磨き上げた技術
先んじて動いたのはイルバド。足を踏み出した瞬間、姿をかき消えたように感じるほどの速度で、リリーへと接近する。
これこそ『闇の王』から授かった力――オディルを破った力ということか。瞬きをする程度のわずかな時間。気付けばイルバドはリリーの真正面に立っていた。
次いで振り下ろされる剣戟。普通の戦士なら――いや、森の戦いで集った異名持ちの戦士でさえ、何の抵抗もできず倒されるであろう神速。
だが、リリーはそれに応じイルバドの剣を――受け止める。刃の芯を捉え、イルバドの剣は見事なまでに停止した。
「――ほう」
感嘆の声が相手から漏れる。
「今のを防ぐか。しかもこれを耐える……まだまだ実力の底は見せていない、ということか?」
声を上げた矢先、双方の剣が金属音を立てて離れた。距離を置いた両者だが、イルバドの次の一手は何か。
と、そこで彼は普通の速度で前に出た。といっても洗練された動きは剣豪と言えるもので、十分脅威。さっきの速度で攻め入るのはリリーの反応から意味がない感じたか。神速を出すのに扱う魔力を、別の場所で用いる気なのだろう。
イルバドは多大な魔力をさらに発する。速さではなく力で押し潰すような魂胆らしい。刀身に力を集中させているため、俺が隙を突いて攻撃するというのも手だが――いや、一瞬イルバドがこちらを見たのを見逃さなかった。きちんと警戒している。
さらに言えば、まだ部屋には伏兵と思しき黒騎士の魔力を感じられる。割って入るような形で攻撃したら妨害するつもりだろう。もし襲来しても応戦できるが、まだ何か手があるかもしれない以上、俺はそれに備え待つことにする。
両者の剣が再び交錯。速度を乗せた剣ではなく、純粋な魔力勝負。この場合は収束させた魔力量が本来は物を言うが、そこに技術や魔装の特性が乗っかることで勝敗が大きく変わる。
とはいえ、技量において歴戦の猛者であるイルバドに、リリーが勝てるかどうか怪しい……本来は。きっと『前回』森で戦う前にリリーが剣を合わせていたら、十中八九勝てなかっただろう。まして今回は『闇の王』による強化まである。王の中で最強を求めるイルバドの戦闘能力は、現世界の人間において最強に近いかもしれない。
だが、そうとわかっていても俺はリリーの援護はしなかった。理由は明白。勝てるとわかっていたためだ。
両者には大きく違う点がある。双方とも力を得るために鍛練を重ねた。片や最強の王となるために。だが、リリーはそれとは異なる――王を討つために強くなった。
鍔迫り合いは魔力の激突により派手さを増す。漏れ出た魔力が弾け、周囲に乱気流を生み出す。屋敷内を破壊するほどのものではないが、魔力がぶつかり合うことで周囲に散乱したガレキが転がるくらいには風が舞う。
「すげえな、まさか俺と対等にここまで戦える人間がいたとは」
そしてまたもイルバドから感嘆の声が出た。
「どうやってその力を手に入れたか興味はあるが……ま、ここで俺に倒される以上、手法を知っても意味はないか」
「――あなたと私は、たった一つ大きな違いがある」
剣を合わせながら決然と言い放つリリー。それにイルバドは眉をひそめ、
「違い? 強さに違いがあると?」
「そうね。あなたの目指すものと、私が目指すものは決定的に違う」
「目標地点が違うと。なんだ、お前は人間を守るために強くなったとか、そういうくだらない言葉でものたまうのか?」
「守るために強くなる……確かに一部正解ではあるわね。けど――」
魔力が弾ける。リリーが切り払いイルバドの剣を弾き返した。
「第一の理由はそこじゃない」
リリーが前に出る。イルバドが切り返すより早く、彼へ斬撃を放った。
当然イルバドは防御に回る。彼の能力ならば即座に反撃してもおかしくなかったが、リリーはさらに刺突を放った。それをイルバドは剣で受け流す。
ならば反撃――とイルバドは思ったかもしれないが、次の太刀が迫りやむなく防御を余儀なくされる。では次こそ――と思いきやさらなる斬撃が飛んでくる。それをどうにか叩き落としたイルバドだが、次に迫る剣戟を受けなければならなかった。
気付けばリリーの剣がイルバドへ迫り、攻勢を掛けていた。両者の剣は最初に彼が間合いを詰めたような速度によるもので、身体強化により能力を向上させていなければ、知覚さえできない高速剣の応酬だった。
その中で攻撃しているのはリリーだけ。イルバドは彼女の剣を叩き落とすのが精一杯であり、攻守が交代する様子はまったく現われない。
剣同士が響く金属音が周囲を満たす。ガガガガ、とこの場から逃げ出したくなる轟音は、俺の全身を響かせる。
「何故、だ……!」
そうした中で俺はしかとイルバドの声を耳にした。何故ここまで抑え込まれるのか。そういう意図を発したものだとわかる。
――彼女の肉体は三年前に戻っている。確かに『前回』の記憶が蘇り技術などが戻っているにしても、全盛期とは程遠いはずだ。けれど、今彼女は圧倒している。
これは俺達が戦っていた存在が原因か……こうして人間相手に戦うことではっきりとわかる。俺とリリーは『闇の王』との戦いで――想像を絶するほどに技術を磨き上げ、強くなっていた。
イルバドはリリーの攻勢に圧され、どうすべきか瞳の中に迷いが生じる。直後、彼は渾身の一撃でリリーの剣を弾き飛ばした後、後退した。距離を置き仕切り直すつもりだ。
しかし彼女はそれを読み、まったく同じタイミングで前に出る。双方の間合いは変わらず、後退するために余力を使ってしまったことにより、イルバドに決定的な隙が生まれた。
ならばどうなるか――彼女の剣が、イルバドの体に入る。
「ぐ、う……!!」
くぐもった悲鳴。それでもなお後退しようと動き、リリーはなおも追撃の手を緩めない。
ここで片を付ける――さらにリリーの刃が入ろうとしたその瞬間、突如イルバドの魔力が、膨らんだ。
「――ガ、ア、アアアア!」
それは叫び声というより獣の咆哮だった。同時に何が起きたのかを理解する。イルバドは『闇の王』の力を取り込んだわけだが、その魔力全てを活用していたわけじゃない。おそらく力を手に入れてまだ日も浅いため、暴走しないよう力を調整して利用していたはずだ。
けれど、抑えつけていたイルバド自身が傷を負ってしまったため制御に狂いが生じてしまった。それにより、闇の魔力が彼の体を飲み込もうとしている。
途端、リリーの動きが鈍った。このまま倒すべきか、それとも一度距離を置くのか……そのわずかに生じた時間で、イルバドはリリーの間合いを脱することに成功した。
そして一番奥にある扉へ逃げ込む。下手すると屋敷の窓を割って外に飛び出るつもりなのかもしれないが、ここで俺は屋敷の床を杖でコン、と叩いた。
刹那、魔力が展開……それは一瞬で屋敷イルバドが逃げた部屋を覆うような形で結界を構築。屋敷全体ではなく一部屋程度なら、簡単には壊されない強度にすることはできる。
すぐさま追う……と行き込んだ矢先、俺とリリーを分断するように黒騎士が扉を突き破り二体、姿を現した。そこで俺は光の刃を杖の先端に生み――動きを見極め、突いた。
黒騎士が対応するより早く刃が頭部へ到達し、その鎧を貫く。これで一体倒れ伏し、もう一体が俺へと迫ろうとしたが――左手をかざす。
放ったのは光の剣。幾本もの剣が黒騎士の体へと突き刺さり……倒れ伏した。
これで黒騎士は全部倒したようだ。魔力も感じられない……オディルの情報では十数体という話だったが、どうやら彼が『前回』イルバドの所に到着した時よりも早く、数をあまり作れていなかったようだ。
「リリー」
「うん、わかってる」
呼び掛けに彼女は頷き、イルバドが待つ部屋へと歩む……そして入口から覗き見ると、退路を断たれ驚愕するイルバドの姿が見えた。




