正しい自分
やがて俺達は冬の領域へと入り込む……冷気が体を撫でるのと同時に、底冷えするような濃い魔力を知覚した。
既に『リリー』は臨戦態勢のようだ……程なくして見えた平原に、相手は立っていた。既に冬の領域にいる妖精達は避難済み。昨日の戦いによる地面の抉れがまだ残る中、こちらを見据え『リリー』は待ち構えている。
「……来たぞ」
俺が先頭に立って告げると、相手は微笑んだ。
「こうして異世界の英雄と戦うことになるのは……初めてというわけではないけれど、決戦には立ち会わなかったから、少し新鮮ね」
「俺はそう思わないけどな……さて」
ここで俺の後方からリリーが前に出た。自分自身との対面……昨夜両者は顔を突き合わせたわけだが、
「……私があなたのことをどう考えているのか、説明していなかった」
「ええ、そうね。ただ正直、決まりきった答えだろうし、私としてはさして興味があるものではないけれど」
「それでも、言っておくよ……同情するつもりはない。悲劇であることも間違いはない。けれど、それでも……私はあなたの全てを否定する」
「当然の話ね。私はあなた達が言う『前回』……その世界を、この手で壊した。跡形もなく、荒野にした……だから憎んで当然よ」
「私は、憎むとは言っていない」
そこで『リリー』の表情に変化があった。興味を持つような……なんだか戸惑った顔つきだ。
「意外な言葉ね」
「だと思うよ。私だって、考えついた時にそう思った……でも、私は言う。憎むこともしない……あなたの所業が『闇の王』によるものであることは断定できる。全てを闇のせいにするわけでもないけれど、それでも恨みはしない」
「なるほど、私を憎悪の対象ではなく、ただ排除すべき存在と認知する……私自身は、それこそ人間ではなく災厄だと考え、そういうものとして戦うと」
そう述べると『リリー』は笑みを浮かべた。
「ええ、それならば理解できる……単純な恨み辛みではない、別の領域で勝負をつけようってことね」
「そうだね……そして私はこう言うの」
リリーは、決然と……目の前の自分自身に対して、
「私こそ、正しかったのだと。滅びる寸前のあなたに言うの」
そこで『リリー』は笑みを消した……何が言いたいのか、理解できたらしい。
「正直、私は他の世界の私が正しいとか、あるいは間違っているとか興味もない。あなたが抱いた感情はあくまであなた自身のもの……それが『闇の王』によってもたらされたものなのかも含め、わからないことは多いけれど……私自身、最初はそんな問答に付き合う気はなかった。でも」
リリーは眼光鋭く、自分自身を見つめる。
「確かに、同意できる部分はあった……共感できるものはあった。もし隣り合う世界で自分の姿を見たとしたら、私はきっと、調べようとするだろう。さすがに滅ぼそうなんて考えないけれど……もし自分よりも幸せな人生だったなら、それを見て何かしら思い浮かぶものもあるかもしれない」
リリーは視線をまったく変えない。真っ直ぐに『リリー』に対し語り続ける。
「その中であなたは、滅ぼすことを選んだ……自分が正しいと証明するために。それがあなたにとって本当の意思だったのかはわからないし、興味もない。ただ、一つだけ言えるのは――あなたが間違っていて、私こそが正しい」
「傲慢ね、ずいぶん」
「そうだね。傲慢で結構。私が……私こそが、正しい。そういう人生にしてみせるし、だからこそあなたの全てを否定する」
主張に『リリー』は黙した。それがどういう意味合いを持っているのか……やがて彼女は、
「なるほど、私と同じような本質……それこそ、同じ立場であれば自分がそうなっていたかもしれないということをあえて自覚した上で、自らが正しいと主張すると」
「そう。あなたと私は同一の存在……それをわかった上で……自覚した上で、あなたと戦う。そして自分が正しいことを証明する」
「それがあなたの答えか……なるほど、自分自身に対して言うのもあれだけど、シンプルだし何より良い答えね」
称賛、というよりどこか呆れたように『リリー』は語った。
「けれど、自分もまた同じようになったかもしれない……それは闇を求める可能性があるってことじゃないかしら?」
「それは間違いない。でも私はあなたがいたからこそ……そして仲間がいたからこそ、その選択を取らないと断言できる」
ピクリ、と『リリー』はわずかに身じろぎをした。
「もし私の所に来なかったら、私は似たような結末を抱いていたかもしれない……闇という力を求めていたかもしれない。でも、私には二つ……あなたという存在ともう一つの出来事があったから、もうその可能性はなくなった」
「もう一つ……それは何かしら?」
そこでリリーは俺のことを見た――なるほど、な。
「共に戦ってくれる人がいるからね」
「……愛だ恋だと言うわけでもなく、仲間か……私が抱いたことのない感情であることは間違いないわね。完全な孤独な私と、共に戦う人間がいる自分……ここだけは間違いなく、相反する状況にある」
「ええ」
「そんな答えを導き出すとは思っていなかったけれど、よくよく考えればあり得た話ね。ここは失念していたかしら。けれど、それも全て滅せば意味もなくなる」
「なら、どちらが正しいのか証明しようじゃない」
「そうね……ああ、ある意味、私はこれを求めていたのかもしれないわね」
両手を広げ、喜びを表現するように『リリー』は呟いた。
「私は多数の自分自身を滅してきた。けれど、これまでどういう想いを抱いているのか聞くこともなかった……いえ、訊く必要がなかったと言うべきかしら。私と似たような人生を過ごしてきた自分なら、答える内容も予想できた。でも、あなたは違う。明確な意思を持ち、自分の成したいことを持っている……そうね、認めるわ」
すると『リリー』は、笑みを浮かべる。それは今までとは違う、邪悪で醜悪なもの。
「私はあなたを滅ぼすために、こうやって世界を移動してきた……異世界からの住人と手を組み、一度滅ぼされてもなお、私に挑む存在……あなたを、倒すために」
「なら始めましょう。どちらが正しく、そしてどちらが上なのか」
刹那、闇が轟く――いよいよ、最終決戦が始まろうとしていた。