古代の術式
魔力の激しい衝突により、周囲に闇の炎が拡散する……が、リリー達はそれを全て除去し始める。ひとまず周囲の大地に被害が生じてはいるけど、遠巻きに存在する森林には影響がない……これは幸いと言うべきか。
ただ、時間が経てばどうなるかはわからない。そもそも近くには『仮面の女』が存在する。命令を与えることができるのは間違いなく、だからこそ一気に事態が変化してもおかしくはない。
俺はさらに魔法を放ちながら黒い柱を見据える。魔力は確かに減っている。しかし一向に闇を放つ力は緩まない。
「大地から無限に魔力を吸収したら手が付けられなかったけど……」
「妖精郷の魔力は吸えない、ってことなんだろうね」
リリーはそう告げながら闇の炎を叩き落とす。
「でもあの巨大な力を誕生させるだけの魔力は存在していた」
「……妖精郷内の魔力を何かしらの形で変換できるのは間違いなさそうだな。もし巨大な闇が今以上に窮地に立たされたら……それを使ってきてもおかしくはない」
何かしら制約があって使用できないとか? 例えば魔力を吸えば妖精郷の魔力が一気に枯渇してしまう……それは『仮面の女』としても本意ではない。
ふと、俺は『前回』この場所に生じた『闇の王』について考察する。巨大な闇が妖精郷を覆い尽くし、滅した……そういうことであれば、何かしらの手段で魔力を溜めておき、それを一気に放出して顕現させた、と考えるのが自然か。おそらく目の前の黒い柱は同じプロセスで作られていると考えていい。ということは、やはりあれは『前回』と同じ存在だろうか……。
「必要な魔力が足りず、妖精郷を覆うだけの規模にはならなかった……この辺りが妥当な回答だろうか?」
「その可能性は高そうね」
クレアが俺の言葉に同意する。次いで彼女は近くに飛来してきた闇の炎を弾き飛ばした。
「正直『闇の王』についてはわからないことが多いけれど……よくよく考えたら『前回』の規模まで肥大するには相応の魔力が必要だった……町などを飲み込むことによって魔力を得ていたと考察することもできるけど、それ以前にこの場所でしっかりと魔力を蓄えていたからこそ、遂行できたと考えるのが妥当かしら。そして現在、私達が来訪したことで、敵も逃げられないと悟った」
「筋書きとしてはそれがしっくり来るけど……」
言いながら俺は魔法を放つ。不死鳥、雷光、光弾、さらに氷など色々な魔法を放ってはいるのだが、属性として何かしら有効なものはないようだ。魔法が直撃しているのでダメージを与えてはいるのだが、決定打がない。
やはりここはエリテの策に期待するしかないか……問題は時間がどれだけ必要なのか。俺達だって可能な限り時間を稼ぐわけだが、これは結構時を要する作戦だ。やれるだけやってみるが、果たして――
「あの敵は、何もしてきませんね」
ふいにアゼルが炎を消し飛ばしながら告げる。俺も遠視魔法で確認しているが、闇の柱の根元部分に立っているだけで、何もしてこない。
「あの場所に佇んでこちらを見ているのは間違いないようですが」
「アゼル、この距離から魔力を探ったりはできないか?」
「とっくにやっていますよ。ある程度魔力の質は捕捉できますが、それで誰なのかわかるようなものではありません……というより、質的には既に人間を辞めています」
「つまり『闇の王』と少なからず同化しているということか……」
ただ、ここで魔力の質を観測できたのは大きい。もしここから逃げられても……それは最悪の事態だし、絶対にやらせたくはないが……そうなっても追いかけることができる。
俺達の存在が認識されてしまったため、決着をつけたいところなのだが……と、俺はここで、
「あの敵……俺がどれだけ魔法を使っても効いていないわけだが、どういう理屈かわかるか?」
「推察はいくつかできますが、おそらく次元魔装の類いでしょう」
次元? アゼルの言葉に首を傾げると彼は解説を始めた。
「古代に存在していた術式です。一応遺跡などで発掘できる資料などを基にして再現に成功した事例もあります……攻撃が通用していないのは、僕達に『仮面の女』は見えていますが、実際のところ相手は次元が違う場所にいて、攻撃を素通りしているような状況かと」
「例えば分身とか、そういう類いとは違うのか?」
「単なる映像という可能性は低いでしょう。映像を見せるにしてもわざわざ自分自身の姿を見せつけるのは意味不明ですし、なおかつあの敵には魔力がある……次元が違うと言ってもそれは薄皮一枚程度のもの。僕達が立っている現実世界に限りなく近い場所ではありますが、攻撃などをすり抜ける程度にズレている、とでも言いましょうか」
「こちら側から干渉はできないってことだな?」
「はい。ただあれでは相手もこちらへ攻撃できません。次元の向こう側にいる相手は、魔装を用いた攻撃を行ってもその攻撃が次元を越えることはできませんので」
なかなかに面倒な仕様……とはいえ、
「それを使って逃げることは……できないんだろうな」
「術式としては、おそらく一定空間……この場合『仮面の女』の周辺を対象に次元を越える……そういうものであり、移動すれば効果が途切れるといった類いのものかと」
「であれば、あの柱さえ倒せば決着をつけることができるわけだ……ただし、最大の問題は俺達が攻撃するにはどうすればいいか」
「相手が魔力をなくし、こちらの領域に戻ってくる以外にないかと」
「既に『闇の王』の魔力を抱えている相手だし、悠長に待っていても魔力はなくならないと思うけど……ま、いいや。ただ、そうした術式を知っているのなら、相手は遺跡の研究データなどを把握しているということになるが」
「力を求める人間に教えてもらったとか、いくらでも理由付けはあると思いますが」
「ああ、確かに……大陸各地を周り、力を提供する代わりに何かしら魔装を得る……そういう風に、強くなっていったと」
俺は相手の行動を推察する。やはり『仮面の女』……最大の脅威で間違いなさそうだった。