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最強皇女と魔法の王  作者: 陽山純樹
第四章
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世界を壊す扉

 闇を手にした平行世界のリリー。しかしそれは当然、望んだようなものではなかった。


「……あら?」


 庭園で花の手入れをしていた時、リリーはふと視線を巡らせた。貴族と結婚して、およそ数年。政略結婚のような形ではあったが、非常に優しい夫であり、リリーとしては幸せだった――いや、それはもしかすると幸せだと思い込んでいただけかもしれない。

 けれどリリーはそうした人生しか知らなかった。満たされているのだから、良いじゃないかという考えもあった。自身の人生を否定などしたことなどない。だからこのまま、穏やかな一生を終えるはずだった。


「ああ、すまない。その辺りに置いてくれ」


 リリーの夫が屋敷へ帰ってきて、何やら指示をしている。声に反応して向かってみると、たくさんの資材を置く作業員の姿と、リリーの夫の姿があった。


「これ、どうしたの?」


 疑問に思い問い掛けると夫は優しげな笑みを浮かべ、


「ああ、魔法関連の資材だよ。家にある地下工房で、少しやりたいことがあってね」


 ――夫は貴族であると同時に、魔法の研究者でもあった。本来ならば立ち位置から政争などに縁がなさそうにも思えるが、実際のところ研究を進めるには金も資材もいる。だからこそ、立場が必要だった。

 そうした中でリリーと結婚した――とはいえ、彼は研究者としてリリーに目もくれず、といった雰囲気ではない。政略結婚という形に近いものであったため負い目でも感じていたのかもしれない。いつ何時話し掛けても、夫はリリーに対しとても優しく応じた。


「作業はこちらでやるから何も心配しなくていい」

「わかったけれど……ずいぶんとたくさんあるのね」

「まだまだ増えるぞ。でも、工房にはきちんと入るから、屋敷内が物で溢れるなんてことにはならないから、心配ない」


 夫が告げる。リリーとしてはその辺りのことを懸念していたわけではなかったが「そう」とだけ応じた。

 作業者が淡々と荷物を屋敷へと運び入れる。工房があることはリリーも知っていたし、魔法実験を行っていることも理解している。それが仕事であり、また同時に彼にとってかけがえのないものであることもリリーはわかっていた。


 それに、リリーにとっては魔法のことなど遠い異国の話を聞くくらいには関係のないものだった。夫が行っている仕事の内容を知っているわけでもないし、説明されても把握することはできなかった。リリーは幼い頃から皇女として、社交界を渡り歩くためだけに教育を受けてきた。そこに剣や魔法などといった話は一切出てこなかったし、必要とされてもいなかった。

 リリーもそれで良しと考えた。だから、資材を見てどういう物なのかさえ、理解することはできなかった。


「……何か、手伝いましょうか?」


 荷物の多さにリリーは告げる。けれど夫は、


「大丈夫。それよりリリー、今日は何も予定がないのかい?」

「お茶会は明日なの。だから今日は花の手入れをしようと思って」


 リリーにとって、唯一の趣味と呼べるものだった。夫はそれを受け入れ、屋敷内のある庭園に様々な花を植えた。昼食後、それを丹念に世話することがリリーにとっての日課だった。


「そうか……こちらのことは何も心配いらないよ。花の手入れを続けてくれ」


 ――その時、リリーは少しだけ違和感を覚えた。決して夫はリリーを邪険に扱わない。しかし、この時の夫はリリーにあまり作業を見られたくないのでは、と感じた。

 とはいえ、その理由はわからない――何かよからぬ実験なのだろうか。けれどそうした実験をする必要性はリリーと結婚したことでないはずだった。少なくともリリーはそのように思っていた。


 ただ、リリーとしては魔法のことも、政治のこともまったくわからない。夫の立場がどういうものなのか認識することさえできない。だから、違和感を抱いたとしても、それを口にすることはできなかった。


「……わかったわ。何かあったら遠慮なく言って」


 リリーはそう言い残してこの場を去ろうと踵を返した。夫は少しばかり刺々しいような――言うなれば、今まで見たことのない硬質な雰囲気だった。もっともそれは、例えば今回搬入した資材がとても高価なもので、気を遣っているのかもしれないし、あるいは国からの口外しないよう厳命でも受けていて、緊張しているのかもしれない。もし後者であれば、国から大きな仕事を任されたことになる。そういう意味ではおめでたい話なのかもしれない。


「ああ、リリー、ちょっと待ってくれ」


 離れる寸前、リリーは夫に呼び止められる。


「今回の仕事、国の機密的な部分に関わっているんだ。だから、その……他言無用で頼むよ」


 ――そもそも、リリーは誰かに夫の仕事ぶりを話したことは一度もない。魔法の研究をしているというくらいで、何も知らないからだ。

 よって、そのように話さなくとも問題はないはずだったし、夫もそれを理解していたはずだ。しかし、その時はリリーへ釘を刺した。もしかすると、ここが分岐点だったのかもしれない。どういった研究なのかを問い質していれば、変わっていたかもしれない。


 けれど、リリーはしなかった。いや、することすら思いつかなかった。ああ、やっぱり国との研究なのだと思い、大仕事が回ってきたのだろうという解釈だった。


「……ええ、わかったわ」


 リリーはそう応じた後に、微笑を見せる。それで夫は安心したのか、


「うん、急にこんな形で慌ただしくしてすまないな……数日後には城の方でパーティーが控えている。もし良ければ、私が着ていく衣服を、選んでくれないか」

「わかったわ。新調することになるかもしれないけれど」

「それでもいい。君の隣にいても遜色のない格好で頼むよ」


 ――やはり、負い目なのかもしれない。だからこそ、研究で巻き返そうとしていたのかもしれない。


 もしかすると、皇族と結婚したことによる焦りだったのかもしれない。望んだ身分を手に入れた。しかし、自分には不相応なものであり、結婚したリリーと比肩しうる何かを持っていなければならないと思ったのかもしれない。

 それが必要に迫られてなのか、それとも自分自身の判断でそのように思ったのかはわからない。今の闇と融合したリリーにもわからないし、きっと永遠に不明なままだろう。


 ある種、それは心残りであることなのかもしれない――ともあれ、その時のリリーは彼の言葉に小さく頷くことで応じた。こうして、世界を壊す扉は開かれてしまったのだった。


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