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最強皇女と魔法の王  作者: 陽山純樹
第一章
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元の世界

 強制送還後、俺は半ば呆然としながら我が家へと戻る……母親が出迎え、それがひどく懐かしく、また同時に夢の中ではとさえ思えた。


 この世界の人からすれば、俺が異世界へ行っていた時間はほんの一瞬。騒動にならないだけマシだったが、三年という歳月全てが無駄であるように感じて、なんだか泣きたくなった。


 部屋に入り、懐かしむ暇もなくベッドに寝転がる。それと共に、リリーの顔が思い出された。最終決戦……その最後になって、彼女は俺をこちらの世界へ戻した。その意図は――


「……まったく、最後の最後でこんな結末かよ」


 俺には帰る場所がある……だからリリーは、こうして元の世界へと戻したのか――

 深いため息をつく。最後まで戦い抜くと誓ったはずなのに、これである。文句の一つも言いたくなった。


 あの世界へもう一度……などと思ってはみたものの、


「けど、体は召喚前に戻っているし……」


 魔法の力だって――そう考えながら体に少し力を入れる。いつもやっていた魔力を引き出す動作。癖になっていたそれを実行したら……体の内で熱いものを感じた。


「え……これって、もしかして……」


 魔力は、そのままなのか……? 上体を起こして手のひらをかざす。すると指の先に、強い魔力を感じ取ることができた。ならば、と指先に火が生まれるよう想像すると、マッチで点火したかのように、炎が生じた。


「……リリー、ずいぶんと雑だな」


 体は戻ったのに魔力は、そのまま……その事実に気付いた俺は、ただ苦笑する他なかった。






 魔法が使えると認識した俺は、あることを実行しようと決意しながら元の世界で生活を始めた。波瀾万丈な人生を送っているわけではないので、普通の高校生活に戻るだけだ。

 もしこの世界で魔法を使えば大騒ぎになるだろう。あるいは密かに魔法を使えば……それこそ、様々なことができる魔法を駆使すれば、この世界の中で億万長者にも、ハーレムを築くことだってできるかもしれない。そのくらいの力は余裕である。


 でも、俺はそうしたことを何一つしなかった。平々凡々な生活を続けることを選択した。ただ魔法を必死で体得した影響などから記憶力などは向上しているようで、塾などに通うことなく学業の成績は上がった。それに対し両親は喜び、勉強に時間を拘束されることなく自由にやれるのは良かった。


 そんな生活が、およそ二年続いた。その間に俺は――


「おーい、黎人」


 授業が終わったとある放課後、鞄を手にして席を立った矢先、クラスメイトに声を掛けられた。


「今日暇か? 帰りにちょっと遊ぼうぜ」

「あー、どうするか……」

「前のテストでノートを借りた礼をしていなかったから、おごるぜ。ラーメンくらいならなんとかなる」

「ん、そうだな。一教科ならまだしも五教科分のノートを持ち去ったからな。おかげで俺が勉強できなかった。この借りはきっちり返してもらわないとな」


 周囲にいた他の友人が「ははは」と笑う――元々俺は付き合いの良い人間ではなかった。けれどやりたいことを実行しようとするなら、人間関係だって角が立たないようにすべきだ……と考え、異世界から帰還して以降、友人も増えた。幸いながら向こうの世界をくぐり抜けたことで対人スキルも上がっていたようで、魔法なんかを使わずともクラスメイトとすんなり打ち解けることができた。


 で、今回についてだが――


「いや、今日はやめとくよ。ノート五冊分のお礼はそちらのこづかいが潤沢な時に返してもらうとする」

「どんな高い物を要求されるんだ?」


 苦笑しながら問い掛ける友人に「考えておく」と告げ、俺は教室を出る。喧噪に包まれた廊下を黙々と歩き、学校を出るべく下駄箱へ。

 この世界へ戻ってきて、俺の生活はただひたすらに平穏だった。きっとこれは幸せなのだと思う。不自由なく満ち足りた世界……けれど、俺の心の中にはある思いが燻っていた。


 自転車通学なので、俺は駐輪場へ向かい自転車に乗る。軽快良く走らせ、俺は寄り道などせず家を目指す。

 そこそこ高低差のある道などがあるので通学するには結構大変なのだが、これについては魔法の力で解決した。どんな坂でも軽くペダルを回せばスイスイ進むような強化を行う。これくらいならバレないし、今のところ怪しまれてもいない。


 異世界へ赴く前なら下手すると三十分以上かかっていた時間を半分くらいで家に帰ってくる。リビングへ入ると母親が「お帰り」と出迎えてくれた。

 夕食まで部屋にいることを伝えた後、俺は自室へ。勉強机の横に鞄を置いて、制服から部屋着に着替える。そして、


「さて、と」


 一言呟いてから、ベッドに座る。そして目をつむり、瞑想でもするかのように沈黙した。

 ピンと張り詰めた空気が部屋の中に満ちる。この世界の人々は気付かない……魔力が、部屋の中に充満した。


 俺がやること……日課となっているそれは、リリーのいた世界を探す行為だ。魔法を使い、異世界へのつながる扉を見つけ出す。

 まず、この部屋から魔法を使い宇宙のように広大な精神世界へ自分を飛ばす。そこには無数の扉があり、その中にリリーのいた世界へとつながる扉をあてもなく探す。それが俺の日課となっていた。


 とはいえ探し出すのは極めて困難で、戻ることは絶望的……例えば俺を召喚した魔法使いは呼び寄せるために色々やったらしく、研究の成果により俺を狙って召喚できたらしい。それはあちらの世界とこちらの世界をつなぐ鍵を持っていたため。あいにく俺はそんなものを持っているわけではないので、完全に手探り……つまり勘に頼っている。


 俺自身、難しいとわかっている……これは宇宙空間に漂いながら生物のいる惑星を見つけようとする行為と同義だ。そんな途方もないことをやっている。けれど、俺はあきらめられなかった。いや、あきらめたくなかった。


 手がかりは、俺の体が記憶しているあの世界の魔力。異世界を発見し、魔法で調査を行い、体が憶えている魔力ならば当たりだ。けれどそもそも異世界を見つけることすら難しい。二年間探し始めて、これまで異世界と言うべき存在は二つしか見つかっていないし、双方ともはずれだった。


 それこそ何年……いや、俺の寿命が尽きるまで繰り返したとしても、達成できるかわからない。人の一生で見つけ出せたら奇跡というレベル……それに、見つけたとしてもたぶんあの世界はおそらく――


「……いや、だとしても行くんだ」


 決意を口にする。加え、あっちの世界とこっちの世界で時間がどうなっているのかわからない。だから見つけたとしてもリリーのいた時代に戻れるのかもわからない。

 あるいは『闇の王』が全てを蹂躙した後で、何もかも消え去った死の惑星になっているかもしれない……だがそれでも、見つけ出すつもりだった。俺には事の顛末を知る権利が、あるはずだ。


「……リリー……」


 パートナーの名を呼ぶ。もし出会うことができたら――奇跡という言葉ですら表現できないような偉業の果てに彼女と再会できたのなら、まずはとにかく質問したい。なぜ俺を帰したのか。あの世界で骨を埋める気だった俺を、なぜ……。


 単純に死なせたくはないとか、そういう理由だったのかもしれない。けれどとにかく問い質したかった……あちらの世界へ行ったら、今度こそ戻って来れないかもしれない。でもそれでいい。俺はたった一つの質問をするために……リリーに会うために、あの世界へ戻るんだ。


 そうして延々と繰り返す日々。大学へ入学しても、社会人になってもきっと俺は繰り返すのだろう――そう思っていた時、それは起きた。


「……ん」


 小さく呟く。新たに世界を発見した。これで三度目だ。

 とはいえ魔力を確認し、ため息をつくだろうと思った。魔力の調査は一瞬で終わる。途方もない確率で異世界の扉を見つけたとしても一瞬で違うとわかり、すぐにまた探索を開始しなければならない。


 だからこれまでと同じように……しかし、今回は違った。


「……え?」


 信じられなくて思わず呟いた。だからもう一度確認する。調査は一瞬で終了。結果は、


「まさか……そんな……」


 当たりだった――そう、俺の記憶にある魔力とまったくの同一。つまり、リリーのいる世界を、発見できた。

 自分で探しておいてなんだが、咄嗟に信じられなかった……探索を始めて二年という歳月は長かった。しかしもっと、途方もない時間が掛かると思っていたから……。


 それと同時に、俺は気付く。このまま魔法を行使すれば間違いなくリリーのいる世界へ戻ることができる。けれど、この世界で俺という存在は消える。前のように帰ってこれるかどうかもわからない。

 ここで二の足を踏んで魔法を閉じてしまうと、また一から探し出さなければならない。見つけた以上は探しやすくなるのかもしれないが、同じように出会えるとは限らない。


 ――思えば異世界へ赴く準備を一つとしてやっていなかったのに、ただ漫然と俺は魔法を使いリリーのいた世界を探していた。内心見つけられるとは思っていなかったのかもしれない……けれど俺の目の前に、その世界がある。

 少なくとも『闇の王』によって崩壊した世界とは思えない魔力反応だが……ここで選択を迫られた。このまま勢いに任せ異世界へ自分の意思で飛び込むのか、またすぐに探し出せるとして準備をするのか。


 俺は少しの間、部屋の中で沈黙し、思考した……どうすべきか、結果は――


「……ごめん」


 一言、謝った。それは両親とか、学校の友人とか、そういう人達にあてたものだった。


「俺は……もう一度、あの世界へ行きたい」


 自分しかいない部屋の中でそう口にする。言葉にした瞬間、それが強い意思となる。

 だから俺は呼吸を整え異世界へ向かうべく魔力を高める。このまま魔法を使えば部屋の中で俺の姿が消え、異世界へと行く。部屋着のままだけど――あっちの世界に適合する服装なんて無いので、考えるだけ無駄だった。


 魔法を行使し、意識を――そして肉体を異世界へと向ける。次第に体の内で高まっていく魔力。これを解放した瞬間、俺の体は再び異世界へと移動する。

 発動の寸前、もう一度だけ自問自答した。本当にいいのか……けれど答えは、変わらなかった。


「……行こう」


 口にして、俺は魔法を行使する。魔力が震えるがこの世界の人が気付くことはない。

 そして光が生まれ、俺の意識は一瞬途切れる――二年という歳月を経て、今度は自らの意思で、異世界へと赴いた。


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