリーは『私と一緒に死ぬ覚悟で戦ってくれ』と言っていたし、俺もその意気で戦いに加わっていた。最後の最後で変心したというのは理解できなくもないが、決定打じゃないはずだ。絶対他に理由がある」
リリーは沈黙。ここで彼女から「絶対だと告げる根拠は?」と聞かれても回答を用意していたのだが……どうも俺が答えを用意しているのを悟ったのか、彼女は無言になった。
ここまでスラスラ答えられるのは、俺自身強制送還されてどう質問しようか悩み抜いた結果……つまり、二年間かけて用意していたからだ。どう問われたらどう返答しようか既に頭の中で構築している。そして彼女の態度から何かを隠していることは明白だった。
俺はその真実が知りたかった……さすがにあくどいことをやっていたから、などという理由ではないだろう。彼女なりに俺には話しにくかったことだとは思う。けれど、
「言っておくけど、最後の最後で戻されて、今俺はリリーにこの質問をぶつけるために戻ってきたんだ。きちんと理由を答えてくれるまで、俺は引き下がらないぞ」
風が駆け抜ける。『闇の王』が存在しない世界は極めて平和で、あの決戦が夢であったかのような錯覚さえ抱いてしまうほど。
リリーはなおも黙る。しかし俺の目を見てどう取り繕っても見抜かれる……そんな心情を抱いているのがわかる。
しかし引き下がるつもりはない……時間にして、数分くらいだろうか。長いとさえ思えた静寂を経て、リリーは……ゆっくりと、口を開く。その第一声は、予想していたものとはずいぶんと違っていた。