四季ある世界
――少なからず期待を込めて訪れた妖精郷。その全貌を見渡せる場所に立って確認した時、想像以上だと心の底から思った。
「これは……すごいわね……」
クレアが呟く。大陸を旅してきて色々な場所を知っているクレアでさえ、それ以上の言葉が出せない様子だった。
俺としても絶句する。この世界は、元の世界からすればファンタジー……つまり幻想的な世界だ。けれど目前に存在する妖精郷は、この幻想的な世界を基準に置いたとしても、遙かに幻想的なものだった。
まず、妖精郷が存在する盆地はかなり広い。大きい目の町がすっぽり覆おうくらいのもので、よくぞこの規模のものが人の目に触れなかったと思う。
加え結界については、盆地の端から端までをドーム状で覆っている。目に見えないが魔力を探れば感じ取ることができる。ここまでは別に驚くような要因はない。ここからだ。
俺達の真正面には、春の芽吹きを感じさせるエリアがあった。草原地帯に森が点在している、と表現するべきか。草木が生い茂る場所に木々が密集している場所があり、また泉や人間が暮らすような小屋が見受けられる。森の中には妖精達が住んでいるのだろうか……あの小屋は誰が住んでいるのか? 興味は尽きない。
その場所が妖精郷における南側だとすれば、東側……そこはまったく違うものが存在している。木々が生い茂っているのは同じなのだが、ひまわり畑がある。なおかつ、生育する草木も南側と違う。
「ひまわりってことは、あの場所は夏なのか?」
「たぶん、場所事に季節が違うんだと思う」
と、リリーは俺へ見解を述べた。
「結界により外界と隔絶されているけど、その内側にもう一つ結界が存在していて、区域を分けているんじゃないかな」
「なるほどな……」
俺は北側に目をやる。そこは深緑ではなく茜色――秋を連想させる色合いだった。実際に落ち葉などが積もっているので、気候も秋で間違いないだろう。
そして西側……ここは冬。一目でわかる。なぜなら真っ白――雪が積もっているからだ。東西南北の四区画に加え、それらの中央……そこに、巨大な樹木がある。あれこそ『樹の王』が宿る植物なのだろう。
「あの中心で、全てを管理していると?」
「あれだけじゃないわね」
クレアが指を差す。手前の春が存在する空間……そこにもいくつか中央に存在するような樹木がある。
なおかつ、白い雪に覆われる冬にも同じように樹木が……しかもどうやら枯れているわけではなく緑の葉をつけている。明らかにおかしいわけだが、どうやらあれが――
「中央の樹木を中心に、その力を含んだ木をそれぞれの場所に植えて、妖精郷を維持している、といったところかしら?」
「規模も広いし、まったく性質の違う空間を四つも構築しているわけだからな……しかし、本当に無茶苦茶な世界観だな」
「妖精は、季節を操る存在だと言われている」
と、リリーが突如語り出した。
「春を呼び起こす妖精、夏の到来を告げる妖精、秋の深まりを宣言する妖精、そして冬の始まりを警告する妖精……妖精というのは樹木に宿る存在だけど、その植物だって季節によって生育が違うよね? 一年中葉をつける植物もあれば、夏にしか咲かない花だってある……その特徴に影響を受けて、妖精達も季節ごとに存在している」
「はあ、なるほどな……各季節が来たと告げる妖精というのは、それぞれの季節で暮らす妖精がいるから存在しているわけか」
「そういうこと……さて、とうとう到着したわけだけど」
「俺達の存在に気付いていないはずはないと思うんだけど……どうする?」
「近寄ってみて、少し様子をみようか。さすがに結界をたたき壊して入るつもりはないし、そもそも武器を提供してもらおうって話なのだから、下手に出ないと」
ま、そうだよな……俺達は歩き出す。このまま進めば春の季節の場所へ訪れることになるのかな?
遠目だと妖精がいるのか判別つかないのだが……いや、もしかすると妖精の存在を見えなくするような魔法とかが結界にあるのかもしれない。俺達からは妖精の類いが見えていないわけだが、実際は結界ごしに俺達のことを観察していてもおかしくない。
妖精郷に客人が来ることはないだろうし、物珍しいからな……と、近づく間に視線を感じた。ふむ、これは、
「結界の外にも妖精がいるみたいだな」
「妖精郷の外で活動する個体がいてもおかしくはないからね」
俺の呟きにリリーが律儀に答える。その間に現われたのは、人間と同じ身長を持つ妖精……妖精だと断言できるのは、その背に光り輝く翅を持っていたためだ。
容姿は美人ではあるのだが、着ている衣服がどことなく厚いもので戦闘用なのではと推測するため、まとう気配は硬質なもの。もしかして妖精郷の周辺を警備している者なのでは……と推測したところで、相手は話し掛けてきた。
「この場所は妖精以外に立ち入ることはできません。ここまでお越し頂いた手前申し訳ありませんが、お引き取りください」
……閉鎖的な世界であるのはわかっていたので、この応対は至極当然。また同時に周辺から気配を感じ取った。どうやら茂みなどに小さな妖精が隠れており、下手に動けば魔法を放つ構えにあるのだろう。
「……俺達は『山の王』から話を受け、ここまで来た」
そう告げると、妖精は眉をひそめた。
「竜の王から……?」
「これが書状だ。あなた達の長が誰なのかはわからないが、これを渡してもらえれば、理解してもらえると思う」
書状を取り出す。ただここで「そんな書状を見せられても拒否する」とか言われたら面倒なのだが……ゴルエンの名を聞いたためか、おずおずといった様子で妖精は書状を受け取った。
「少々、お待ちください」
そして妖精は結界の中へと入り込む。さて、どうなるのか。
「少し時間が掛かりそうだな……とはいえ下手に動けないけど」
周囲からの気配はまだ続いている。変な動きをすれば即座に攻撃が飛んでくるな。
「ここで突っ立てるしか選択肢はなさそうだ……ちゃんと話を聞いてくれるかどうかだよな」
「手紙がきちんと『樹の王』にまで届けば大丈夫だと思うけど」
「ちなみに……『樹の王』というのはどういう姿なんだろうな?」
男性か女性か……個人的にはひげを蓄え妖精を従える賢者のような姿を想像したのだが。
「そういえば、ゴルエンもその辺り語っていなかったね」
「別に話すようなことでもない、って感じかな。そもそも顔を合わせればわかることだし」
俺は空を見上げる――なんだか近いように思えた。ここは標高が高いのだが、幸いながら魔法などで体を補強しているので高山病などの危険性はないのだが……改めて遠くまで来たなあ、と思う。
竜の都を訪れたのも結構な旅だと思っていたが、そこからさらに妖精郷か……ルーガ山脈のこともあるし、今回はつくづく山に縁があるな。まあ『仮面の女』からしてみればこういう山奥の方が潜伏しやすいってことなのかもしれないが。
そんなことを考えている間に、妖精が戻ってきて俺達へ入るよう促した。ひとまず手紙はきちんと効果を成したようだ。
よって俺達は妖精の先導に従い歩き出す。この場所で、下手すれば『仮面の女』とも遭遇するかもしれない……それを考慮し、俺は少なからず体に力を入れつつ、妖精郷の結界を抜け、中へと入った。