皇帝の言葉
「……なるほどな。これをするために、城へ入ろうとしたと」
皇帝は記憶を取り戻すと、全てを理解したか俺へそう告げた。
「はい……その……」
「うむ、まずは改めて挨拶だな。レイト殿、久しぶりだな……そして、世界を救ってくれたこと、感謝する」
頭を下げる皇帝陛下……記憶が戻る前とは違う、親しみを込めた所作だった。
「しかし、送還したのに舞い戻ってくるとは……この世界の人間からすれば、ありがたい話ではあるが」
「リリーのことが気になって半ば衝動的にですけどね……元の世界のことなどを含め、色々とやらなければならないことは多いですが、ひとまず世界が滅びるなんて展開にはもうならないと思います」
「それは何よりだ……今後の予定は?」
「特にありませんよ。ここへ来たのも報告を行い、陛下の記憶を戻し……後は、リリーに引っ張られて、ですね」
「プロポーズでもされたか?」
吹き出しそうになった。それで皇帝は笑い始める。
「なるほど、既にやらかした後か」
「……ご察しの通りです……」
「リリーのやりそうなことだ。記憶が戻った直後に勢い余って、といったところだな?」
俺は頷くしかない。なんというか、リリー。行動が全てバレているぞ。
「ふむ、リリーとしては目標達成まで邁進し続けるだろうな」
「それで良いんでしょうか……」
「好きにやらせておけばいい。記憶が戻った以上、私もリリーに対して干渉もできるからな」
まあ、それなら……と、安心しているところへ、皇帝は思わぬ発言を行った。
「しかし、闇は歴史の表舞台に出ず、か……これではリリーを皇帝にすることはできないな」
「……はい?」
思わず聞き返した。それではまるで、リリーが皇帝になるべきという感じに聞こえるのだが。
「ああ、レイト殿からすれば、寝耳に水か」
「いやあの……リリーが皇帝になる方が、良いと?」
「そういうわけではない……おそらくリリーがああして玉座に座り、上手くいったのは『闇の王』という強大な存在と、何よりレイト殿がいたためだろう」
皇帝はそう述べる……皇帝は色んな事情があり退位した。結果としてその後はリリーの戦いぶりを眺めていたわけなのだが――
「ただ、あの時のリリーは……それこそ、歴代皇帝の中でもっとも輝いていたと言えるだろう。民衆の誰もが娘に希望を見出し、あらゆる種族が一つとなり、リリーの下で戦った。私にとっては鮮烈な記憶……心の底から、リリーが皇帝で良かったとさえ思うほどだ」
「……それほどまでに、リリーの采配は……」
「おそらく私であれば、あんな風にはできなかった……絶望的な、世界の危機的状況における特例のような出来事ではあったが、それでも執政は見事なものだった。無論、そこにはレイト殿という支えがあったためというのもあるだろう」
俺が、か……俺としては魔法使いという力を用いて闇と戦い続けていただけだし、正直リリーの支えになっていたのかというのは疑問に残るけど……まあ、そう言われるとなんだか嬉しいな。ただ、
「……念のため確認しますけど、今回はリリーが皇帝になるような未来はない、でいいんですよね?」
「継承権は遠いからな。何かしら問題が生じればその限りではないが、そもそもリリー自身が首を左右に振るだろうな」
それはそうだ。皇帝になったら俺と結ばれるなんて話も遠のくからな。
「で、あの……特に重要なことが一つ」
「レイト殿のことをどうするか、だな」
「はい……現状、この世界においてリリーはあくまで破天荒な皇女という立場に収まっています。ここに来て俺みたいな人間と……ってなったら、絶対問題が生じるはずですよね?」
「リリーとしては気にするものか、と息巻いているかもしれないが、混乱するのは良くないな」
皇帝も同意見か。これならまあ、なんとかなりそうか。
「ただ、それ以上に問いたいのだが……レイト殿は、どう考えている?」
まあ尋ねるのは当然だよな。
「皇女とはいえ、何もかも奔放に振る舞えるというわけではない。城の中にいれば何かしらの形で政争に関わることもあるだろう。その中で、縁談の話だって舞い込んでくる。リリーとしては、自由に選べるかどうかと言われれば……微妙ではあるな」
「皇女であっても、ということですか」
「皇族含め、位の高い人間というのはそういうものだ……恋愛結婚もあるにはあるし、私としては想い人がいるのであれば望むままにと言いたいところだが、相手が相手となれば反対もあるだろう」
当然そうだよな……で、それを踏まえた上で皇帝は俺に問い掛けている。
「とはいえその点についてはこれから考えれば良い。重要なのは、レイト殿がどう考えているのか、だ」
「……わかりました。お伝えします」
俺の答えは決まっている……今までリリーには語らなかったし、何より告げれば隠し通すことができないということもあったから、内に秘めてきた。けれど、俺自身も答えは同じだった。
「……陛下」
「うむ」
「リリーテアル皇女を……私に、ください」
真っ直ぐ見据え、俺は告げる。それで皇帝も納得したようだった。
「うむ、その言葉に偽りはないな……レイト殿の考えはわかった。ならば次の話へと移ろう」
「良いのですか?」
「互いに想っているのならば、私は反対せんよ。それに、だ。リリーに対してきちんと世界を救った対価は支払わなければならないだろう? まあ、当のリリーは安すぎると不平不満を言うだろうが」
違いないとばかりに俺は頷く。
「世界を救った報酬として釣り合うかどうかは、後々考えるとして……直近で考えるべきはそこについてだな。何よりリリーのことを放置すれば事態がどう転ぶかわからない」
「はい、そうですね」
「よって、私とレイト殿で上手くリリーを制御していく……道筋は決まっているし、こうしてきちんと話し合いもできる。リリーの暴走を止めれば、そう難しくはない」
「リリーとしてはできるだけ早く、と言いたいでしょうけど」
「そこは私が説得しよう」
皇帝の確かな言葉。うん、俺が介入できる部分でもないし、こちらは同意ということで小さく頷いたのだった。




