闇夜の巨人
俺達は闇を避けて屋敷を脱し、状況を確認する。イルバドがいた二階の部屋からは闇が生まれ、次第にそれが形を成し始めた。
「巨人、だな」
「そうね」
リリーも同意。屋敷が闇によってどんどんと崩壊していく中、見上げるほど大きな巨人が姿を現す。
「どう考えてもイルバドが自らの意思でやったとは思えないな……彼に技術を提供した存在が仕込んだものなのか」
「イルバドが目指していた最強を考慮すると、ああした姿になってもおかしくないけど……滅ぶ寸前になって、というのがなんだか奇妙ね。レイトの言う通り、仕込みかしら」
直後、巨人が咆哮を上げた。闇夜を切り裂くその声は、全身を響かせる。
とはいえ闇が破裂する寸前、屋敷周辺に結界を施したので声が外部に漏れることはない。なおかつ結界の外側に対し視覚も誤魔化しているため、屋敷周辺は無人のように映っており、人が来ることはないはずだ。
「リリー、これが……暴走させることが提供者の目論見だとしたら……」
「あり得ない話じゃないね。で、その暴走の結果、『前回』のような結末に至った……うん、筋書きとしては十分あると思う。でも、あれをイルバドが成したかどうかと言われると、首を傾げるけど」
「そうだな……」
イルバドが『前回』どうなったのかがわからないため、検証も難しいが……ともあれイルバドに技術を与えた存在。そいつは彼以外にも技術を提供している可能性がある。つまりその存在をどうにかしない限り、根本的な解決には至らないかもしれない。
「不明な点は多いけど情報は得た。ひとまず考えるのは後回しにして、イルバドを倒さないと」
巨人が俺達へ顔を向ける。瞳の色は赤色なのだが、その視線が俺達を射抜き、怒りをみなぎらせているよう。その視線が射抜いているのは、俺か先ほどまで戦っていたリリーなのか。
しかし、これだけの大きさだと――
「リリー、俺がやる。下がっていてくれ」
「レイトが?」
「リリーの能力だとあれだけの質量を打ち崩すのは大変だろ。俺の魔法なら一瞬で終わらせられる……そっちは自分を守ることに集中してくれ」
「わかった」
指示に従い一歩退くリリー。直後巨人が、俺達に向かってダイブする――!!
次いで拳を振り上げる。俺達へ放つ渾身の一撃みたいだが、それに対する策は――杖を掲げる。その先端に、壁となる魔法陣を構成した。
対抗手段としてはそれだけ。直後、拳が直撃する。ズグン――と、軋んだ音を上げたのだが、魔法陣は砕けることもなく、俺やリリーが衝撃で身じろぎするようなことすらなかった。
「エルフの精鋭部隊でも防ぐことは難しそうな一撃だが、俺なら防げる……では、反撃といこう」
さらなる攻撃が飛んでくる前に俺は杖をかざし、魔法陣が発光。そこから槍ほどの長さを持った光がいくつも飛び出し、巨人へ襲い掛かる。
狙いは頭部――光が突き刺さり視界を白く染め上げた。さらに巨人の雄叫びが上がり、地上へ降りた勢いそのままに追撃を仕掛けようとした相手の動きを完全に止める。
加えのけぞったが……倒れ込むような事態にはならず。光の放出が終わると無傷の巨人が現われた。
「かなり硬いな……けどまあ、想定していたほどじゃないか」
巨人はなおも拳を振り下ろす。杖先の魔法陣は維持しているため相手は延々と結界を攻撃し続けているわけだが……破壊には至らない。
敵の拳は魔力を帯びているので、下手な魔力結界ならば一撃で粉砕してもおかしくないが、俺のは損傷もない。これは『闇の王』との戦いで身につけた絶対的防御能力を有する結界。取り込まれれば死が確定する相手に、水も漏らさぬ完全無欠の結界を手に入れる必要があったのだ。
想像だけでいかなる魔法も使える俺だが、練度などを上げないといくら想像してもどこかに問題が生じるというのは『前回』の戦いで良くわかっていた。自身の想像力と、リリーと旅をしたことによる戦歴……その二つが今の技術を形作り、巨人を打倒できるだけの能力を持つことができているのだ。
その時、巨人は攻撃が無意味と悟ったか拳を引くと一度距離を置いた。巨体であるにも関わらず俊敏で、俺達人間が走ってもすぐに追いつかれるであろう速度。もしかするとあれだけの巨体ながら、イルバドの技術は残っているのかもしれない。
下手に外へ出したら間違いなく大混乱に陥る。犠牲者だって相当出るだろう……ここで絶対に決着をつける。
杖に込める魔力を上げる。キィィィィィ、と甲高い音が響き、先端に白くまばゆい光が収束する。
巨人はそれに反応。即座に攻撃へと転じ、今度はこちらへ飛び込むように突っ込んでくる。魔法陣は相変わらず維持しているが――激突。
刹那、鈍く重い音が闇夜に響く。巨人の突撃により魔法陣は――健在。ただ軋むような音を上げた。よって俺は念のため魔力を魔法陣に注いで補強を開始。拳を防ぐことには成功したが、巨人が退く様子はない。
敵の拳にさらに魔力が集まってくる――気付けばリリーとイルバドがしてみせたように、拳と魔法陣で鍔迫り合いの様相を呈した。
しかし今回は単純な力押しでは解決できない。そこで俺は左手に新たな魔法を収束させる。
――外側の結界や杖の魔法陣は都度魔力を補うため、独立している。よって現在出力最大で魔法を二つ同時に扱えているが、俺でもこれが限界。十分過ぎるかもしれないが、もしかすると今後『闇の王』と戦っていく上で、この辺りも改良する必要性があるかもしれないな。
左手に魔力を集めると同時、手を伸ばし魔法陣にそっと、触れる。直後、魔法陣のから風が射出され、それが巨人へ直撃する。
それは荒れ狂う暴風。風の刃として相手を切り刻むことだってできるのだが、そういう効果は与えず純粋に相手を吹き飛ばすだけの効果。これは次の魔法を素早く出すために余計な仕掛けを使わなかったためだ。
巨人の体が浮く。魔法陣に拳を突き立て前のめりになっていたわけだが、姿勢を崩し足を地面から離れさせて――吹き飛ばす。とはいえ屋敷がある場所までというのは難しく、その手前までか。倒れ込むような真似をすることなく、すぐに体勢を立て直しこちらへ飛び込んでこようとするのがわかった。
けれど、魔法で吹き飛ばされた時点で全てが遅い――左手をタクトを振るうかのように動かすと、新たな魔法が発動する。
変化が生じたのは、巨人の立つ地面。黄金色に発光した矢先、地面から現われたのは鎖。白色かつ、冷気を帯びた鎖だった。
それが一挙に巨人の体へと巻き付く。四肢を拘束し、突撃しようとした巨人の体を縫い止める。それに対し巨人はすぐに魔力を発揮し、鎖を引きちぎろうとした。
魔力を体面にまとわせている巨人の動きを完全に拘束できるかどうかは怪しいが、そもそも動きを長時間止めることは想定していない。杖に収束させた本命の魔法――それを発動させるだけの時間を稼げればそれでいい。
鎖により動きを完全に止められた巨人が吠える。そこで俺は杖を掲げると、先端に収束していた魔力が白い光となって離れた。
握り拳ほどの大きさを持つ光の球は、拘束されている巨人の頭上数メートルのところに到達すると、止まった。俺は魔法陣を解除し、遠隔でありったけの魔力を魔法に注ぎ込む。
その時、鎖を壊そうとしている巨人の動きが一瞬止まった。頭上にある魔力――その存在の大きさに、恐怖するような所作だった。