闇の核
翌朝、俺は街道を歩む間に、リリーから昨日の約束通り『前回』の顛末について教えてもらうことになった。
「俺がいなくなったわけだけど、作戦そのものは同じだったのか?」
まずは確認。リリーは「そうだよ」と首肯し、
「戦力を一極集中して、『闇の王』が持つコアを狙い撃ちする……敵の行動は比較的単純だったから、予測も可能だったしこれしかないと考えたわけで」
「けど、俺がいなかったら突破力は激減してるだろ?」
「まあね」
隠すことなく答えるリリー。俺はなんだかため息をつきたくなった。
結果的に俺がこっちの世界に戻りやり直すことができたわけだけど……もし最終決戦で俺を含め敗北していたらどうなっていたんだろう? 検証もできないから推測しかできないけど。
「でもまあ、正直善戦した方だと思う。レイトが抜けた穴を埋めようと、誰もが奮戦していたし」
「で、肝心のリリーはどうなった?」
彼女は少し思考した後、口を開こうとした……のだが、寸前で止めると一つ咳払い。
「――私達はかくして、その巨大な敵へと迫ることに成功した。数々の苦難を乗り越え、ついに『闇の王』の首下へ近づくことができたのだ」
「なぜ突然物語調に……」
「雰囲気だよ雰囲気」
街道のど真ん中で雰囲気もあったものではないが……まあいいや、やりたいようにやらせよう。
「敵は強く、仲間が一人、また一人と倒れていく中で、リリーテアル皇女は世界を救うべく、渾身の一撃を相手へ叩き込むべく、特攻を仕掛けたのだった――」
――正直なところ、レイトがいなくなった時点で『闇の王』の懐へ潜り込むのは奇跡に近かった。
世界を蹂躙すべく動く相手に一度だけ食い止めたことはあった。しかしそれもレイトの存在があってことだとリリーも理解しており、元の世界へ送還した以上は死地へ踏み込むのと同義だということは、最初からわかっていた。
だが、それでも――奇跡に賭け、リリーは疾駆する。
「陛下!」
傍らで一人の女性騎士が叫ぶ。常にリリーの傍に控えるその女性の名はルナ=ファート。リリーの世話役として彼女に仕える近衛騎士。
世間一般では剣術面において天才肌と呼ばれるリリーに対し、凡人ながら食らいつく、周囲の誰もが認める努力家だった。もっとも彼女としては皇女に常日頃振り回され、レイトと初めて出会った時も、城を飛び出したリリーを追って国中を探し回っていた苦労人でもある。
三つ編みに結ばれた茶髪が特徴的で、今回の作戦にはリリーの護衛として剣を振っている。ルナが作戦に採用されることは誰もが認めていた。他の面子が天使やエルフなど、この世界における最大戦力が集結していることを考えれば、彼女の努力がいかに凄まじいものか理解できる。
「もう少しです! 一瞬ですが核を確認できました!」
そしてルナの報告により、リリーは不敵な笑みを浮かべた。どれほど絶望的であっても、その表情だけは決して消えることはなかった。
「よし! このまま押し通る! ルナ、ついてこれる?」
「無論です!」
返事をしながらルナは迫る闇に一閃し、吹き飛ばす。極限まで膨らんだ『闇の王』の攻撃手段は極めて単純であり、近づいた存在を闇により取り込む。ただそれだけだが闇に包まれた瞬間、例え天使であっても動けなくなり後は塵と化していくのを待つだけとなる。
よって対処方は闇に飲まれないよう吹き飛ばし続けるしかない――リリーはレイトと共に『闇の王』と戦い続けていたが、こうなる前は思考能力などもあったのか人間のような立ち回りで動いていたケースもあった。しかしあらゆるものを飲み込み、肥大化した故にできることがたった一つしかなくなった。もっとも、そのたった一つで今まさに世界がなくなろうとしているのだが――
リリーが握り締める『聖皇剣』で闇を振り払い、先へと進む。背後からは幾度となく仲間達の声が聞こえてはいるが、振り返らなかった。それはきっと、リリー自身わかっていた――もし振り返ってしまったら、たぶん仲間達の所へ駆け寄るだろう。そういう状況であることは明白だった。
だが、ここで立ち止まってしまえば全てが水泡に帰す。これが正真正銘最後のチャンス。その全てで片を付ける必要がある以上、駆け抜けなければならない。
「リリー様! もう少しです!」
そうした中で唯一、ルナだけが帯同し闇を切り払っている。彼女の能力を考えれば奇跡に違いなく、だがそれでいていつ何時闇に飲まれてもおかしくないギリギリのところで踏みとどまっている。
リリーは一瞬ルナのことを気にしたが、だからといって足を止めることはできない。よって、
「わかってる! 絶対ついてきなさい!」
「はい!」
ルナは返事をしながらまた一閃。その威力は思いの外高かったらしく、周囲の闇を一挙に吹き飛ばした。
そしてリリーもまた呼応するように、剣を薙ぐ――それにより、とうとう前方に核を発見した。形は球体。巨大でありなおかつ青白い光を放っている存在。『闇の王』は人型の存在が力を手にしていたはず。けれど暴走し、その果てが最早生物という概念ではないものになった。これは果たして『闇の王』によって力を手にした存在が望んだ形なのだろうか――
リリーは核を見据えた瞬間、速度を上げる。横にいるルナもそれに呼応し、とうとう眼前に到達。
だが核へ集中攻撃する場合は、周囲の闇に関わる余裕がなくなる。核そのものも防衛機能が存在しており、攻撃すれば魔力を発し攻撃してくるのだ。
リリーは『聖皇剣』の力によって防ぐことはできるが、闇の侵食は防げない。よって、それをルナにやってもらうことになる。
「ルナ! 覚悟はいい?」
「もちろんです!」
返事と共にリリーは核への攻撃を開始する。それに『闇の王』も反撃を開始。双方が魔力を発し激突する。純粋な力の衝突。膨大な力を持つ『闇の王』の魔力に対抗するのは困難ではあったが、それは事前にわかっていたこと。だからリリーは一切怯むことなく、全力を振り絞り剣を振り続ける。
「――ああああああぁぁぁ!」
張ち切れんばかりの叫び声を上げながら、リリーは剣を振る。『闇の王』の防衛も本気であり、突破するのは困難であるようにも思えた。
だが、リリーはあきらめなかった。それと同時に思い浮かんだのは、レイトの顔。もし彼がここにいたら、同じように全力で戦っていただろう。
ここで負ければ、彼に顔向けできない――限界に近くなっていた体が再び活性化される。背中に世界の命運を乗せ、リリーは剣を振るう――
その時、視界が一気に狭まった。リリーの見える世界は目の前の核と、自分が握る剣しかない。最大限に集中した時、幾度となく見せた光景。こうなった時、あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、例外なく敵を倒してきた。
今も核が発する魔力の流れが見えるようになった。それをどのくらいの力ならば打ち消せるのかも、すぐに理解できる。それによりわかったことは剣を核に打ち付けても魔力結界によって相殺されている――多少なりともダメージは与えているが、このままでは自分が力尽きる方が早い。
駄目だ――そう心の中で呟いたリリーはさらに全力で斬撃を叩き込む。最早背後のことも思考が置き去りにした。周囲ではルナが闇を防いでいるはずだが、それすらも認識できない。
剣が何度も核に叩きつけられる。剣を振るごとに、速度も威力も増していく。いける、と心の中で呟く。その時だった。
バキン、と核を砕く音が聞こえた。それと同時にさらに威力を高めた剣戟が核へ振り下ろされる。そして、確実に手応えがあった――
刹那、視界が白く染まっていく。剣を握る感触も、核を砕く感触もあった。けれど、意識が飛ばされ――リリーの記憶は、ここで途切れたのだった。




