首謀者
「まず『闇の王』と戦う意思を持つ者は、私だけではありませんでした」
エルフの王、オディルはそう切り出し、話を続けた。
「私が『闇の王』について知ったのはこの地位についてからです。言わば王と呼ばれることになるものの宿命……町を統治しながら『闇の王』を滅ぼすため――より具体的に言えば『闇の王』を呼び寄せる技術を破壊するために、活動をしています」
呼び寄せるためには資材と特別な魔法がいる。資材についてはお金さえ出せば買える物みたいだし、こちらを全て破壊するのはたぶん無理。よって『闇の王』を呼び寄せる魔法技術そのものを抹消するのを最終目標にしたのか。
「他には『山の王』や『地の王』。さらに『天の王』……様々な種族の王達が、この役目を担っていた」
ここで言う『山の王』は竜の王。『地の王』は魔王。そして『天の王』は天使達を束ねる存在を指す。
「発端は過去……古代と呼べる時期に遡ります。この世界は今よりも魔法技術が発達した時代があり、そこで闇の世界の発見と、『闇の王』を引き寄せる技術を手に入れました。結果的にその技術によって破壊と混沌がもたらされ、古代の文明は跡形もなく消え去ってしまったのですが」
「私達が体験した状況と似たようなものかな」
リリーの言葉。俺はそれに肩をすくめ、
「俺達の場合は世界全体を飲み込もうとしていたから、絶対に上だろ」
「そうですね、過去の混沌では文明は滅びこそすれ、人類などは消えませんでしたから……さて、古代文明によって創造された技術が一切合切が消え失せたのなら話はそこで終わりなのですが、不幸にも『闇の王』を呼び寄せる技術については、消えずに残ってしまった」
「だからその情報を消すために、様々な王が動き回っていると」
「そうです……いえ、そうだったと言うべきでしょうか」
苦笑するオディル。そこでリリーは一つ指摘。
「さっきも『私だけではありませんでした』と過去形だったけど……何かあったの?」
「大昔は互いに手を結んでいた関係ですが、今は違う……エルフは竜族とあまり関係が良好ではなく、魔族や天使とは連絡手段すら存在していません。実質『闇の王』をこの世から抹消するために動いているのは、私以外いないでしょう」
過去『闇の王』が大暴れしたわけだけど、その記憶が薄れ、長い時間を経て種族間の関係性なども変わってしまったわけか。
オディルの言葉によって、俺は状況を理解し改めて口を開いた。
「俺達が戦う相手がどのような存在か……理解できました。なら次です。あなたは先日俺達が戦った魔物も『闇の王』が関係していると仰りましたが、何か確信を得ていると?」
「はい、そうです……というより、その事実こそ、私が姿を消した理由になるのです。『前回』の戦いで甚大な被害を出した戦い……その首謀者について私は正体を暴くことに成功し、また攻撃しようと動いた……そして」
そこまで語ると彼は目を伏せ、
「負けた……逆に滅ぼされてしまったのです」
驚愕の事実だった。まさか敗北して姿を消していたとは。
「といっても首謀者自身が力を得ていたわけではありません。制約として闇の世界から力を取り込むことができる機会はたった一度だけ。その一度を確実なものとするために、首謀者は実験を繰り返していた」
「あの魔物も首謀者が作ったと?」
こちらの問いにオディルは首肯する。
「はい。闇の世界における魔力は物質にも付与できる。どうやら首謀者は使い魔として人形を作り、それに魔力を付与することでああした存在を生み出していた」
さながらパペットマスターだな……その人形の力がどれほどのものかわからないが、少なくとも『闇の王』を取り込むことでエルフ達を壊滅的に追い込むことが可能という事実がある以上、脅威に他ならない。
「先日の魔物達は、力量に関する実験を行っていたのでしょう……『前回』の戦いで壊滅的な被害を被ったことで私は、敵の居所をつかむと精鋭を率い奇襲攻撃を仕掛けた。けれど敵は想定以上の戦力を有し、返り討ちに遭った」
「想定以上……恐ろしい力を有する魔物が複数体いたと?」
「合計で十体」
十……!? 俺も内心で驚き、また『森の王』が負けた理由を察する。
たぶん奇襲で数体は倒しただろうけど、戦力差で圧倒された形だろう。
「その首謀者とは誰なの?」
そしてリリーが核心部分を尋ねる。
「実験を行っていたのなら、当然結果を見なければならないからあの戦場にいたはず。でも『闇の王』の力を得ていないのなら、エルフの警戒網をくぐり抜けることはできないはず。となれば先日の戦いに参加していたってことよね?」
「そうですね。名は――」
オディルは何かを思い起こすように一度目を伏せ、そして、
「――イルバド=アルガス。あなた方が知っているかもしれませんが……歴戦の冒険者です」
思わぬ名が出て目を丸くする。笑顔を振りまいていたあの冒険者が、黒幕……!?
「どうやって『闇の王』を引き寄せる技術や資本を得たのかはわかりません。ただ十年以上の長きに渡り活動してきた以上、自らの資金で資材をまかなえた可能性はありますね。実際、奇襲した場所には魔物を除けば彼しかいませんでしたから」
「……そういえば『前回』酷い被害が出た時も、彼は生きていた」
リリーが口を開く。
「彼は実験の首謀者で、怪しまれないよう立ち回っていた……そういうことかな?」
「ええ、そうでしょうね。私もアジトへ踏み込みその姿を確認した時、驚愕しました。魔物との戦いで怪しいところは一切ありませんでしたし、ね」
そう語りながらオディルは小さく息をついた。
「彼こそ、首謀者ですが……『闇の王』を手にしてどのような望みを叶えるのかわかりません。最大の問題は『前回』の戦いで世界を滅ぼそうとした存在と、イルバドが同一人物なのかは不明である点です。しかし」
「しかし?」
聞き返すとオディルは神妙な顔つきとなり、
「あなた方が戦った『闇の王』に関して、彼が起点となってかもしれない。例えば彼は望んだ力を得て、なおかつ他者に技術情報などを提供したかもしれません。つまり、彼は世界滅亡の遠因となった可能性も……ともかく現時点で確実に言えることは、抹消しなければならない『闇の王』に関する情報を、イルバドが握ってしまっているということです」
「彼を倒すことができれば、『前回』のような悲劇を止めることもできる、と?」
「かも、しれませんね」
ならば絶対にここで仕留めなければならない。
「彼が保有する『闇の王』……その情報の出所などは気になりますが、まずは彼を止めなければならない」
「はい」
俺は頷く……が、ここで疑問が一つ。
「止めるにしても、俺達はどうすれば」
「あなた方は、おそらく自らの手で『闇の王』を倒したいという考えを持っているようですね」
指摘に俺とリリーは同時に頷く。ただ今回は『森の王』が健在かつ、イルバドについての対策もできるだろう。となれば、俺達の出番はないか。
「……正直、イルバドと相対し、勝てるかどうかはわかりません」
ここでオディルは不安を口にした。
「こちらが精鋭を引き連れたとしても、取り巻きの魔物を倒せるかどうかも怪しい――」
「私達なら」
王の話を遮るように、リリーが不敵な笑みを浮かべ告げる。
「私達なら、勝てる」
オディルからすれば、根拠のない発言かもしれない。けれど彼は決して無下にしなかった。
「……あなた方には『前回』の経験がある。そう言いたいのですか?」
「それもある。でも一番の理由は、レイトがいるから」
そう告げた彼女は、俺のことを一瞥する。
「あの魔物がどれだけ束になろうとも、レイトなら倒せる。そして私がイルバドを仕留めればいい」
「……魔法使いの彼なら、勝てると」
――俺は、人間としてほぼ見かけない魔法使いだ。けれど人間以外の種族にならば、魔法使いは存在する。
その筆頭が、目の前にいる『森の王』だ。エルフの王にして、彼はこの世界において有数の魔法使いなのだ。
「ならば、その実力を拝見させていただきましょう」
やがて、オディルは思わぬ発言をした。
「同じ魔法使いとして、どちらが上か……戦う者を決めるのはそれを確かめてからでも遅くはありませんからね――」