夏の天敵
正直、夏の季節については冷気を懐に入れていても汗ばむくらいだったので、歩き回るのも億劫になるくらいだったのだが……俺達はそういう感情をどうにか押し殺して調査を進める。
「大変そうだね」
そんな様子を見て取ったかジェーンが俺とリリーへ声を掛けてくる。
「夏だから大変なのかな?」
「そうだな……ちなみにだけど、妖精は汗とかかかないのか?」
「もちろんかくけど、元々夏に存在する妖精は慣れているから」
つまりこのくらいの環境では問題ないというわけだ。
「うーん。仮にこの領域に『仮面の女』がいるにしても、さすがにこの空間に居続けようとは思わない気がするんだけど……」
「私も同感」
リリーが呟く。彼女もまた結構この暑さに難儀しているようだ。
「これじゃあ私達としては作業効率が下がりそうだね」
「ああ……クレア達は大丈夫かな」
アゼルとか、体力的に歩き回るのはどうだろうな……ここまで到達できるだけの体力はあるけど、暑さがあるだけで結構体力が削られるものだな。
「少し休む?」
ジェーンが問い掛けてくる。ふむ、休まずよりはその方がいいのかな?
「水でも飲む?」
「確かに水分補給をした方がいいかも」
なんというか、俺達の方も夏の気候になれていないことも要因だろうなあ……というわけで川に近づいて水を飲む。冷たい感触が体を流れる感覚。川の水は思った以上に冷たく、顔を洗ってみるとずいぶん気持ちが良い。
「スッキリするな……と、リリー。さっきそっちも言った通り作業効率は落ちるだろうから、今日はゆっくりやろう」
「そうだね」
昨日の時点では歩き回らないといけないから時間が掛かるという見立てを立てていたけど、結果として体力が削られるので時間が必要とは想定していなかった。
このまま調査を続けて『仮面の女』と戦うことになったら、果たして対抗できるのか……そんな懸念さえも抱いてしまうくらいには面倒な状況だ。秋とか冬とかなら、まだ動けるかもしれないけど。
「もう少し休憩しようか」
リリーからの提案。俺はそれに頷き、近くの木陰で休むことにする。
ジェーンが周囲の妖精を話し込むのを見ながら、俺は座って息をつく。気温が高いために疲労しているだけではない。なんというか、この妖精郷独特の空気……具体的に言えば魔力が特殊なせいか、歩き回ることで想定以上に体力を消費しているのかもしれない。
「正直、私は思うんだけど」
と、リリーがジェーンを見据えて話し始める。
「この場所を拠点にすることはないんじゃないかな? 結構暑いし、どこかに隠れるにしても暑くて研究どころではないんじゃないかな?」
「冷気をまとわせれば……と最初は思ったけど、そんな魔力を発していたら事情を知らない妖精達に気付かれるだろうし、ここには拠点なさそうだよね」
ここで『闇の王』の研究をするにしても、さすがに集中はできないよなあ……思った以上に大変な環境なので、夏を拠点にしている可能性は低いと考えてよさそうだ。
まあ、だからといって調査の手を抜くことはできないんだけどさ……俺はゆっくりと立ち上がる。
「休憩は終わりだな……そういえば、昼食はどうする?」
「こちらで用意するよ」
と、ジェーンが率先して手を挙げた。
「人間のお口に合うかどうかはわからないけど」
「食事なら昨日『樹の王』の屋敷に滞在しながら食べたから平気だけど……何か特殊な素材でも使っているんですか?」
「ん、そういうわけじゃないよ。屋敷の食事が合ったのなら大丈夫かな?」
小首を傾げながら応じるジェーン。味覚については人間と似たようなものだと解釈してもよさそうだけど……まあその辺りは食事環境によって左右されるか。
冬の妖精とかはどうするんだろう。一年中冬ならば作物を育てることも辛いはずだけど。
「食事をする必要性はあるんですか?」
「魔力を取り込めばいいわけだから、別にいらないんだけど、やっぱり人生には張り合いがないといけないよね」
……雰囲気的にはやりたいからやっているといった感じか。まあそれはそれでいいか。
そこから俺とリリーは休憩を終えて動き回るのだが……残念か、それとも幸いか。夏の領域を全て調べたわけではないが、『仮面の女』はいないようだ。
「そういえば」
俺はジェーンへ問い掛ける。
「この場所に出入りしている可能性はゼロじゃないので聞きますが、怪しい存在が入ってきたことは?」
「さすがに気付くと思うんだけどなあ」
呟きながらジェーンは腕を組み唸る。
「一応管理者だし、出入りについては特に注意を払っているし」
「そうですか……」
収穫はなしかな。そういう結論を抱きつつ、時刻が昼を迎えようとしたので一度クレア達と合流することに。
少しして顔を合わせたところ、クレアやアゼルも多少疲れた顔をしていた。
「そっちも大変そうだな」
「暑いからね」
「まったくです」
クレアとアゼルは苦笑する。一方エリテは二人の様子を見て笑っている。彼女については平気なようで、さすが『樹の王』といったところか……いやまあ、王とは関係の無いことかもしれないけど。
「昼食については体が涼むものを用意しましょうか」
エリテから嬉しい提案。俺は「お願いします」と応じると彼女は笑った。
「現状、ペースはあまり上がっていませんが、この調子ならば今日中に作業が完了すると思います。今日のところは我慢してもらい、秋と冬へ速やかに向かいましょう」
俺達は一斉に頷く……まだ午後もあるのかと思うとなんだかテンションが下がりそうだけど、緊張感は維持しなければならない。
「全員、暑いから大変だと思うけど……いつ何時戦うかわからない以上、戦闘態勢にいつでも入れるようにはしておいてくれよ」
俺らの指示によりリリー達は深々と頷いた。最大の脅威と戦闘になるかもしれない以上、リリー達は十二分に備えているといったところか。
この様子なら安心か……そこで話を打ち切ってエリテへ食事をする場所の案内を頼む。彼女はジェーンと共に先導を開始して、夏の領域で一番大きな建物へ向かう。そこは大きな屋敷。ここについても調べるべきか、などと考えながら俺達はそこへと入った。




