目指すべき道
「何はともあれ、最優先に対処すべきなのは『闇の王』の復活を止めるための活動と、もし出現しても対応できるだけの能力を得ること」
そうオディルへ向け語ったのは、リリーだった。
「情報の出所が気になるのはわかるけど、敵は一手二手先に進んでいると考えていい。既に『闇の王』の情報は出回り、各所でうごめいている……よって私達は『闇の王』顕現阻止と、最悪の事態に備えることが急務になる」
「……仰る通りですね」
彼女の指摘にオディルは頷いた。
「物流の流れなどでこれから先、誰かが『闇の王』を用い力を得ようとする輩を捕捉することは可能ですが、現時点で準備を済ませてしまった存在を発見することはできません。そうした相手を探したり、備える必要性はありますね」
「ならその役目を私とレイトが担うわ」
リリーは宣言する。そこでオディルは、
「今後も手を組む、というわけですか」
「私達は『闇の王』に対し因縁がある。戦う気はあるし、退くつもりもない……だからあなたが協力がいらないと言っても私達は戦うけど」
「いえ、あなた方の戦力は大変心強いですし、もし『闇の王』が暴走しても、応戦できるのはあなた方だけでしょう……私達が全面的に協力した方が、望ましい結果を得られると思います」
ひとまず手を組むことは確定……と、そこでオディルはさらに問い掛ける。
「一つ質問なのですが、世界を滅亡させるほどの力を持った存在……その顕現はいつからですか?」
「私達が観測したのは今からおよそ三年……いえ、正確には二年と半年くらいかな。半年間戦い続けた結果、結局押し留めることはできなかったけれど」
よくよく考えると、あれだけの存在に対しよくもまあ半年戦い続けられたなあ。
「今回私達はイルバドを倒した……しかも『森の王』が敗れるという展開を変えることができたため、今後私達の辿った歴史とは大きく異なるはず」
「今回の出来事によって、世界を滅ぼす存在の出現が早まるか遅くなるかは、現時点で不明というわけですね」
「そうね……出現した経緯がわかればいいのだけれど」
厳しいだろうな、そこは。ただオディルとしては一考の余地があるようで、
「イルバドに情報提供した存在についてですが、間違いなく『闇の王』について実験をしているのでしょう。力をどう引き寄せればいいのか……その辺りを観察しているはずです。となれば今回イルバドは……公的には実験に失敗したことになっている。世界を滅亡させる力を取り込むための検証材料としては失敗……遅らせていると私は感じますが」
「そうかもしれませんね」
同意しながらも、内心思考する……『前回』の悲劇はイルバドを始めとした実験の集大成という位置づけだとしたらオディルの考えは正しい。ここで一番問題になるのは、
「敵が俺達のような存在を知れば、警戒して検証が不完全でも能力を行使する可能性がありませんか?」
「否定はできませんね。であれば、私達の存在が気取られないようするのが重要でしょう」
首謀者の関係者と戦うのならば気付かれないようにすること。そして、
「もし予定が早まっても対応できるよう、急いで戦える準備を進める……こちらについては……」
「当てはあるのですか? 世界を滅ぼすほどの存在……それに対抗しうる手段の構築というのは非常に厳しそうですが」
世界を破壊する相手に人間がどれだけ対抗できるのかと疑問を感じるのは至極当然だ。それに対する回答としては、
「できる限りやるしかないでしょうね。とはいえ、決して無策というわけではない」
どこか自信を含ませてリリーは語った。
「私達は『闇の王』について色々と知っている……それを基にして今から年単位で準備を始めれば、可能性は十分ある」
「困難な道でしょうが……光明はあるというわけですか」
オディルはどこか感心するような声音を発し、
「わかりました。こちらも『闇の王』対策は施しますが、あなた方の旅路を支援しましょう。またこちらは首謀者に関することなど、情報の収集もやり続けます。もし何か異常があれば、私に連絡……常時連絡できる態勢を整えるべきですね」
「そこはレイトに任せていい?」
「ああ、そうだな。ではオディルさん、連絡手段についてはこちらに」
「はい。それでは――」
話が進んでいく。戦いは次のフェイズへ差し掛かるわけだが……決して不安はない。『森の王』の協力を得られたこともあって、『前回』とは異なる希望を胸に抱くこととなった。
報告を済ませ、俺達はエルフの町を脱する。さて、次の目的地だが――
「『闇の王』に対抗するための手段……それには何もかもが足りない。例えば武器、仲間、技量……現状ではありとあらゆるものが」
武器――現在リリーは『虹の宝剣』を所持しているが、『闇の王』と対抗するには厳しい。これの上をいく『聖皇剣』でどうにか対応できたレベルなのだ。武器の強化は至上命題と言っていい。
そして現状『聖皇剣』を使うのは難しい。皇帝が継承する剣なので、あれを握るということはすなわちリリーが皇帝になる……彼女の兄が存命である以上は継承権が回ってくるはずもないし、そもそも本人は嫌がるだろう。
「武器については、レイトの頭の中には『聖皇剣』が候補に挙がっているでしょ?」
ふいにリリーが尋ねてくる。俺がそれに頷くと、
「まずその既成概念から打破すべきだと思うのよ」
「……つまり『聖皇剣』の上をいく武器を探すってことか」
「困難だけど、そのくらいはしないと世界を覆うほどの闇には対抗できないと思うよ」
確かにそうだな……俺は黙ったままもう一度頷く。
また、リリーだけじゃなく俺の方も強化できるならやりたいところ。『前回』の最終決戦でも俺は結局自分の魔法だけで戦っていた。逆に言えば強化できる以上、ここは大きな伸びしろというわけだ。
次に仲間――さすがにリリーと俺だけではキツイ。今回はイルバドが単独で動いていたし、なおかつ手駒も難なく倒せるレベルだった。けれどもっと数が多かったりしたら。あるいはイルバド級かそれ以上の使い手が複数現われたら……さすがに十人集めるとかだと動きにくくなるから微妙だけど、多少なりとも仲間を増やしたいところ。
ただこれは明確な候補があるし、リリーも頭に浮かんでいるはず。それは『前回』共に戦った面々……あの絶望的な戦いの中で覚醒した者もいる。その情報を知っているので、今からでも会いに行って記憶を戻せば協力を約束してくれるはずだ。
あとは技量――ここはひたすら鍛錬しかない。世界を覆う『闇の王』顕現は今から二年以上後になるわけだが、鍛錬という観点からすれば果たして間に合うのか……いや、間に合わせなければならない。
当面の目標は以前のパフォーマンスを取り戻すことか。リリーもそうだし、俺もあの最終決戦時と比べれば幾分衰えている。そうした勘を取り戻すのが先決だな。
他にも考えるべき事柄は多いが……オディルと手を組んでいるし、もし情報が入れば速やかに来る。そうなった場合は都度対応すればいいだろう。
「よおし、やることも決まったし気合いを入れていくよ!」
リリーの号令。俺は「ああ」と返事をしながら、街道を歩む。
――気付けば『闇の王』に挑むための旅。ただ前のような絶望感はないように思う。それはきっと、リリーやまだ再会できていない仲間達……そういう面々の存在がきっと大丈夫だと後押ししてくれるからだろうか。
目的は変わっていないが、純粋に強くなるための旅というのは、なんだか楽しみでもある。俺もリリーの考えに当てられたかあと思いながらも、彼女と共に歩む。
そうして俺とリリーの新たな旅が始まった。その行方の先は――決して、『前回』のようにはしないと胸に誓いながら。




