いてはならない存在
魔物を目に留めた瞬間、俺達は絶句した。次いで即座に俺はリリーとクレアを茂みへ誘導し、物陰に隠れる。
そして改めて魔物を観察……そうした中でクレアがいち早く声を上げた。
「何……あれ?」
そう呟くのも無理はない。その見た目は魔物の中でも異質であった。
普通、魔物というのは動物を象ったりするなど、何かしらモチーフが存在する。それもそのはずで魔物は動物の死骸などを始め、生物に存在する魔力が死後活性化して生まれるケースも多い。そのため森や山に存在する魔物というのは動物を模した物が多い。ただ、大きさについては千差万別で、森の入口で見たように魔物同士で争い、食い続けることができればそれだけ大きくなることができる。もっとも成長の方向性としては魔力が増えれば増えるほど力が増すとか知性が増すとか、何が成長するかは個体によって違う。なので、一概に小さいから弱いというわけでもない。
無論例外もある。例えばイルバドが使役していた魔物などについては完全に作られた存在であり、見た目も使役者に依存する。格好いいとかおどろおどろしい見た目にするとか、センスが問われる分野である。まあ、デザイン性が必要なのかどうかは疑問もあるけど。
そうした中で目の前にいる魔物である。まずその大きさは森の木々を越えている。巨大な魔物であり、人間のように二本の手足を持ち、ズシンズシンと巨体を響かせて山の中を我が物顔で歩いている。
ただ、人間で言うところの頭部の部分があまりに異質だった。一応頭部らしき場所はある。ただ首などはなく、首から上が盛り上がっているという、人形を作り損ねたような形をしていた。
加え、その体の色は茶色と緑を混ぜ合わせたような……森に溶け込むためにあんな色になったのかもしれないが、それにしてもずいぶんと毒々しい、気味悪い色だ。この辺りの森は緑が生い茂るような地帯だが、そういう場所ではなく深く太陽の日差しが差し込まないような樹海に似合いそうな存在……それが、目前に発見した魔物だった。
そして、俺とリリーなのだが……見た目の気色悪さに絶句したわけではない。
「……どうして」
俺は、掠れた声を発した。
「どうして……あの魔物がここにいるんだ」
「え?」
クレアは眉をひそめる。
「見覚えがあるの?」
「……本来、いてはならない存在だと思う。いや、思っていた、かな」
リリーが応じる。けれど意を解することができないのか、クレアは首を傾げるばかり。
そう思うのも無理はない。まず、あの魔物を俺達は確かに見たことがある。けれど、それは今みたいに森に入り込んだためとか、どこかの遺跡にいたとか、そういうことではない。
あの魔物は……『闇の王』の出現と共に姿を現した、眷属とまったく同じ姿をしていた。あの魔物が暴威を振るい、町や村を数え切れないほど壊滅させたのだ。
そしてリリーの発言……そう、間近であの魔物を見るまでは、いてはならない存在だと思っていた。しかし、
「……今ここにこうして存在しているということは、あの魔物は――」
「そうだね」
俺の指摘にリリーは皆まで言わせることなく同意する。
リリーも理解していた。つまりあの魔物は『闇の王』と共に自然発生したわけではない。元から存在していた。
ただ、確実に『闇の王』と関係はあったはず。というのもあの魔物は闇の魔力を取り込んでいた。だからこそ眷属と呼ばれるようになった。少なくとも闇の世界から引き寄せられた力によって構成されていることは、断定できる。
よって、結論としては……あの姿形から考えても、作られた存在であるということだ。
「つまり、元々あの魔物はルーガ山脈に存在していた……」
「そういうことだね」
「ねえ二人とも、ちょっとくらい事情を説明してくれてもよくない?」
俺達の会話にクレアが割って入る。そこで俺は、
「ごめん……その、俺達は追っている人間がいるんだけど、あの魔物がその人物の情報を握っているかもしれない」
「あの魔物が?」
「魔物そのものというより、あの魔物を作った存在が、情報を持っていると言えばいいのか」
「魔物を……その様子だと、作られた存在だと確信を持っているようね」
クレアは事情をおおよそ理解したためか、幾度か頷いた。
「なるほど、状況はわかったけど……どうするの? あの魔物、どう考えてもヤバいわよ」
「そうだな……リリー、どうする?」
個人的には聞くまでもない問い掛けだとは思う。けれど確認しておきたかった。
それに対する彼女の返答は、ひどく明瞭だった。
「倒す」
一言。それで俺も踏ん切りがついた。
「わかった……あの魔物は、絶対にこの場で倒しておかないとまずいやつだ」
「三人で戦う気なの?」
「ああ……といっても、かなり危険な戦いだ」
俺はクレアへ視線を投げる……記憶を戻したいという気持ちもあるが、優先順位は明らかに魔物が上だ。
「あれが相手である以上、無理に付き合わせるわけにもいかない……だから、ここで下りてもらっても構わない。報酬については……支払いは難しいけど、手持ちである分は用意するよ。ここまで来てもらってすまない」
クレアは黙り込む。俺とリリーはやる気になっているので止めるつもりはないようだけど、自分はどうすべきか……。
彼女はヤバいと語ったが、その予感は間違いなく的中している。眷属の力は恐ろしく、その攻撃能力は俺やリリーでも全力で防御しないとまずいくらいだ。記憶が戻ったクレアならば対応はできるかもしれないが、まだ経験なども思い出していない彼女については……五体満足で戦い終える保証はない。
「……あの魔物について、特性とかはわかっているの?」
「多少は。圧倒的な暴力と、魔力を噴出して周囲のあらゆるものを壊す……破壊の化身だ」
「そんな相手に私の剣は通用するかしら?」
「どうだろうな……防御力はそれほど高くない……と思う。けど、きちんと傷を負わせることができると確約はできないぞ。そっちの実力の底だって見ていないし」
こちらの指摘にクレアは「それもそうね」と応じた。
さて、どうするのか……魔物は俺達のことに気付いていないのか悠長に森の中を進んでいる。あのペースならば少し離れてもすぐに追っかけることができるし、こちらの魔力を察知して襲い掛かってくるだろうから、戦闘そのものはできる。
ただ、三人で戦うとなったらどういう戦術で応じるべきか……基本、接近戦は魔力を噴出して周囲を爆発させる魔物なのでまあ無理。実際『前回』の戦闘では遠距離魔法によりどうにか破壊した。
クレアは『闇の王』と戦った時、遠距離技も行使できたのだが、今それが扱えるのかは不明。俺とリリーはどうにかなるけど、最悪クレアは攻撃面で出番無しという可能性もあるが――
「……うん、そうね」
少しして、クレアは俺達へ語る。
「両者がやる気のようだし、付き合うわ。ま、あんな無茶苦茶な相手だし、どこまで戦えるかはわからないけど」
「ありがとう……けど、無理そうだったら遠慮無く言ってくれ」
「命を犠牲になんて、それだけは絶対やめてよね」
リリーから注文が入る。クレアは「当然」と答え、
「それで、どう戦うつもり?」
「いくらか手は考えついた。森でなおかつ川だから足場も悪いけど、それを踏まえて戦術を組み立てる」
俺は『闇の王』と戦った時の経験を頭の中でひっくり返す……さあ、眷属を倒すとしよう――