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最強皇女と魔法の王  作者: 陽山純樹
第四章
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顕現と破壊

 以降のことは、リリー自身まったく憶えていない。闇に触れた直後、体にそれが取り巻いて、何か心地よい感情を抱いた。

 ただそれと同時に、とある感情が芽生えていた。世界など――この世の全てが、どうでもいい。


 一種の破壊願望のようなものであり、それこそ『闇の王』を宿した証なのだが、その時のリリーは何もわかっていなかった。意識を手放し、まるでゆりかごの中にいるような暖かささえ感じ、それに身を任せていた。

 きっとこれは、闇との相性が良かったのだろうとリリーは思い返す。『闇の王』と同調したため、完全に一つとなり、完璧な力を手に入れることに成功した。


 夫の研究が上手くいっていた証左なのかもしれないし、あるいは単純にリリー自身の相性が良かっただけかもしれない。確実に言えることは――闇と同化したことで、世界を滅するだけの力を得た。それをリリーはただ暖かい世界に浸っているだけで、実現できるということだけだった。


「……え?」


 ある時、リリーは意識を覚醒させた。目の前には、見たこともないような荒野が広がっている。

 一体何が起きたのか。夫が研究していた闇に触れた瞬間から、何も思い出せない。


 自分はどこに連れてこられたのか。ただ同時に、リリー自身本能的に理解していた。目前の荒野。これはもしかして、自分が成したことなのではないか。

 そんな予感と同時に、リリーはある場所に目を留めた。荒野の一角。そこに、地下への階段がある。何の変哲もない場所にポツンと存在しているその場所に、リリーは足を踏み入れる。


 そこは、見覚えがあった。暗がりでわかりにくかったが――自分の屋敷の、地下室だった。


「……あ」


 完全に理解する。荒野だと思っていた場所は、都の変わり果てた姿だと。

 もしそうであるなら、リリーは泣き叫んでもおかしくはなかった。けれど、リリーはその時冷静だった。自分がやったと認識すると同時に、体の中にある闇がざわついた。悲しむ必要はない。そうすることは必要なのだと誰かがささやいた。


 リリーは手をかざす。それによって光が生まれた。魔法など使ったことがないはずなのに、自由自在に扱える。闇と化して溶け込んだ者の中に、魔法を使える者がいたのかもしれない。

 ゆっくりと地下室に歩みを進め、書物を手に取った。それは夫が研究していた『闇の王』に関するもの。ずいぶんと古めかしく、大昔に記されたものであると理解できた。


 それを読み始める。古語であったため普通は読むことができない。けれど、その時のリリーは容易く読めた。もしかするとこれは――夫の力なのかもしれない。

 それから、リリーはひたすら地下室に眠っていた書物を読み漁った。闇と同化したためか、食事や睡眠をとる必要すらなかった。人間を捨ててしまった――心のどこかでリリーは理解する。だが同時に、書物を読み進める度に夫が何をやったのか如実に理解できて、ひどく愚かだと思った。


「……こんなことをする必要は、どこにもなかったのよ」


 そんな感想を呟くと同時、夫から意識を離した。次にリリーは何をするべきか考える。外に出て、周囲を探る。人の気配はない。そればかりか荒野が広がり、植物すらも消え失せている。

 自分は闇と同化して、どれほど世界を壊したのか。リリーは歩き始めた。果てのない旅路で、朝も昼も夜も歩き続けた。疲労感はなく、足に痛みを感じることもない。ただ世界がどうなっているのかを確認するために、リリーはひたすら歩き続ける。


 荒野を進み続けると、やがて海に出た。そこまで植物一つすらなかった。どうやら大陸全てを、蹂躙したらしい。

 リリーは小さく息をつくと、海へと近づいた。魚はいないか……じっと目を凝らしたが、動くものは何一つ見当たらなかった。


 ああ、そうかと――全てを滅ぼし尽くし、自分は元の場所に戻ってきたのだと理解した。もう世界を見なくとも理解できる。海を越えた大陸も、全て――自分は、闇によって滅ぼしてしまったのだ。


「私以外に、誰もいない……」


 けれど、不思議と恐怖はなかった。むしろ、ならばもうこの世界から脱しようと、ただ感情もなく考えた。

 世界を渡る方法は、リリーは闇と同化したことで得られていた。ただしこれは、この世界全てを飲み込むことによって初めて成し得るもの。際限なく魔力を取り込み、世界を消してようやく行える、大事業。


 リリーはそれを躊躇いもなく実行した。平行世界への移動――それは、取り込んだ世界の魔力全てと引き換えに実行されるもの。ほんの少しだけ異なる世界線。そこへ飛ぶだけでも、内に抱える大半の魔力を消費する。

 あらゆるものを犠牲にして、リリーは平行世界への移動を行った。気付けば目の前に海岸。だが背後には、緑生い茂る木々があった。


 遠くには漁船らしきものが海に浮かんでいるのが見える。さらに子ども達が海岸を走り回り遊ぶ姿さえ見える。

 リリーはそれを無感情で見据えた後、元来た道を引き返す。ただ漫然と大陸を歩いてはいたが、今回は違う。街道沿いに進めば、都へ戻れるだろう。


 とはいえ、自分はもう人ならざる身。下手に人間へ干渉すれば何が起こるかわからない。だから可能な限り、見つからないように――街道を利用して方角を把握しつつも、進むのは森の中など目立たない所。そうしてリリーは都へと戻る。そこは彼女が幾度となく見た賑わいが、確かに存在していた。

 リリーは日付を確認する。それによると、自分が闇と同化する一年前になっていた。時間軸については、多少前後してしまう。それを認識すると、リリーは一度町を出て次にどうすべきか考える。


 この世界にも、私はいるはずだ――よって、自分という存在が見つかればどうなるかわからない。可能な限り、見つかるべきではない――そんな結論に至った後、リリーはならばこの世界の自分は何をやっているのか気になった。

 同じ夫と結婚しているのだろうか、それとも、別の人と――リリーは自分自身のことに興味が湧いた。いや、より正確に言えばそれ以外のことに関心が向かなかった。


 果たして自分は、幸せだろうか。それとも、不幸なのか――それを知ったからどういう行動をするのかわからない。だがリリーは知りたかった。この世界の自分は、どうなのか。

 だからリリーは見咎められないよう密かに自分がどうなっているのか調べ――遠目からその姿を確認した。


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