槍と魔法
きっかけは幾度となく繰り返した訓練の最中。普段俺はリリーのパートナーとして彼女の鍛錬に付き合っていたのだが、その次に熱心だったのが騎士ゼルーファだった。
当然それだけ鍛錬に付き合っていれば彼の槍術を目の当たりにしたわけで……ただし、当然見て覚えられるわけではない。俺の魔法は想像したものを自由自在に作れるとはいえ、武術の型式を真似るなんて魔法は具体性がなく意味がない。なので、本来こんなやり方で技術習得はできないと思っていた。
しかし、そこで俺達の訓練を見ていたとある宮廷魔術師……その人物もまたよく訓練を共にしていたのだが、言ったのだ。魔法に型式を落とし込めば、俺自身が魔法により槍術を使えるようになるかもしれないと。
正直、あまりメリットはなかった。俺の魔法は強力だし武術に頼るより魔法を使った方が早いからだ。けれどゼルーファはその試みに乗っかった。よって、趣味の範囲でやってみようか、という話になったのだ。
魔法に技法を落とし込むという試みは当然ながら経験がなかったので、試行錯誤を繰り返し……こう言ってしまうともはや趣味でも何でもなくなってしまっているのだが、ともかく――魔法に落とし込む作業については成功し、なんと俺はゼルーファの技法を魔法により再現してしまったのだ。恐るべし俺の魔法。
「……まあ、役に立つことはなかったんだけどな」
俺は語りながら最終決戦までの戦いを思い起こす。
技法を再現したはいいけど、ゼルーファの魔装が持つ能力まで忠実なわけではない。あくまで彼の技量を模倣しただけなので、ゼルーファのように戦うことはできない。ただし、俺は俺で他にも魔法が使えるので、やりようはあったりするし、ゼルーファよりも面倒な戦法をとることだって可能だ。
まあ槍の代わりに杖を使っていることからも、技量を真似たからといってパフォーマンス通りに戦えるかもわからないわけだけど……クレアはどうやら好意的に受け取ったようで、
「いいじゃないいじゃない! そう、魔法勝負とかよりも、こういう方がずっと面白いわ!」
「気に入ってくれて何よりだけど……言っておくが、俺に勝ったからといってゼルーファにも勝った、なんてことにはならないからな」
「それはもちろんわかっているわ……さて、そちらも手の内を明かしたことだし、改めて始めましょうか」
クレアの気配が変わる。それに対し俺は槍を構え――彼女が突撃を開始した。
一瞬で間合いを詰め、接近戦どころかゼロ距離で勝負を決めるつもりか。槍は当然懐に潜り込まれたらまずいので、俺は後退しながらクレアを観察。そこで彼女は剣を振る。またも俺へ直接斬撃を刻みつける技法……とはいえ杖の先端に結界が維持されているので、それを用いて防ぎきった。
そこでクレアは笑みを浮かべる……どうやら結界の特性を理解したようだ。
俺の結界は現在、杖の先端で構成されるようになっている。しかしこのままでは言わば槍の先端にある刃の部分も結界により覆われてしまっている。よってクレアを倒すためには結界を解除するか発動しないようにして戦うしかない。
よって、俺を倒すならこちらが攻勢に出ている時……カウンター狙いで結界を突破する、あるいはゼロ距離まで近づいて結界を使わせないようにする、といった選択肢がとれる。
クレアはどうするのか……と、彼女はさらに踏み込むべく足を前に出す。懐へ突っ込む選択をしたらしい。
なら、俺は……さらに後退するがクレアの方が早い。魔装による身体強化を最大限に発揮している。刃が届けば勝負が一気につくと考えているのか、リスクを背負ってもここで攻めきる算段らしい。
そういうことなら――頭の中で戦術を組み立てた。彼女から振り下ろされる刃。けれど俺はまずそれを、杖を引き戻して弾く。
「さすが!」
けれどクレアは攻勢を止めない。このまま突っ走る――そういう意図があるらしい。
そこで……こちらは左手に魔力を込めた。途端、クレアの意識が一瞬だけそちらへ注がれる。刹那、魔法が炸裂。それはクレアの動きをほんのわずかに押し留める、突風の魔法だ。
俺とクレアの中間地点で風が炸裂し、動きが止まる。とはいえクレアにしてみれば強引な魔力強化により攻めることはできるだろう……その予測通り、彼女は風にも構わずさらなる斬撃を放った。
風がなければ間違いなく決まっていた斬撃。けれど彼女の刃は――空を切る。剣を振った時、俺は横へ逃れ回避していた。
そして杖を突き込む。先端には相変わらず結界が構成されており、彼女へ壁を押しつけるような格好だ。彼女は当然それに剣をかざす。
その瞬間、結界にわずかな変化。杖の先端……そこにある魔力の刃が、結界を突き抜けクレアへと伸びる!
「っ!?」
さすがに予想外の挙動だったのか、彼女は即座に身をひねって避けた。ならばと俺はさらに杖を振るう。俺の狙いは右肩。剣を振る動きが鈍ってしまえば、実質勝負は決まったようなものだ。
当然クレアはさせまいと防ぐのだが、さらなる刺突を放つ。それは観客に徹しているリリーからすれば、目にも留まらぬ速さというレベルだろう。
槍の放つ構えから、魔力の込め方まで、今の俺はゼルーファと同じだった。もちろん装備が違うので完全再現には至らないが、俺が持つ魔法により補強を重ね問題点をカバーしてある。もし相手が魔物であればおそらく一度目の刺突で頭部か胸部を射抜かれ終わっていたのだが……さすがクレア。その全てをかわしてみせる。
その一方で彼女は反撃の機会を窺う。俺の攻撃が止まれば隙が生じ反撃に転じることができる……ただしこっちには魔法がある。カウンターを仕掛けてきたら逆に魔法で……そういう考えだったのだが、
「ああ、もう! かなり面倒ね!」
気付いたらしい。仕方がないとクレアは一度後退した。仕切り直しというわけだ。
――これがもしゼルーファならば、双方が距離をとって相手の出方を待つ膠着状態に陥っていたかもしれない。武術同士の戦いなので呼吸を整え、再び交戦を始める……そういう形でもおかしくはない。
しかし、今回は違う。俺はあくまで槍術を模倣しているだけで、本質は魔法だ。
クレアは間合いから遠ざかろうとしたのだが……次の瞬間、パチリと音がした。静電気でも発したかのようなそれは、俺の仕込みに引っ掛かったことを意味していた。
「なっ……!?」
クレアはそれに気付く。いつの間に……そんな心の声が聞こえてきそうだが、仕込んだのは突風の魔法を放ったときである。
槍術の技法による魔法を使用中は、いわゆる『読み合い』という分野でも効果がある。クレアの足運びや、こう斬り結んだらどう動くのかとか、そういう思考をすることができる。魔法一つでそこまで、と驚くところではあるが、そういう特性を混ぜ合わせることができてしまったということで、魔法の神秘を垣間見ることができたわけだ。
今、俺はクレアの動きを読んで罠を地面に配置した……効果は単なる痺れ魔法。ゲームで言えば麻痺状態にさせるとか、そういう効果がある。
もっともクレアは毒とか麻痺とか、そういう状態異常系の攻撃には比較的強い……というか単独行動している身でそんな攻撃を受ければひとたまりもないので対策をしている、というわけだ。
しかし、解除できるからといって、今の状況で俺はさせるはずもなく……多少動揺するクレアへ、俺は杖を突きつけた。