戦いの終わり
俺は闇が消滅したのを見て取った後、ゆっくりとリリーへ近づいていく。声を掛けようとした矢先、彼女は気付いたかこちらを振り返り、
「怪我は?」
「俺の心配をするのか……こっちは大丈夫。そっちは?」
「平気。闇に触れることもなかったし、完全勝利というやつね」
笑った後、彼女は倒れ伏す自分自身へと視線を送る。その体は真っ白で、炭化しているように見えた。なおかつあちこちにヒビが入っており、消え去るのも時間の問題だった。
「私の勝ちね」
「……ふふ……まさか闇を取り込んでなお、恐怖を味わうことになるとは、思わなかったわ」
どこか自嘲的に笑う『リリー』の姿。その姿を見て、俺は何も言えなくなった。
「本当は、悔しくてたまらない……でも、いつかこういう終わりを望んでいた自分がいたのも事実」
「それは『闇の王』に取り込まれた自分を、解放してくれと?」
リリーの鋭い質問に対して『リリー』は穏やかな笑みを浮かべた。
「どうかしら……どちらにせよ、滅びしか生み出せない私は、自分を滅してくれる存在を求めていたのかもしれないわ……いえ、もしかするとそんな考えも一時の気の迷いかしら」
「……ま、闇に取り込まれた以上、戯言だと切って捨てた方がいいわけね」
リリーはドライの物言いを行い、それに『リリー』はどこまでも笑う。
「ええ、そうね……この勝負、あなたの勝ちね」
「一勝一敗よ。私は一度、負けているからね」
「ふふ、戦士として常に勝ち負けの場に居続けたあなたならでは解釈ね……ああ、それにしても気になることが一つあるわね。もしこの世界を滅ぼし、次の到達する世界は、あなたのように奔放に振る舞っているのかしら?」
「さあ? 私自身確認しようもないし、あなたも確かめることができないけれど……案外、あなたのような形に収まっているかもよ?」
「そう、かもね……ふふ」
小さく笑う。それがどういう意味合いのものなのか、俺にはわからないまま――やがてその姿が、消滅した。
塵芥となり、その粒子もまた魔力となって霧散する。先ほどまで戦っていた『闇の王』はもうどこにも存在していない……まるで全てが夢であったかのように。
とはいえ、俺達は――口に出すより先に、リリーは俺達へ告げた。
「これでようやく……終わった」
「そうだな」
頷く俺。クレアやアゼルはほのかに笑みを浮かべ、リリーは自分自身が倒れ込んでいた場所を見据え、動かない。
一体何を思うのか……沈黙が生じ、俺達の体を冬の風が延々となで続けた。
やがて、俺達は妖精郷中央へ帰還する。エリテは感謝の言葉を述べ、領域全てが本来の姿に戻るべく尽力するとのことだった。
「領域の長が亡くなってしまうという悲劇もありました。妖精郷が元通りになるには、年月が必要でしょう」
彼女は自室で俺達へ告げる。
「ですが根源は断ちました。よって、混乱は続くでしょうがもう悲劇は起こらないでしょう」
「もし何かあれば、私達が助力するよ」
リリーはエリテへ告げる。そこで相手は笑顔となり、
「闇を打倒したあなた達の手助けは、大変心強いですね……リリー皇女、親愛の証として剣をもらってください。それこそ、私達とあなたとを繋ぐ物……何かあれば、私達の方こそ助力しましょう」
思わぬ言葉。リリーは大丈夫なのかという顔を示したが、当のエリテは頷いている。
……まあ、もらっておいて損はない。もしリリーが城へ帰る場合、妖精郷で手に入れた武器は大業を成してきた成果を示すものでもある。
まあ物証がなくても、俺達はエルフとか竜族とか……そういう者達と手を組んで戦ってきた。今後政治に携わるようなことがあったら、その辺りの功績がいかんなく活用されるだろう。旅の報酬としては、もらいすぎまでありそうだ。
「わかった。ありがとう」
リリーはそんな風に返答する。こうして、妖精郷を巻き込んだ世界を巡る戦いは、終わりを告げたのだった。
俺達は翌朝、妖精郷を出ることとなった。妖精達はもう少し滞在して『闇の王』打倒により宴でも開こうか……なんて雰囲気もあったのだが、妖精達が元通りの生活に戻るためには、さっさと退散した方がいいだろうということで、俺達は外へ。そして、竜の都を目指すことに。
「さて、戦いが終わったわけだが」
妖精郷を出てから幾ばくもしないうちに、俺は口を開いた。
「俺達の目標は達成された……『闇の王』による犠牲がない内に。少なくともこの世界で、世界を滅するだけの力を持つ闇は現われないだろう」
「でも、種を蒔いているわよね?」
クレアが言及。種とは『リリー』が世界を破壊するために準備していたことを指す。俺達はここへ来るまでに彼女の甘言により闇を手にした存在と戦ってきたわけだが、そうした一派がまだ残っているというわけだ。
「それの対処はどうするの?」
「放置はできないよな……当面の間はそうした勢力を叩きつぶすのがメインになるかな? ただ、もう世界全てを滅するような存在は出てこない……そもそも『闇の王』から直接助言が受けられるわけでもないからな……『前回』のような悲劇になることはないと思うぞ」
「でも闇を手にした『リリー』の世界……そこでは、世界を滅ぼすだけの闇を召喚したわよ?」
「それはきっと、闇だけでなく『リリー』本人に適性があったってことだろう。戦ってわかったけど、あの闇はそれこそ性質を常に変化させている……たぶん、千回同じ事をやって適合するのは一回くらいの確率だ。『闇の王』に関する技術については消去していく必要性はあるけど、さすがに同じようなことが起こるとは考えにくい」
「なるほど……でも、潰していくつもりなんでしょう?」
「ああ、そうだな……俺の役目だ」
「なら、私は当然付き合うよ」
リリーが言う。彼女の場合は断ってもついてくるだろうし、俺としては何も言わない。
「クレアとアゼル……二人はどうする? 主立った戦いは終わったと考えていい。旅については俺とリリーだけでなんとかなるだろう。旅に同行するかは、そちらの判断で決めていい」
俺の言葉にクレアとアゼルは立ち止まって考え込んだ。俺とリリーはそれを待つことにして……おそらく一分くらいだろうか。俺達へ向け、答えが返ってきた。




