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最強皇女と魔法の王  作者: 陽山純樹
第四章
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闇に触れる

 リリーが夫の行動を目の当たりにした数日後、彼の同業者が幾人も屋敷を訪れた。


 おそらく大変な仕事なのだろうと彼女自身考えていた。だから来訪者の応対は侍女に任せ、自分は基本的に出ないことにした。迷惑を掛けてはいけない――そういう考えの下で、彼女は日々を過ごした。何も変わらない日常――けれどそれは、あくまで彼女の感じる世界の中においての、話だった。

 兆候は存在していた。幾度かリリーは外出し、そこでお茶会で同じような立場の婦人と話をする機会があった。どうやらお城では権力争いが白熱しているらしい。皇女であるリリーにとっても決して無関係の話ではないかもしれないが――それでも、興味の外だった。


 だから、何かを問われてもはぐらかすだけだった。もしかすると、夫の立場について理解することができたら、問題は解決できていたかもしれない。しかしそうはならなかった。だから今の『リリー』がいる。

 様々な兆候を関係ないと無視し続けたある日、リリーは屋敷内を歩いていた。そこで、地下から何やら話し声が聞こえてきた。


 ただそれは、決して明るいトーンのものではなかった。下手すると怒号と呼べるかもしれないそれに、リリーは一抹の不安を覚えた。何かあるのか――もしかして、失敗したのか。そうであれば自分にできることは、夫に声を掛けて励ますことくらいだ。

 リリーは少し逡巡して、夫のいる場所へ赴くことにした。よくよく考えれば、なぜそういう選択をとったのか、明確な理由があるわけではなかった。ただ、リリーとしても予感していたのかもしれない。ここで何もしなければ――良くないことが起こるのではないか。


 もしもの話ではあるが、きっと行動をしなければ良かったのかもしれない。だが、その時の彼女は――

 地下への階段へ足を踏み入れる。そこで、声が聞こえてきた。


「顕現はしたが、それだけでは使えないというのはどういうことだ!? 私達のやり方は、間違っていたと!?」

「落ち着け! 少なくとも呼ぶことはできたんだ。後はこれをどう利用するか、だろう?」


 混乱を呼ぶような夫の声。そして、それをなだめるような誰かの声。そこでリリーは階段下に到達し、部屋を覗き見た。

 そこにあったのは――漆黒。虚無とでも言うべき存在が、夫達の目の前にはあった。


「まず、制御できるかどうか……だ。それができなければ――」


 声が急に止まり、振り向いた。どうやらリリーの存在に気付いたらしい。

 途端、金縛りにあったかのようにリリーは動けなくなる。それと共に夫もまた気付いた。そして、顔を強ばらせる。


 もしかすると、自分は見てはいけないものを見てしまったのか――とはいえ声に出せない。リリーはどうすべきなのか、判断できず夫と視線を合わせる。

 そして、


「……すまない、怖がらせてしまったようだ」


 夫は、笑みを浮かべる。ただそれは、普通とは違うとリリーもわかっていた。何かを誤魔化すときに見せる、柔和な笑みだ。


「ずいぶんと怖い実験をしているようにも見えるが、安心して欲しい。これはまだ途中でね。やり方がまずかったようで――」


 そんな解説をする間に、虚無がわずかに動いた。夫以外の研究者はそれに気付いて首を向ける。

 それと同時に、研究者の幾人かはリリーへ目を向けた。そしてどうやら、何かに気付く。


「……魔力が、同調しているか?」


 その言葉に、夫は目を見張る。


「何……?」

「どうやら彼女の魔力に反応しているようだが」


 リリーにとっては理解できない状況。わかることは、目の前の虚無に対しリリーは何もしていないが、何かしら反応を示しているということ。


「……どうする?」


 夫へ問い掛ける研究者。誰もが沈黙し、夫の言葉を待つ。

 何が起きているのか。リリーは何もできないままただ夫へ視線を注ぐしかない。


「……君は」


 やがて、夫が口を開く。


「魔法などに、触れたことはないはずだよな?」


 頷くリリー。そこで夫は、


「どうやら君には、魔法を操る才能というのがあるようだ……ならば、是非手を貸して欲しい」

「……何を、すればいいの?」


 膨れあがる不安。目の前に存在する闇からは根源的な恐怖を抱く。一体これは何なのか。そして夫は何をしようとしているのか。

「この闇に触れてくれればいい。現在、これは私達が制御できない状況にある。けれど君の力を借りれば、それを果たせるかもしれない」


 それをして、何になるのか。リリーは疑問ではあったし、また同時に困惑していた。


「闇に触れる。それだけでいい。それさえしてくれれば、後のことは私達がやる。頼む」


 それは、懇願するような言葉だった。リリーがわかることは夫が切羽詰まっているということだけ。それがどういう理由なのかわからない。

 ただ、様々な感情があったにしろ、夫を少しは助けたいという気持ちは、多少なりともあった。目の前の虚無がどれほど恐ろしい存在であろうとも、夫が頼ってきたのであれば――


「……私」


 やがてリリーは、声を上げる。


「私に手伝えることが、あるということよね?」

「ああ、そうだ」

「おい、いいのか?」


 研究者の一人が声を上げる。


「ここで巻き込んでしまったら、場合によっては彼女にも――」

「わかっている。でも、同じだとは思わないか?」


 問い掛けに研究者は押し黙る。


「そう、同じなんだ。ここで挽回できなければ、失われてしまう。ならば、私の全てを捧げてでも……成し遂げなければいけない」


 ――その言葉は、どういう意味でいたのか。全てを捧げるというのは、自分自身だけではなくリリーのことを含めてなのか。

 答えが出ることはない。既に夫の存在は消滅し、推測することしかできない。ただ一つ確実なのは、追い詰められた末に夫はリリーにすら頼ろうとしたことだけ。それが良い話なのか悪い話なのかはわからない。ただ、今までこんなことはなかった。だからこそ、リリーとしても支えたいと思ったのだ。


「ええ、わかったわ」


 リリーは改めて返事をする。それにより、夫や研究者達もまた覚悟を決めたようだった。


「なら、これに触れてくれないか?」


 目の前の虚無を指差す夫。それを聞いた後、リリーはゆっくりと手を伸ばし、闇に指先に触れる。

 刹那、リリーの身に大きな変化が起こった。


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