最強という称号
「なら、その一端を証明してあげる」
リリーは人間の力を否定するイルバドに対し、そう宣言する。
「最強を目指して強くなったあなたを、完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ」
「いいだろう。それだけ吠えたんだ。すぐに死ぬなよ……せめて俺の力を試すくらい抵抗はしてみせろ!」
イルバドが叫んだ瞬間、先ほど黒騎士が出現した場所とは異なる部屋から、扉を破壊して黒騎士が出現する。
さらに後方からも黒騎士。数は両方とも三体……目に見える範囲では合計六体だが、魔力を探ると他にも個体がいることは認識できた。
「あなたは手を出さないの?」
挑発的なリリーの問う鋳掛けにイルバドはどこか嘲るように返答する。
「簡単な話だ。張り合いのない相手と戦う気はない……それこそ、こいつらに負けるような輩を相手にするなど、時間の無駄だ」
「あっそ。ならさっさと片付けるとしましょうか」
黒騎士が動く。俺とリリーは背中合わせとなり、敵と対峙する形。
先んじて動いたのは俺。杖の先端に魔力を収束。それと共に放たれたのは、白い光の槍。
それは杖から離れた瞬間、数十本に分離する。
黒騎士はそれを真正面から受けた。スガガガ、と鎧に直撃し重い音を上げる。動きを鈍らせることには成功したが、決定打にはならず黒騎士はなおも向かってくる。
とはいえ、目論見は成功――後方にいる黒騎士の足を止め一歩遅らせることにより、三体同時ではなく、一体ずつこちらへ近づくように仕向けることができた……三体同時に相手することも余裕で可能だが、まだ俺が魔法使いであることは隠しておきたいので、各個撃破で上手くやることにする。
続いて俺は杖の先端に光を収束。今度は刃が生まれ、槍を模したような形をとる。
「ほう、面白い」
イルバドの声が聞こえた。こちらの目論見がわかったようだ。
そして黒騎士一体目が近づく。握り締める剣は立てに振りかぶられ、俺の脳天へと叩き込むようだ……ならば、俺は息を大きく吸った。
途端、全身に力がみなぎる。いつもと呼吸のやり方を変えれば瞬時に身体強化魔法が発動できるように訓練をした。しかも外部に魔力を漏らさず、一見すると変化がない。
黒騎士の刃が迫る。しかし俺はそれを見極め避けると、剣が横を通り過ぎた。間違いなく切り返しの横薙ぎが来るけれど、それよりも先に俺は槍を突き込んだ。
狙いは頭部。強化魔法により槍の速度は恐ろしいほどに変貌。相手が反応する暇すらなく、光の刃が頭部に――触れた。
直後、光は何の抵抗もなく黒騎士の頭部を突き抜ける……それにより黒騎士の体がビクリと震えた。
頭部に魔力を集中させているのがわかったので、ここを砕けば動きを止めることも把握済み。俺の反撃によって黒騎士は、いとも容易く倒れ伏す。
能力的には森で戦った個体とそれほど変わらないはずだが……ま、相手が悪すぎた。
「よほど強力な武装を与えられたか」
イルバドが評す。とりあえず彼は俺やリリーが『森の王』から強力な武具を与えられたという認識でいるらしい。リリーの剣も変わっているので、そういう考えになるのは至極当然。こっちとしてはそう思ってくれればありがたいのでこちらは何も言わず杖をかざす。
一方、リリーは……魔法を使って背後を見れるようにしてみると、今まさに黒騎士と交戦しようとしていた。
彼女を狙う黒騎士は二体同時。廊下の幅から考えてギリギリ立ち回れるかどうかの状況だが、黒騎士は幅など考えず、壁すら砕きながら進撃してくる。
それにリリーは剣に魔力を高め、一閃。刃先から魔力が流れ、一瞬にして風に変化した。
黒騎士の動きを抑制する意味合いと、それを行いながらダメージを与えるわけだが……新たな武器を手にした刃の威力は、黒騎士の鎧を軋ませ、動きを止めるどころか体をズタズタにするほどの威力があった。
黒騎士は衝撃により後退。さらにリリーは追撃の風を放ち、その体を破壊していく。
むしろ黒騎士の向こう側にいるイルバドすら巻き込もうとする勢い……とはいえ肝心のイルバドはまだ動かない。
黒騎士二体の内、一体がとうとう耐えきれず膝をつく。そこで彼女は頭部へ向け斬撃を加え、滅する。
もう片方はどうにか攻撃を仕掛けたが、動きも鈍くリリーは避けるよりも剣を振った。敵の剣が届くよりも早く彼女の刃が黒騎士に触れ、吹き飛ばした。
剣が届くより先にリリーが決着をつける状況は、黒騎士に対し圧倒的な武力を有していることを意味する。俺も二体目を撃破し、視界に入る敵は残る一体ずつとなる。
もっとも、これで終わりではない――と考えた矢先、最後の一体が俺とリリーへそれぞれ向かってきた。
突撃により勢いを伴った攻撃。多少攻撃を食らっても傷を負わせるという意図がありありとわかる。
だが、俺もリリーも極めて冷静だった。こちらは杖を構えると相手の動きに合わせて突き込む。当然黒騎士は身をひねってかわすのだが――突如、杖の先端に宿る光が、伸びた。
それは鞭のようにしなると、黒騎士の頭部――こめかみ辺りに直撃する。刹那、光が兜を貫き、反対側に抜けた。強固であるはずの防御能力はまったく意味を成さず、黒騎士は崩れ落ちる。
そしてリリーは黒騎士が放った刃を真正面から受けた。なおかつ一気に魔力を活性化させ、まるでイルバドへアピールするように、闘気をみなぎらせる。
すると黒騎士の体が、彼女の膂力に耐えられず浮いた。リリーの力にまったく対応できない黒騎士が吹き飛ばされる――寸前、彼女の剣がしかと黒騎士へ叩き込まれる。それと共に黒騎士は後方へとすっ飛んでいく。
空中でバラバラになっていく体。だが唯一兜だけは残り、イルバドの横を通過して壁に激突した。甲高い音が響いた後に床をゴロゴロと転がり消え失せ……屋敷内は一時静寂に包まれる。
「……その力を見込まれて、ここに来たというわけか」
喜悦に満ちた声だった。見ればイルバドの表情は緩み、戦うことを心待ちにしている様子。
「いいだろう、テストは済んだ……合格だ。まともにやり合える存在と出会えた。嬉しいぞ」
言いながらイルバドはようやく腰の剣を抜く。
「まずは貴様らからだ……俺の最強を証明するのは」
「……なぜ、最強を求める?」
なんとなく尋ねる。それにイルバドは訝しげな視線を向けた。
「なぜ? そんな問い掛けが必要あるのか? 旅をし続け、どれだけ称号を得ても追いつけない存在がいる……俺は嫉妬した。自分の力のなさを恨んだ。だから、俺は最強となるために……『森の王』や『山の王』を超える、最強の王となるために力を手にした。それ以上の理由が必要なのか?」
――最も強くなる。それ以上の理由はいらない、ということか。まあ必要に迫られて、なんて理由で力を求めるのは『闇の王』が顕現でもしていない限り、ないか。
その一方で、彼の口から漏れたのは最強の王――なるほど、頂点に立つ存在になりたい。だから目指すのはあらゆる王と呼ばれる存在の中で最強、か。
「リリー」
「うん、わかってる」
俺の言わんとしていることを理解したか、リリーは小さく頷いた。
「来なよ、イルバド……最強になれないまま、ここで床に倒れるのがオチだから」
「ずいぶんな自信だな。ま、いいさ……頼むから逃げるなよ」
次の瞬間、イルバドが発する空気が一変した。魔力が彼の周囲で渦を巻く。しかもその気配は俺やリリーが嫌というほど感じた……『闇の王』のものだ。
「いよいよ本番か」
俺は杖を構えながら小さく呟く。『前回』のような世界を破壊する規模の能力ではない。しかし今の世界で勝てる者はそう多くない力を有しているのは間違いない。
だが俺とリリーならば……そんな言葉を頭に思い浮かべた直後、とうとう戦闘が始まった。