見えない刃
魔物の間近まで迫ると、その魔力の異質さに目を奪われる。明らかに他の魔物とは一線を画する……そこに闇が存在している。
俺やリリーならばこれが『闇の王』の眷属であることがわかっているので、この魔力は馴染みのあるもの……正直、馴染みという言葉はあまり使いたくないけど、ともかく感じたことのある気配である。
一方でクレアはそれを感じたことはないので、その異様な魔力に気付いて声を上げた。
「なんだか……生物ではないみたいね」
「その推測はあながち間違いじゃないな」
俺の指摘にクレアは眉をひそめ、
「どういうこと? 正体まで知っていると?」
「ああ、まあな……ともあれここで話をする暇はなさそうだ」
眷属はまだ気付いていないが、少しずつこちらへ近づいている。時間の問題だな。
「よし、手順を確認する。クレアとリリーが同時に攻め込んだ瞬間、俺は防御魔法によりあの魔物の周囲をガードする。俺の魔法ならば魔力による爆発を封じ込めるのは可能にしても、それじゃあこちらも攻撃はできない」
結界越しに攻撃するのもありだし、何なら結界を構築すると同時にその中で魔法攻撃を……ただ眷属の爆発により相殺されて意味を成さないなんて可能性もあるし、そういう手で攻撃するのは微妙ではある。
あと俺達が保有している眷属の情報は『前回』のものであり、多少なりとも特性だって変わっているかもしれないが……ともかく初動は爆発を封じ込めること。あれを一度放ったら次を発動するには多少の時間を要する。その間にリリー達が仕留める……これが『聖皇剣』だったら確実性は高いのだが……。
「一度爆発を抑え込んだら結界を解除して、攻撃できる状況を作る。後はリリー達次第だ。キツそうなら即座に結界を張り直す……ただこうなると俺は防御的な援護しかできないぞ」
二つ以上、同時に魔法は行使できるので結界を作りながら攻撃は可能なのだが、個人的には二つの魔法でリリーやクレアを守護する側に回った方がいいだろう。思わぬ状況で攻撃が来る可能性も考えられるし。
それはリリーも認識しているのか小さく頷き、
「うん、それでいいよ……クレアもいい?」
「私は二人に従うわ」
「わかった……タイミングを見計らう。合図はこちらに任せてもらっていいのか?」
二人は同時に首肯。ならばと俺は魔物を見据える。
徐々に接近する『闇の王』の眷属。できることならこのルーガ山脈に何故いるのかなど、解明したことはたくさんあるのだが……この場所を調べれば、情報はとれるか。
とにかく今は眷属を倒す千載一遇のチャンス。魔物の歩調を読み取り、機を窺い……そして、
「――今だ!」
叫ぶと同時にリリー達は茂みから出た。それと共に両者とも握り締める剣に魔力を込める。
リリーは研ぎ澄まされたものであり、クレアはどこか荒々しい。魔力収束の技術については『闇の王』という修羅場を乗り越えたリリーの方が一歩上か。
収束により眷属がこちらに気付く。どこの部位からかわからないが声を発し、体表面の魔力がざわつき始めた。
魔力を拡散させ、爆発させる――即座に俺は杖で地面をカンと叩いた、刹那、眷属を覆うような結界が構築され――直後、大爆発が結界内で炸裂した。
グォォォン、とくぐもった音が周囲に響き、結界越しにも関わらず俺の全身を打つ。俺やリリーはきちんと防御していれば防げるものではあるのだが、クレアはどうなるかわかったものではない。それに眷属の攻撃は溜めは必要とするが延々と放ち続けることが可能。一度守勢に回れば攻撃ができないまま、という可能性もある。
加え、敵がいれば倒すまでひたすら攻撃を繰り返し、その巨体から人間の足ではまず逃げることもできない……歩く爆弾などと言うのも生ぬるい、恐ろしい『闇の王』の兵器だ。
俺は結界を解除。溜めの時間は『前回』の知識だと十数秒といったところだが、リリーやクレアにとって十分過ぎる時間のはずだ。
「ふっ――!」
先んじてリリーが仕掛ける。刀身にまとわせた力は、風。風の刃により相手を切り裂くのか、と思ったのだが少し違う。
それはどうやら、風を飛ばすというより剣に風を収束させリーチを伸ばすという使い方をしていた。剣を中心にして渦を巻きながら、触れるもの全てを切り刻む刃だ。
結界などを行使しているわけでもない目の前の眷属は、リリーの刃をその身に受けて大きく体に傷をつける。だが、
「効いているみたいだが……決定打にはならないか」
眷属はまだまだ平気な様子。ここで魔物は魔力を膨らませた。感覚的に言うと風船を一気に膨らませるようなもの。魔力がいきなり膨張を始め、俺達へ魔力を浴びせようとする。
ならば、と俺は結界を行使しようと動く……が、その前にクレアがリリーよりも前に出た。溜めの動作は終わっていないので攻撃はまだこない。その間に彼女は何をするのか。
眷属に肉薄した瞬間、剣に集めていた魔力を突如拡散させた。それは暴風が吹き荒れるような感覚を伴うもので、クレアの周囲には弾けた魔力が生じる。
それは眷属の真似か……魔力はガラス片のような細かい刃と化し、眷属へと突き刺さる。見た目とは裏腹に威力はあったのか、眷属は攻撃により動きを止め、溜めの動作も一歩遅くなった。
無論、これがクレアの本命ではない――その剣には再び収束した魔力が、
「これなら――どうかしら!」
剣を掲げる。次いで一瞬の内にそれを、振り下ろした。
その時、彼女の握る剣に明確な変化が生じる。それまで荒々しくまとっていた魔力が突如、消えた。
そして彼女が縦に薙いだ瞬間、まるで巨大な剣が叩きつけられたように――眷属の体へ、綺麗な直線を描く斬撃が刻み込まれた。
途端、魔物は咆哮を上げる。効いている……そう感じさせるには十分過ぎる反応だった。
一体、今のは……と観客がいたなら思うところだろう。けれど俺もリリーも理解できていた。ただ説明するのは難しい……本人いわく「相手に魔力を叩きつけることで、私が相手に斬撃を加えたように再現する」とのこと。
なんだか彼女も微妙な説明なのだが、確実に言えるのは彼女が剣を振ればその目標となる敵へ斬撃を叩き込むことができる……理不尽ではあるがこの能力はかなり強力で、いかなる敵にも……目前にいる巨大な敵に対しても剣戟が通用する。
この技法自体、もはや技という領域を超えていると思うのだが……魔装を使ったものとはいえ、まるで魔法のようにさえ見えてしまう。これこそ彼女の真骨頂と言えるか。
クレアの剣をその身に受けた眷属は、吠えながら反撃しようと手を伸ばそうとする。つかんで潰そうという魂胆なのかもしれないが、クレアはその動作を見極めかわした。
ならばと眷属は魔力を噴出。しかしそこへ俺の結界が発動。再び爆発したが、周囲に影響はない。
これなら無傷で倒せるかも……思いながら再び結界を解除すると、今度はクレアが先行した。
「なら、一気に決めましょうか!」
先ほど以上の魔力が秘められた剣。同時、彼女は足に魔力を収束させ――跳んだ。
それは巨大の眷属を悠々と越えるほどの距離をたたき出す。なおかつ空中に魔力の足場でも作ったのか、空中でもさらに跳ぶ。
そして、文字通り大上段からの振り下ろし――眷属は爆発攻撃の余韻によりまだ動いていない。そこへ、彼女の刃が頭部へと叩きつけられた。