眷属の槍
まず先んじて使用した魔法は、クレアとの戦いで使用していたゼルーファの技法を身に宿すもの。俺はこれまで杖をかざすことによる援護しかしていなかったが、騎士の技量を見せてもそれが魔法であるなどとは考慮しないだろう。
『杖に魔力を宿したか』
魔物作成者はそう呟くと、
『どんな魔装なのかわからないが……ま、いい。後でゆっくり調べるとしよう』
魔物達が一斉に動いた。まずは眷属だが、そちらは槍を動かして戦闘態勢に入っただけで、突撃などはしてこない。
接近してきたのは狼。こちらで足止めしておいて巨大な槍で串刺しという作戦だろうか。相手からすれば俺達が逃げ出せば面倒なことになる。よって確実性の高い手段で仕留めようということか。
狼が群がってくる。毛並みは鋭く棘のようになっているのは先ほど交戦した個体と変わらない。体当たりを受ければ血まみれになりそうなその姿は、普通の人からすれば凶悪な兵器に相違ない。
だが俺には――杖が動く。ゼルーファの技術が体を動かし、刺突を放った。
回転を掛けながらの突きは、迫る狼へ――頭部へと突き刺さり、パアンと弾けて首から上が消滅する。
傍から見ればいきなり狼の頭が吹っ飛んだように見えただろう。頭部を失った魔物は突然力をなくし、前進する勢いで地面を擦りながら倒れ伏す。続けざまにやって来た魔物も俺が手を動かした瞬間に同様の結末を迎え、さらに後続がやって来る。
今度は五体。さすがにこれは辛いかと最初は思ったが、ゼルーファの技量が語りかけてくる。まるで『前回』の彼が助言するように――いける、と。
一度杖を握り直す。狼の攻撃はほぼ同じタイミングであり、俺の首下へ真っ直ぐ迫ろうとしている。それに対し俺は――手先に力を込め、刺突を見舞う。
数秒にも満たない時間の出来事だった。狼の頭部を撃ち抜く度にズドン、と重い音が響く。それが合計で五つ……放った俺自身も少し驚くぐらいの早業で、狼の頭部は消滅した。
全ての個体が地面に倒れ、襲い掛かってくる敵がいなくなる。体の向きを変えると、槍を放とうとしている眷属が動きを止めていた。
『これは、驚いた』
魔物の作成者が声を出した。
『見た目から援護主体の魔術師だと思っていたが、槍術の使い手だったか』
「姿に騙されてくれるのは、こっちの術中にはまっている証拠だぞ」
挑発的な言葉と共に、杖の先端を眷属へ向ける。
「で、どうする?」
『ふむ、雑兵と魔物と戦っている女二人も達人級……とくれば、かなり運が悪い相手と当たってしまったか』
悠長に語りながらも、俺達をどうするか算段を立てている様子だが……、
『まあいい。まずは一人、仕留めるとしよう』
眷属が動く。刹那、魔物が握る槍がこちらへ差し向けられた。
見た目に反し恐ろしい速度で動く眷属。だがこちらも即応し、槍を見極め横へ体を移し避けた。
眷属からの切り返しも身をひねって避けると、すかさず反撃に転じる。握る杖へと魔力を注ぎ、相手の胸部を狙って刺突を放つ。
無論、距離があるため杖の先が眷属へ届くことはないため仕掛けがある。杖先から魔力が開放され、渦を巻く風が生じた。刃、というよりは風の大砲とでも言うべきそれは、眷属に直撃した瞬間、枝を吹き飛ばす乾いた音と、衝撃がもたらされた。
威力は眷属が攻撃を受け数歩たたらを踏むほど。ただ魔物の体表面にはしっかり結界が構成されているのか、枝をある程度破壊はしたものの胸部貫通には至らなかった。
『風と槍術を組み合わせた使い手か。面白い……これは、良いデータがとれるかもしれん』
そんな声が魔物の作成者からもたらされた矢先、眷属の槍が俺へと突き込まれる。真正面からの愚直な刺突。圧倒的な速度であり、これが人間にとって致命的な一撃であることは間違いなく、下手すれば数十人単位で人が吹き飛ぶほどの威力はある。
だが俺は――まずはその槍を、受けた。次いでするりと杖を軸にして体を横へ。相手の攻撃を受け流した形だが、まさか相手もこれほどの巨体でやるとは思ってもみなかっただろう。
『ほう……!?』
驚愕の声。俺はそれに対し突きを放つことで応じる。しっかりと魔力が乗った刺突。狙いは眷属が槍を握る右腕。その関節部分へ、連撃を加える。
刺突がガガガ、と数度枝の体へ激突した。十分な魔力を乗せているはずなのだが……関節破壊には至らない。
『武器を持てなくするか。良い判断だが、十分な威力ではないな』
この様子だと関節部分とかは重点的に保護されているか。これなら足とかも同じだろう。どこかの部位を破壊して行動不能にするのも一つの手だが、その対策はきっちり成されていると考えて良いかもしれない。
確か『前回』戦った時は、遠距離から魔法による攻撃である程度破壊し、接近戦でトドメを刺したはず。こいつは魔法も使えるので遠距離における戦いでもこちら側は有利にならなかった。だからこそ被害も拡大した。
その時と比べて幾分弱くはなっているようにも見えるのだが……というか、魔法は使えるのか? 現時点では槍による接近戦しかしていないが――
『ふん、さすがに槍の扱いまでは面倒見ることは難しいか』
ふいに声が。それは眷属に対する論評のようだった。
『ならば、もう一つの案を進めるべきだな。槍はあくまで防衛のためということにしよう』
「悠長に語っているが」
そんな相手に俺は、眷属へ杖をさらに突き立てながら述べる。
「俺に破壊されるわけだし、検証の必要はないんじゃないか?」
『ずいぶんと自信を持っているが……まあ、いいか。余計なことを喋って時間を無駄にするのも癪だ』
眷属が槍を引き戻す。同時、
『そちらの技量はわかった……終わらせろ』
魔力を発した。槍ではなくどうやら魔法を使う。左手の盾をかざしたかと思うと、炎が湧き上がった。
盾を前面に押し出すことで近距離かつ、反撃させないようにする――確か『前回』も同じ戦法だった。味方としては魔法に対し反撃も許さない形であり、回避に徹するしかない。
だが、俺は……杖による風の刺突を放った。それにより炎と激突し、業火が風に煽られ周囲に拡散する。
『負けじと正面から対抗か。蛮勇かそれとも何か策があるのか。しかし』
巨人の槍が俺へと差し込まれる。こちらは後退しながらかわすと当然ながら風の勢いは弱まり、炎が迫る。
だが一気に後退して難を逃れることに成功。とはいえ槍と盾の魔法……こちらにターンを渡さない気か。
「……ずいぶんとまあ、人間くさい戦法だな」
俺はそんな評価を下す。『前回』も同じ感想を抱いた。他の眷属とは異なり攻撃一辺倒ではない。攻撃と防御を上手くこなす堅実さがこの眷属にはあった。
『ああ、それは当然だ』
こちらの言及に魔物の作成者はそういった返事をした。
『こいつは特別製だ。他の個体とは違う……全ての魔物を率いる役割がある』
つまり、総大将か……前はそのような動きを見せなかったが、これは作成者と『闇の王』の方針が違うのか?
『ただ蹂躙するだけでは決してない。絶対的な強さ……それが必要だった』
「なぜこんなことをする? この魔物はお前が作ったんだろう?」
『私の所に来たのなら、話してやろうじゃないか』
そんなこと絶対に叶わないが、と言外に語っている風だった。だが、
「そうか。ならゆっくりと聞かせてもらうとしようか」
『ほう、正気か?』
あくまで強気な態度を崩さない俺に対し作成者は疑わしげに、怪訝な声を発する。
俺は杖を構え直す。これまでの攻防で魔物の能力はつかんだ。どう戦えばいいのか、頭の中で結論づける。
「終わらせよう――それこそ、一瞬で」
宣告と同時、俺は魔力を高め、眷属へと走った。




