闇と光
俺の目からは、巨大な闇が津波のようにリリーへ押し寄せる光景があった。そこですかさず魔法を発動させ、その闇へ光を放つ。真っ直ぐ放たれたそれはレーザーのようであり、闇に触れた瞬間に相殺して闇を大きく溶かす。
それと同時、リリーは確かに俺の方へ視線を移した。ありがとう――そんな風に言っている気がした。
刹那、彼女の剣が闇を切り払う。紛れもなく全身全霊の一撃。彼女の周囲にあった闇が一挙に消し飛ばされ、奥にいる『リリー』の姿をしかと見出す。
しかしそれは炎を風で一時的薙ぎ払ったようなものであり、すぐに闇が――だがそれよりも先に、リリーは自分自身へと迫り、間合いに――入れた。
「もう一つ、あなたを倒せる根拠がある」
闇の中でも、リリーの声だけは明瞭に聞こえた。
「それは仲間がいるからでも、あなたが恐怖したからでもない。『前回』の戦い、私には手応えがあった。核をしかと傷つけたという自覚が」
それが、リリーの自信ということか。今になってわかった。不敵な様子は、その手応えから来ているものなのだ。
「その傷はどうやらまだ癒えていない……いえ、癒えない傷ということかしら? あなたはさすがに隠すだろうけれど、私は確信していた。だってあれだけの傷を、簡単に癒やすことはできないはず――」
闇がとどろく。リリーを明確に狙っているが、それを俺の魔法や、クレアの援護。そしてアゼルの支援によって防ぎきる。
「普通の人間であれば、傷は癒えていくもの。古傷として痕跡くらい残る可能性はあるけれど、基本的に傷というものは塞がる。けれど、あなたは違う……なぜならもう闇と同化して、人を捨ててしまったから。その肉体構造も、もはや人間とは違う。あなたはもう、外見しか残っていない」
『ダマ、レ……!』
なおも闇が放たれる。だがリリーはそれを防ぎきった……『リリー』の動きが明らかに悪くなっていく。平静でいられなくなり、目の前にいる自分自身を滅そうと、ひたすら力押しを挑んでくる。
けれどそれを俺達は利用し、防いでいく。単純な力押しであっても、闇は圧倒的な物療で押しつぶせるはずだ……本来ならば。しかしそれはできていない。というより冷静さを欠いたことにより、闇を制御できなくなっている。闇を放っても、本来と比べ半分以下の効果しか現われていない様子。
「あなたにはもう、生物という概念がない。自らの核を癒やすことは、闇の化身である以上できない。そして闇そのものであるあなたのことを面倒見る存在だって例え無限の平行世界を彷徨ってもいない……つまり、あなたの傷はどれほど時間が経過しようと残り続ける。そこから生じる痛みが、あなたを苦しませ続ける」
リリーは、剣を構え直した。俺から見て背を向けているので、表情は見えない。しかし、俺は確信できた。
彼女は今、笑っている。それもとびっきりの――この闇が広がる世界で、太陽のようにキラキラとした笑顔で。
「私自身に傷つけられた感触は……どうだったのかしら?」
『――ァァァァアアアアアア!』
例えるなら、機械のようなひどく無機質な声。理性すら自ら放棄し、力の出せない中で目の前の標的だけを、消し飛ばそうという願いを込めた咆哮。
放たれた闇は、リリーの頭上から降り注いだ。けれど俺達はそれを的確に防いでみせる。圧倒的な魔力量だが、その動き極めて単純で、どういう軌道を描いて闇が迫ってくるのかはっきりとわかった。
そして、ある一点――リリーを押し潰そうという魔力が込められていることも明瞭にわかる。だからそれを狙って俺は、光を放った。例えるならそれは急所。光の槍がそこへ突き刺さり、大量の闇はあっけなく砕け散った。
「もう無理よ。私を倒すことは」
闇を切り払いながら、リリーは告げる。
「だから、これで終わりにしましょう――最後に、例え人間を捨てていても……あなたと話せたことは、良かったと思うわ」
リリーの剣が、闇へと叩き込まれた。それは紛れもなく核へ届く一撃。刹那『リリー』の体からパキンと乾いた音がした。
その体に亀裂が走り、闇がこぼれ落ちた。まるで血を流すかのように……それを見て彼女はどうやら理性を取り戻した様子。痛みがあるのかわからないが、彼女は苦悶の表情を浮けば、
『そ、んな……!』
せめてもの抵抗として『リリー』は右手をかざす。それは闇により攻撃するのではなく、リリーからの攻撃を防ぐためのもの。周囲に渦巻いていた闇もまた収束を始め、俺達を滅ぼすためではなく生き延びるために動き始める。
妖精郷である以上、逃げることはできない。しかし、万が一取り逃せば、再び世界が危機にさらされる。ここで、決着をつけなければ――!!
「リリー!」
「わかってる!」
俺の言葉に彼女は応じ、真正面から『リリー』へと攻め寄せた。苦悶に加え驚愕の表情を浮かべる『闇の王』。もうそこに先ほどまでの圧倒的な力はどこにもなかった。
それでも理性を無理矢理維持してリリーへ対抗しようとする。けれど冷静さを保つだけではどうにもならない状況だった。
守勢に回った時点で、勝負は決したのだ。
リリーの斬撃が、闇へと届く。相手は両手をかざしそれを受けたが、リリーの魔力が高まり、その手に刃が食い込んでいく。
先ほどまでか細い光だったものが、今度は一転して闇を飲み込むような状況に。この段に至り俺やクレア、そしてアゼルは動きを止めていた。油断はせず援護できる構えだけは維持しながら……事の推移を見守る。
そこで『リリー』が何事か叫んだ。刹那、リリーの刃が腕を弾き飛ばし、体へと一閃する。その瞬間、闇が弾けた。まるで鮮血が舞うように、彼女の体から、闇がはがれ落ちた。
そして、その体から闇が抜け上空へと昇っていく……彼女に残っていた残留魔力のようなもの。俺はそれに対し、杖をかざし魔法を発動させた。
「これで――終わりだ!」
叫ぶと同時に放たれたのは、巨大な光の剣。それが真っ直ぐ闇へと突き込まれ――炸裂。闇を吹き飛ばし、周囲に一時太陽に負けないくらいの光をもたらした。
そして闇……『リリー』は、自分自身から斬撃を受けて倒れ伏す。そうして……ようやく俺達の戦いが終わりを告げた。




