中央の大樹
春の季節が巡る場所へ足を踏み入れた瞬間、柔らかい風が俺達を出迎えてくれた。気温は丁度良く、風により草木がザアア、と葉擦れの音を奏でる。目前の光景は、山を下りて平原にでも向かえば見ることができる風景……なのかもしれないが、取り巻く魔力などがかなり濃く、ここが妖精郷なのだと認識させられる。
俺は周囲を見回しながら先導する妖精についていく。向かっている場所はどうやら妖精郷の中央に位置する大樹。そこに『樹の王』がいるということか。
それなりの広さがあるため歩くといっても結構な距離がある。ふむ、この状況下で相手が何か答える可能性は低いけど……やれるだけやっておくか。
「あなたは『樹の王』の護衛か何か? それとも、外周部の警護をする守衛のような立場か?」
答え、返ってくるかなあとあんまり期待していなかったのだが……、
「私は守衛です。この周辺に存在する敵対勢力と戦っています」
そんな返答が妖精から返ってきた。
「妖精郷は万能な場所ではありません。結界を構築されていますが、魔物などが侵入してくるケースもありますので」
「この結界に強度はないと?」
「ゼロとは言いませんが、そもそもこの結界は外部からの攻撃を遮断するものではありませんから」
外と中を隔離しているのは事実だけど、防衛能力はあまりないと。警備などは必要ということか。
「結界については内側から外側に出ることは容易ですが、逆は我らの王が許可した者でなければできません」
「なるほど」
許可制か……ここで問題になってくるのはゴルエンの推測について。ここが『闇の王』出現場所だと確定したわけではないが、その可能性は十二分にある。もしそうであればこの警戒網を突破したということになる。
『闇の王』が出現した場所ということで『仮面の女』が関与していると俺達は推測したわけだが、『樹の王』が許可する者だけ自由に出入りできるとしたら、少なくとも妖精達から信用に置かれている存在だということになる。俺達は人間だと考えていたけど、出入りができるのなら妖精だったという可能性もあるのか?
あるいは『闇の王』の魔法や能力であれば、すり抜けることができるのか? その辺りについては『樹の王』から聞き出さないといけないな。もっとも喋ってもらえるのかが疑問だし、最初のハードルではあるが。
逆に『仮面の女』が人間で、ここに許可されて出入りしているのであれば、一気に事態が進展する可能性もあるのだが……まあ、そう簡単にはいかないだろうな。
俺達は案内によりひたすら歩き続け、春の季節を抜けた。中央部分についてだが、気温そのものは春と比べれば少しばかり低いくらいだろうか。そして目前に見える大樹だが……妖精郷を外から見るよりもずいぶんと迫力がある。
見上げなければ上まで見れないほどの巨木。そしてそこから発せられる強い魔力。樹の魔力は形容すれば生命力溢れる……という感じだろうか。枝先から魔力がうっすらと放出されているようで、大樹一帯が厳かな魔力に包まれている。
「こちらです」
いよいよ終点に近くなったのか、先導する妖精が言う。俺達は無言で彼女の言葉を受け止めながらついていく。
大樹へ向かう前に、俺達の目の前に橋が現われた。どうやら大樹を囲うようにして川ができている……いや、これは妖精郷全体に巡らせた川、というよりは水路かな。
「綺麗な場所ね」
と、クレアが大樹を見上げながら感想を述べた。
「外から見ていると幻想的だとさえ思える場所だけど、こうして実際に入ってみれば……その考えがさらに増幅された」
そんな風に彼女が語る間に橋に足を踏み入れる。石材らしいのだが、どうやって建築したのだろう。
「これ、誰が造ったんだ?」
「それを言うなら建造物全般に当てはまるでしょ? ほら」
リリーが前方を指差す。大樹の目の前には、大きな屋敷があった。樹木の迫力に今まで見えていなかったが、ずいぶんと立派な建造物だ。
「ここまで人間の大工が来たとは思えないし……」
「これらは全て、魔法です」
と、案内役の妖精が声を上げた。
「人間の方々が建築される姿を模倣したのです」
「魔法……それだと、魔力が途切れたら消え去るということか?」
「はい。しかし我らが王と王が宿る大樹があれば、消えることはありません」
魔力は潤沢だからか……と、ここで妖精はさらに続ける。
「あの橋や建物が消え去る時は、既に妖精郷から魔力がなくなっている状況……崩壊していることを意味しているわけですし、考えるだけ無駄でしょうね」
なるほど、そういう理論か……。
「この妖精郷が崩壊、というのは当然大樹の魔力が枯渇すること、だよな?」
俺の疑問に妖精は「はい」と応じ、
「とはいえ地中からだけでなく、太陽から発される力からも魔力を受け入れる大樹ですから、物理的に破壊されない限りは消え去ることはありませんよ」
……太陽から発されるというのは、別に太陽が魔力を出しているわけじゃない。元の世界の論理で言えば、光合成をする際に酸素の他に魔力も生成する、といったところか。枯れ果てるようなことがない限りは大丈夫ってことかな。
そうこうする内に俺達はいよいよ屋敷の前に到着する。白い建造物で、外観も領主が暮らしているような出で立ちだ。
ただ『樹の王』と呼ばれるような存在であるため、そういう肩書きと比べればずいぶんとおとなしいのかな? 神殿とか城とかではないし。
「別に城でもよさそうなものだけど」
と、リリーが感想を述べると妖精は、
「我らが王はこれでもずいぶんと大きいと仰っていましたが。そもそも自分が王などと言われることすらおこがましいと」
自分に自信がないのかな……。
「ただ、妖精郷という存在においてあの御方以外に王にふさわしい存在はいませんよ」
慕われているということか。
ここまで得られた情報としては、妖精達を束ねるカリスマ性もあるしそれだけの力も持っているが、王様自身はあまり自信がないってことかな。
自己評価が低いって解釈でよさそうだけど……ふむ、この正確が吉と出るか凶と出るか。まあそれ以前にきちんと話を聞いてくれるのか、というのが最大の問題なわけだけど。
俺達は屋敷の中へ。中は人間の屋敷と同じような感じで、妖精郷だから何か特徴があるというわけではない。広々としたエントランスがあり、左右の壁越しに二階へ繋がる階段と、左右に伸びる廊下。そして真正面に両開きの大きな扉が一枚。案内役の妖精はそこへ向かって行く。
こちらは黙ってついていくことにして、扉を開けた。そこも廊下なのだが、中庭が左右に存在しており、大樹の下でありながら太陽の光が差し込んでくる。
その途中で、俺は魔力を感じ取った。それは真正面に存在する扉の向こう側から発せられるもの。どうやらあの奥に『樹の王』がいるらしい。
「こちらです」
妖精が告げる。それと同時に扉を開けた――後は俺達だけで、というわけか。俺は妖精に「ありがとう」と礼を述べた後、部屋の中へと入った。