森の王
「まず、今回の戦いにおける顛末を含め、二人の願いについては我らが王へ伝えることにする。ただ、私ができるのはそこまでだ。正直、王がどう判断するのかはわからない」
ジェファはそう切り出した。対するリリーは「わかった」と言い、
「うん、それで十分よ」
承諾。俺も頷き、ジェファは報告することを約束した。
決して分の悪い賭けではないだろう。今回の戦いは下手すればジェファが死んでいたくらいの大事だったので、それをきちんと説明すれば今後同じような敵が出現した場合、俺達と協力関係を結んでおけば大きな益となる。
その報酬として『森の王』と会いたいというのは、決して悪い取引条件ではないはずだ。黒騎士の脅威は『森の王』も認識するはずだし。
俺達はジェファと別れる……ここまでは作戦通りだが、
「いけるかな?」
「大丈夫でしょ」
こちらの問い掛けにリリーはウインクと共に応じ、
「それじゃあ、町に戻ってゆっくりと待ちましょう。今回の結果なら、すぐに返答は来るはずだしね――」
結果としては、俺達の見立て通りとなった。
報酬を受け取り町に滞在して数日、エルフ側が接触してきて『森の王』が是非とも話をしたいと申し出てきたのだ。俺達はすぐさま承諾し、招集に従い『森の王』が待つエルフの町へ赴くこととなった。
「なあリリー、王と会ったことはあるのか? イファルダ帝国の皇族だし、何かしら関係はあったんだろ?」
その道中、使者に先導されながら横を歩くリリーに問うと、
「私はない。お父様は王と友人関係だったみたいだけど、帝国の式典とか、公の場にも姿を現さなかったし、会う機会はゼロだった」
「ふーん……町へ行ったことは?」
「それもないね。どんな場所なのかは話だけで知ってる程度」
やがて使者と共に森へと入る。イファルダ帝国内でも有数の規模を持ち、森林内に山も存在し、その山の名からこの場所はメーグ山地と呼ばれている。
その場所に存在するエルフの町は……伝え聞いた話だと、森と一体となっている場所とのこと。
「到着です」
使者が述べる。森の先にあったのは、木々に囲まれながらも整然と立ち並ぶ建物――石畳の大通りだった。
町の名はレーンブル。『森の王』が統治しており、町の規模も相当大きい。帝国においてもっともエルフが多い場所なので、実質エルフの都と呼んで差し支えないほどの場所なのだと思う。
木々に囲まれながらも太陽光が町中に広がり、ずいぶんと清々しいイメージを抱く。本来ここまで森が近ければ町が木々に浸食されてもおかしくないのだが……そういったこともなく、家々は綺麗で清潔さが町全体に広がっている。きちんと管理している証拠だろう。
「こちらへ」
使者は大通りへ入ると、手で奥を指し示しながら歩む。大通りの先には大きい建物……石造りの神殿みたいなものがある。あそこに『森の王』がいるらしい。
さて、ここまでは概ね計画通りに事が進んでいるのだが……ここから『闇の王』に関する情報を手に入れるためには、どうすべきか選択肢がある。『森の王』に対しどこまで踏み込んで説明するか。そこが問題なのだ。
俺やリリーの生い立ちや『闇の王』との戦いを事細かに説明する……ただしそれを信じてくれるのかどうか。よって俺がリリーにやったように記憶を戻すことができれば……それが成功の近道だろうな。
最大の問題は、俺達は双方とも『森の王』と顔を合わせたことがない。つまり記憶を戻したところできちんと話をしてくれるかは未知数な点だが……『前回』の記憶が蘇るということは、異常な状況であることを理解してもらえるはず。そこから上手く話をつなげれば――大ざっぱではあるが、事前に考えた策はこのくらいだ。
程なくして神殿に辿り着く。荘厳な建物で、この町の象徴なのだと確信することができた。
使者が案内を続け、最後に辿り着いたのは神殿奥。両開きの扉があるのだが、そこではなく横に設置された個室のような部屋に入る扉へと進んだ。
たぶん両開きの所は祭壇とか、何か祭事に使うような場所なのだろう……推測をしていると使者が扉を開け中へと促す。どうやら彼はここまでのようだ。
軽く会釈して俺とリリーは入室。小さな個室で、そこにいたのは金髪のエルフ。
「ようこそ、お二方」
微笑を湛えながら語りかけてきたのは、ゆったりとした白い法衣を来たエルフだった。その見た目は……華やかさと威厳が共存するような不思議な感覚を抱くもので、これがエルフを束ねる王なのかと、感服するほどだった。
「お初にお目に掛かります」
リリーがまずは挨拶。それに王は苦笑し、
「そう改まらなくても構いませんよ。どうぞ」
俺達を席へと促す。白い椅子に着席すると、これまた白いテーブルを挟む形で王と向かい合う。ちなみに卓上にはポットとティーセットが置かれており、王はお茶をついでカップを差し出した。
「自己紹介をしておきましょう。私の名はオディル=ノーデュレスト。このレーンブルを治める者です……人間であるあなた方がらすれば『森の王』という異名の方がよく知られているでしょうし同胞からも王と呼ばれますが、私自身王と名乗るのは少し躊躇いますね……立ち位置としては町を治める町長か、よくて領主といったところでしょう」
謙遜するが、エルフという存在をとりまとめているのは間違いない……また凄まじい力を持っていることもあり、彼は王と呼ばれているのだ。
「そして次にお礼を申し上げます。レイト=ツカマチとリリー=ネクロア……あなた方がいなければ、魔物討伐で甚大な被害が出ていたでしょう」
そう語るとオディルは難しい顔を示した。
「現在森の中を経過観察しているところですが……どうやらあれ以降、魔物は現われていない様子です」
王はお茶を一口。こちらも合わせて飲みながら、どうするかと考える。
ひとまず記憶を戻せるかどうかを試してみることにするか……それにこれは実験にもなる。リリーに施した手順と同じやり方で記憶を戻せるのか。もし成功したなら『前回』出会っていなかった存在にも、また人間以外にも使うことができると証明できる。
とりあえず目を合わせないといけないんだよな……そう考えながら俺は切り出すことにする。
「……えっと、ですね。俺達は目的がありあなたと是非話がしたいと思っていました。けれどその前に、そちらの話から聞こうかと思います」
「そうですか。ならばまずは私から。あなた方から提案された形ですが、改めて私から要求します。今後似たような敵が現われた際に、協力して欲しい」
「俺達は帝国内を旅して回っているのですが……」
「無論、あなた方の事情があるのならばそれを優先してもらえれば。ただ相応の報酬はお約束致しますし、今後良いお付き合いができればと考えています」
……ふむ、王は現われた魔物について何かしら推測をしていて、今後もああいった敵が出現する恐れがあると考えているのかな? 敵の狙いはあの魔物が自然発生したものか、誰かに作られたものかによって結論は違ってくるけど……どちらであっても戦力が欲しいため、俺達を勧誘するってことみたいだ。
雰囲気的にはあの魔物がどういった存在なのか、きちんと結論を導き出しているようにも見えるのだが。
「わかりました。こちらは承諾します」
王の言葉に返答したのはリリー。それにオディルは「ありがとうございます」と笑みを浮かべながら返事を行った。
相手の目的はこれで終わりかな……では、今度はこちらの番だ。
俺は一度リリーへ視線を送る。彼女が小さく頷いたので、実行に移すことにしよう。
「では、俺達の用件を述べてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
オディルは承諾。それと共に俺は少しばかり緊張しつつ、『森の王』と目を合わせた。




