彼女の約束
クレアの記憶を戻した夜、翌日の準備をしてから眠ろうかと支度をしていたら、突然ノックの音が舞い込んだ。
「はい?」
返事をすると扉が開き、クレアが姿を現した。
「やっほー、レイト」
「……どうしたんだ?」
「どうしたのか? そうねー」
彼女はこめかみに手を当て、
「……夜這いに来ました、とか言った方がいい?」
「何アホなこと口走ってるの?」
彼女の後方にはリリーの姿。そんな二人に対し俺はため息をつき、
「もう寝るつもりだったんだけど、何か用か? できれば手短にお願いしたいんだけど」
「えー、ちょっと付き合って欲しいんだけど」
「レイト、真に受けなくてもいいよ。私は止めに来たんだけど……」
えっと、クレアが俺に用があり、リリーはそれに気付いて止めに来た、という構図かな?
「……用件を聞くだけでもいいか?」
「前の約束を果たしたい、と思いまして」
「約束?」
そんなのしたっけ? 記憶を探ってみたが、心当たりがない。
「えー、忘れたの? 私と約束したでしょう? あの戦いが終わったら、一度決闘をしましょう、って」
……ちなみにここで言うあの戦いとは『前回』の最終決戦のことである。
で、俺は思い出す。そういえば、最終決戦数日前にそんなことを言っていた。
「いや、戦いに負けたじゃないか」
「戦いが終わったら、でしょう? 勝敗は関係ないじゃない」
百パーセント屁理屈である。この主張にクレアの後方にいるリリーもため息をついた。
「……聞く耳もたなくてもいいと思うよ」
「む、私としては重要なことよ?」
そう意見するクレア。さて、どうするか。
なんというか、ここできちんと約束を果たしておかないとこれからわがままとか言いそうだしなあ。さすがに『闇の王』に関わる案件なので仲間から外れるようなことはないと思うけど、不平不満とか溜まって問題が生じるのもいただけない。
「……ちなみに断ったらどうするんだ?」
「ふふん、その場合は切り札を投入するしかないわね」
切り札? 眉をひそめるとクレアは胸を張り、
「その場合、レイトの秘密を誰かにバラすことにするわ」
「ずいぶんと陰険なやり口だな……」
「なんとでも言いなさい」
なんでそんな自信ありげに語るんだろう……。
「ちなみに、秘密って何だ?」
別に隠していることとかないんだけど、と思ったら、
「リリーに告白されたことを皇族関係者に色々喋ってあげるわ」
――その言葉を聞いた瞬間、リリーが思いっきり吹き出した。
「ちょ、ちょっとレイト!」
「な、何だよ!?」
「そんなことまで話したの!?」
と、ここでクレアが笑い始める。あ、この反応は、
「……カマかけたな?」
「いや、なんとなく予想はつくし。十中八九再会したら告白の一つでもするだろーなーと」
リリーは押し黙った。彼女は完全にしてやられた形だな。
そうした反応を見て俺は、
「……一応言っておくが、そんなことしたら『闇の王』どころじゃなくなるぞ」
「わかってるわよ。これは冗談だから。あ、でも問題ないと判断したら何か喋っちゃうかもしれないわねー」
コイツ……と思ったけど、ここで後腐れ無くしておいた方が後々の戦いのためにも効果的かもしれないな。
どう返答しようかと迷っているとリリーとクレアが何やら話し始める。告白云々についてらしいが、二人のやり取りを放置しておくと両者で決闘に発展しかねないので、俺は口を開いた。
「……今からか?」
ピクン、とクレアが反応する。
「やる気なのね?」
「理不尽ではあるけど、一応約束に変わりはないからな……ただし、それが終わったらきちんと仕事はしてもらうからな」
「ええ、当然よ」
「レイト、いいの? はっきり言って無茶苦茶だよ?」
リリーが思わず尋ねてくる。そんな彼女に対し俺は、
「きちんと納得した上で協力してくれた方が、いいだろ?」
「それは、そうだけど」
「というわけで、夜だけど決闘か……場所はどうする?」
「郊外によさそうな場所を見繕ってあるわ」
「手際がいいことで……なら向かうとしようか。ああ、ただし」
俺はクレアを見据え、少し声のトーンを落とす。
「そっちは本気を出すつもりのようだから言っておくが……そうなったらこっちも加減できないからな?」
――多少なりとも迫力があったためか、クレアは目を開きブルッと一度震えた。武者震いらしい。
「ええ、わかってるわ」
「覚悟はあるみたいだな。なら、移動しようか」
そう告げ、俺達は宿を離れることとなった。
クレアが指定した場所は、郊外の一角。街道から少し逸れた平原で、結界を使って周囲を誤魔化せば、確かに自在に立ち回れる場所だった。
「何か、ルールはあるか?」
俺は結界を構築しながら問い掛ける。それにクレアは腕を組み、
「んー、そうね。まずは使い魔などによる魔法の禁止」
「……正直、使い魔を介して戦ったところでクレアは瞬殺するだろ?」
「そういう問題じゃないのよ。決闘である以上、きちんと相手と向かい合って戦いたいの」
わがままである。まあ彼女と全力でぶつかる以上、使い魔などを使っている暇はないだろう。
「他には?」
「武器の使用制限などは特になし。そっちも魔法は自由に使っていいわよ」
「俺が全力出したら結界が無茶苦茶になるんだぞ?」
「そこはほら、やりようはあるじゃない」
実質俺の方がハンデある状態なんだけど……ま、いいや。考えても仕方がない。この状態でも彼女が満足するのならそれでいいか……よし、準備はできた。
結界を張り終え、俺はクレアと向かい合う。距離にしておよそ十メートルほど。そして立会人としてリリーが横に立つ。
「私が見届け人だけど……勝敗の有無はどうするの?」
「刃を突きつけるか、気絶させるかのどちらかでいいでしょう」
「あんまり怪我とかさせたくないんだけど……」
「その辺りは大丈夫よ」
クレアは言う。それはつまり、怪我などさせずにこちらが勝つ、という自信の表れか。
俺は小さく息をつく。さて、クレアと真面目に戦ったことは一度も無い。というかそもそも俺は遠距離戦メインで彼女は接近戦が主である。そんな両者が戦ってまともな戦いになるはずもない。
しかしクレアは俺との決闘を望んでいた……本能的に願っていたのかもしれない。魔法使いという存在と戦ってみたいと。
こちらとしては迷惑千万な欲求ではあるが、最終決戦前とかは俺と決闘をするというのがモチベーションになっていたのも事実だろう。となれば、邪険に扱うことはできない。
「では、決闘を始めます」
リリーが宣言。同時に俺とクレアは構える。
――俺自身、達人級の剣士と一騎打ちなんていうのは『前回』の戦いでもほとんどなかった。ただ、どう戦うについては一応考えてはいたし、対策も練っていた。
その策が使われることはなかったのだが……今、まさにそれが活用されようとしている。
個人的にこの使われ方はどうなんだという気がしないでもないけど……いやまあ、今後の旅を円滑に進めるためだと思えば、納得できるかな?
「――始め!」
リリーが号令を発した。直後、クレアの魔力が爆発的に膨らむ。最初から本気の様子。ならば――俺もまた呼吸を整え力を開放。唐突ではあるがクレアとの決闘が始まった。