変わらない人
俺の生み出した魔物に対し、一切臆することなく突っ込んでいくリリー。その手に持つ『虹の宝剣』には、どうやら光の属性が宿っているようだった。
「これで――!」
終わり、とでも言いたげなセリフと共に一閃された彼女の刃。魔物へ直撃した瞬間、光が一気に魔物を飲み込んだ。
その光の奥で、魔物がズタズタに切り刻まれていく……俺の魔法により硬度も上げたはずだが、それを上回る威力を、彼女の技は出していた。
オディルからもらった『虹の宝剣』の力が相当大きい。元々所持していた剣ではこれほどの力は出せなかったはずだ。
やがて光が消える。魔物はボロボロであり、少しすると鎧がガラガラと崩れ落ちた。
「……さすが、だな」
「ふふん」
俺のコメントに胸を張って誇らしげになるリリー。
「ま、レイトの作る魔物に勝てるくらいには強くなっているってことよね?」
「そういうことになるな……とはいえイルバドの所にいる敵の数は十数体だ。今回みたいに時間を掛けていたら負けるぞ」
「それなら一撃で倒せるだけの技を編み出すしかないわね。それもなんとなくできそうだし」
剣を掲げ彼女は述べる……ふむ、黒騎士は俺の魔法で対処してリリーはイルバドを……と思っていたけど、やり方を変えてもよさそうだな。
「そういうわけでレイト。もう一体」
「……あんまりやり過ぎると明日以降の旅に支障が出るぞ?」
「平気よ。危なそうだったら止めるから」
「そう言ってぶっ倒れるまで続けたのは、何度あったか……」
「昔の話でしょ」
「いや、最終決戦の二日前にもやらかしてるだろ、確か……」
戦闘になると見境がなくなるのは長所なのか欠点なのか……彼女はそこで頬を膨らませ、
「むー、準備しておくに越したことはないでしょ?」
「そりゃあそうだけど……こっちが危ないと判断したら止めるからな」
「わかった」
なんというか、本当に相変わらずである。ちなみに彼女の体自体は三年前に戻っているけど、ひとまず魔力も問題はなさそうだ――
「……そういえば、リリー」
「ん、どうしたの?」
「俺、リリーに戻されて二年経ってこっちの世界に来たんだけど」
「最初に聞いたけど……それがどうかした?」
「で、リリーは三年前に年齢が遡っているよな? それってつまり」
現在、俺の方が年上では――と言葉にはしなかったが、彼女は意を介したらしく、
「なるほど、レイトが年上なのね! ということは年上として、色々とお世話になるしかないわね!」
「そういう方向にいくのかお前は!」
「あ、でもそれはそれでいいかな。レイトの方が年下っていうより、私の方が年下っていう方が結婚しようとする時に話がしやすいかもしれないし」
「……その辺りの話は、俺の地位が向上してからな……?」
なんというか、この話をすると確実にリリーがヒートアップするな。それの何が問題かというと、どこかで彼女のことを知る人間が現われれば、暴走してうっかり俺のことを喋ってしまう危険性がある。
せめて俺の地位が向上してからじゃないと……そんな不安に対しリリーは「まあまあ」と笑いながら返事をする。人の気も知らないで、と思いつつも俺は訓練の続きをやるべく、新たな魔物を生み出した。
そうして俺とリリーは訓練を重ねながら旅を続ける。道中で魔物を作って彼女の剣について試行錯誤する。こういう訓練はかなり重要で、練度が上がればそれだけ剣を扱う際の選択肢が増える。特に今回得た剣は様々な能力を持つ……『聖皇剣』に近しい特性を持っているので、色々試してどういう技が使えるのか調べるのはとても大切だ。
よって、ほぼ毎日俺は訓練に付き合わされる……それを見ながら思うことは、リリーはどこまでもリリーだということだ。
俺と異なり彼女は『闇の王』との最終決戦を経て、しかも負けた。となれば『闇の王』に対し恐怖など感じていてもおかしくないのだが……そういう気配を一切見せない。
気になって「怖くないか」と尋ねてみたら彼女はきょとんとした表情で「何で?」と答えたくらいだった。嘘がつける性格でもないので本当にそう思っているのだろう。
「……なあリリー、一ついいか?」
イルバドが潜伏する場所まであと数日といったところで、訓練の最中俺は尋ねた。場所は町外れ。夜に宿を抜け出していつものように訓練を重ねている。
「記憶を戻した当初、リリーに詳しく聞かなかったし、今までは行動を起こすことを優先して聞かなかったけど、最終決戦。あれはどういう戦いだった?」
「んー……」
リリーは軽く伸びをしながら唸り始める。話したくないという雰囲気ではなく、単純に事の推移を思い出している感じだ。
「あの『闇の王』がイルバド本人なのかはわからないが、もしそうだったら何か対策ができるかもしれないと思ったんだが」
「……あ、そういえば」
と、彼女はふいに声を上げる。
「最後に戦っている最中、声が聞こえてきた」
「声?」
「あれはたぶん『闇の王』が持つ核からのものだったのかなあ」
「何を言っていたんだ?」
「恨み言みたいな感じ。全てを滅ぼすとか、死に絶えろとか」
「つまり、イルバドは世界を恨んでいるということか?」
「あれがイルバド本人ならね」
オディルが言っていたな。世界を滅亡するだけの力を欲すれば、『闇の王』は相応の力を提供すると。俺は先日彼と出会ったことを思い返す。誰に対しても分け隔てなく喋るあの姿を見て、世界を憎んでいるとは思えないのだが……。
「正直、想像できないな。『闇の王』から力を受け取ったことで、変質したってことか?」
「それはないと思うけど? だって『闇の王』から力を受け取る前に力が欲しいと願うのだから、元からおかしいのでは?」
「酷い言われようだな……だとすると、あのイルバドは内心で滅べと考えていたのか……?」
まあ同一人物とは限らないし、これ以上推測しようがないけど……それに真意がどうだったのかは、もしかすると今回戦うことでわかるかもしれない。
「……参考までに聞いておきたいんだが、戦いはどんな風に進んだ?」
「あまり面白くないよ?」
「負けた時のことを聞いているんだから当然だろ。とにかく話してくれ」
リリーは頷く。では早速――と思ったけど、こんな夜中じゃなくてもいいか。
「なら明日出発したらゆっくり聞くとするか……今日のところはこれで終わりだ」
「はーい」
のんきに声を発するリリー。これから決戦に入るというのに、ずいぶんと余裕がある。
まあ緊張で動けなくなるよりはマシか……そんな風に思いながら俺も宿に戻って休むことにした。