記憶を戻す条件
「うん、依頼内容としては私の興味をそそるものだったし、いいわよ」
あっさりと快諾。よって俺は、
「なら、報酬などの支払いに対して取り決めをしておこうか――」
ここから俺は依頼料等に関わる交渉に入る。ただクレアとしては仕事の内容で判断しているらしく、金額などについては驚くほどあっさりと決定した。
「それじゃあ、明日から行動を開始するから……迎えに来るよ。朝方でいいか?」
「そうね。あ、でもあまり朝は強くないから日の出直後とかは嫌だなあ」
「一度ギルドに顔を出してからだから、そんなに早くはないさ……それじゃ、頼む」
俺は宿を出る。そしてリリーといた店に戻ると、彼女は同じ席にいた。テーブルの上に乗っているのはコーヒーかな?
「終わったの?」
「ああ。結果としては――」
記憶を戻すことができなかったことを報告。それに対しリリーは、
「失敗か……レイト、何か思うところはある?」
「ここに戻ってくる道中で色々と考察をしてみたんだけど……推測でいいか?」
「うん、いいよ」
「なら、説明すると……まずクレアの中にリリーや『森の王』オディルから感じた気配はあった。だからそれに触れることができれば記憶を戻すことはできると思う」
「けど、今回それはできなかった。壁に阻まれたように」
「現状では条件を満たしていないってことだと思う」
「条件、というのは?」
「仮説の域を出ていないけど……リリーやオディルは成功してクレアは失敗した。可能性として考えられるのは、信頼性かな」
――例えばリリーの場合は初対面で俺に対してずいぶんと好意的な印象を抱いていた。それは俺が魔物を倒し人助けするような人間であり、また同時に俺が持っている力に興味があったから……つまり俺に対しネガティブなイメージを持っていなかったため、記憶を戻すことができた。
ではオディルの場合はどうか。こちらは仕事をこなし森を救ったという大きな功績がある。加え、魔物について協力姿勢を見せていたことで、俺達を信用し記憶を戻すことに成功したのではないか。
他にもリリーのギルドに所属している功績などを調べたのかもしれない。後ろ暗いことをやっていないリリーであれば大丈夫だとオディルは思ったのかもしれない……こう考えると筋は通る。
「つまり、これまでのケースは俺やリリーに対し好意的な印象を抱き、なおかつ一定の信頼を得ていたから成功した。けれど、今回のクレアにそれはなかった」
「仕事を依頼したってだけで、信頼関係は築いていないからね」
リリーは納得したように声を上げた。
「私達とクレアとの間には決闘したという事実しかない以上、彼女が心を開いていないというのは間違いないかな」
「表面上は仕事仲間ということで角が立たないようにするとは思うけど、内心では多少なりとも警戒する……女性の一人旅だし、用心するというのは仕方のない話だろ。むしろリリーが変なのでは?」
「そうかもね」
同意するのか……。
「ともかく、クレアの記憶を取り戻す場合は信頼を得る必要がある……俺とリリーが話し合って候補に挙がった人物だ。しかも現在においてもその腕前は一級品。絶対に仲間にしたいな」
「大きな戦力になるのと、何より『闇の王』との戦闘経験があるからね」
うん、それも大きい。例え熟練した技量を持つ人物であっても、『闇の王』などという規格外の存在と戦うには辛いものがある。しかし経験のあるクレアならば、非常に大きな助けになる。
「方針変更だけど、これを逃す手はないからやるぞ」
「私も賛成だしそれでいいよ……それとレイト、ルーガ山脈についてだけど」
「ん、何か知っているのか?」
「私もレイトが保有している知識と同じようなものだから……けど、ギルド内で妙な噂を聞いたの」
「……噂?」
不穏なものを感じつつ言葉を待っていると、
「最近、やけに強い魔物が出現していると」
「魔物が……ここ最近の魔物発生に付随した事象ってことか?」
「因果関係があるのかについては不明だけど、ルーガ山脈にいるとされる『獣の王』と関連づけて語っている人もいたかな」
……そんな風に言われると『獣の王』自体が都市伝説の類いみたいに思ってしまうが、
「でも、実際に強い魔物と遭遇した人もいるみたい。ルーガ山脈周辺に住んでいる人については、警戒するよう言い渡されているみたいだし」
――ちなみに、そんな場所に住む人達はどう暮らしているのかついてだが、人や多種族が寄りつかない性質もあってか、かなり珍しい植物や鉱物などが存在する。特に薬草の中には非常に効果が高い物もルーガ山脈周辺に自生しており、そういうものを採取して生計を立てている。
しかもこれが結構良い値で売れるのだ。だからこそ山脈周辺で暮らしているとも言える。
「……要注意ってことか。だからこそ黒札の仕事なんだろうけど」
「調査依頼としか書かれていなかったよね」
「ルーガ山脈の現状を調査したいってことだろ。国が入るにしても、どういう状況なのかをある程度知りたいってことだな」
あくまで調査なので、別に無理はしなくてもいい。どういう魔物がいるのかなど、噂の真相を少しくらい調べてみてもいいかもしれないな。
とにかくクレアとの信頼関係を得ることが最優先なので、それを成功するために立ち回る必要がある。この辺りの案配は難しいかもしれないが、ま、なるようにしかならないか。
「明日、町を離れてクレアと共に仕事に向かう、ってことでいいな?」
「いいよ……と、レイト。こういう機会だし一つ聞かせて? 魔物の出現については、どう思ってる?」
「うーん、そうだな……そもそも俺がこの世界に来た時点で魔物をよく見るようになっているし、これがむしろ当然なのでは? と思うくらいなんだよな。確か俺と出会う少し前から、出現し始めたんだっけ?」
「うん、数が多くなったし、手強くもなった」
……例えば誰かの仕業だとして、魔法などを使って魔物を増やしたとしても、実際に影響が出るまでには時間が掛かるだろう。少なくとも数ヶ月から半年くらいはタイムラグがあるか?
「魔物の出現が『闇の王』と関係しているなんてのはあくまで噂の範囲でしかないから、俺としても断定的なことは言えないが……なんというか、疑ってしまうのは無理もないかな……『闇の王』の眷属だって現われたからな」
俺はふと『前回』の戦いを思い返す……眷属というのは『闇の王』に付随して出現した魔物のことだ。他の魔物と区別するために眷属という呼称が生まれた。理由は明白で、どれも恐ろしい強さを持っていたためだ。
その蹂躙具合は『闇の王』による侵攻と同程度にまで発展したケースもあり、俺達は眷属との死闘も余儀なくされた。最終作戦へ至るまでに多数の犠牲を伴ったのだが、眷属による被害の影響も大きかった。もしそういう存在がいなければ、最後の作戦だってもっと良いものにできたかもしれない。
「クレアも確か眷属と戦ったことがあるはずだ……記憶を戻すことができたのなら、その辺りの情報が聞けるかもしれないな」
「あ、そうだね」
「ちなみにクレアは最終決戦の際、どうしていたんだ?」
「私の後方で戦っていたけど」
リリーがどうなったかくらいは知っていそうだな。もし機会があったら聞いてみよう。
今後の方針も決定したので、俺達は休むことにする。唐突な出会いから思わぬ展開だが、大きなチャンスでもある。失敗しないよう、頑張ろうと心の中で誓った。