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夢意識 −ムイシキ−

作者: 召喚士



夢は自覚したときに惜しくなる

……そうだ、思い通りになるこの世界ゆめが惜しいのだ

醒めないでくれと願う一方、これは夢じゃないと認めない

夢現のまま、まどろむ



そう、これは蝶の夢

幸も不幸も入り混じる胡蝶の夢意識


――――最初に目に入ったものは、そう……足跡だ

ゴミひとつ落ちていないどこまでも続く、広く、真っ白な砂浜に足跡は残されて、その足跡もまた砂浜同様どこまでも続いていく

音は聞こえなかった

きっと砂漠であっても自分の足音くらいは聞こえるはずなのに、世界は無音だ

僕はその場所に覚えは無かった、もちろんその広い砂浜にぽつんと続いていく一組の足跡にもだ

『ぽつん』と、感じたのは感想だった

足跡は見えなくなる先まで続いている。だというのに一組だったからなのか『足跡が』酷く寂しそうに見えた

誰かが残した過去の経験を僕はジッと見つめて「・・・」を考えていた

なにも考えていなかったワケじゃない、「・・・」を考えていたんだ

ふと、この考えをもっと拡げていきたい

『拡げてみよう』そう思って、僕も足跡に続こうと思ったんだ







「で?」

話が終わったと同時に平山元章は携帯電話の時計を見て、持参したインスタント麺の完成度を窺いながら生返事をする

「『で?』って、それで終わり」

目の前の友人は答えを予想していたのか、溜め息を吐きながら怒ったような呆れたような顔をした

彼がカップ麺の蓋を取る……中空に少し湯気が広がった

その様子を見て僕は考える、大学の食堂まで来てどうしてこの男は持参したカップ麺を持ってくるんだ

カップ麺くらい大学にも売ってるし、第一食堂まで来てるんだから食堂のメニューを選べばいいのに、とつねづね思う

僕らが昼食を摂る真っ白い円いテーブルには平山元章が持ってきたカップ麺と市販の紅茶

そして僕、佐藤武彦がこの食堂で買ったパン数個、セルフサービスのお茶と水が置かれている

手の中のパンを口に運んで、お茶を流し込む。食堂まで来てパンを買う僕も人のことは言えないか

この大学には高校にあるような購買部は無い、食堂があるのだからわざわざパンを買う必要はないし、弁当を持参する必要も無いだろう

そこまで考えてから以前こいつ自身が教えてくれた理由を思い出した。ただ一言、『ここの飯はマズイから』

「そうか、んでなに?なんでそこで目が覚めたのか〜とか聞きたいわけ?」

割り箸を割って元章がいった。どうやら食べ頃らしい

「いや、夢はそこで終わったんだよ」

そう、さっきまでの話は全部夢の話だ

食堂に集まる予定の友人数名が到着するまで話題がなかったことと気になる夢を見たこと、そして僕とこいつの二人という珍しい組み合わせと状況がこの夢の話をすることになったキッカケだった

他人が聞けばマジになりすぎだ、というかもしれない

でもこの夢はただ気になるだけじゃない、もう何十回と見ているのだ

夢はなにかを伝えるメッセージって聞いたことがある

……何度も見るのは、もしかしたら何か僕に伝えようとしているのかも

伝えたいことがあるとして、その伝えたいことがわからないから誰かに話して意見を聞いてみよう、そう思ったのだった

個人の話をする時(この場合、夢という僕個人が見たものの話をする時だ)聞いてもらう人数は少ないほどいい

個人の話とは個人情報と同義、だからその個人にとっても話す相手にとっても、秘密を知るものは少ないほどいいということだ

誰かに聞くとしたら今しかない、と思い、自分でも不思議に感じるくらい自然に話をしていた

それにこれは僕だけが知ってることだが、元章はこの手の話に妙に詳しいのだ

「いや、わかってるよ。オレが聞いてんのは、その夢のどこに深い疑問を感じたのか?ってこと」

「全部」

「ゴホッ、ゴホン!」

ズルズル音を立てて食ってた元章が僕の返事を聞いてむせ返る

「大丈夫か?」

「……あのな、オレはさっきのオマエの素晴らしい言語表現に感動したんだぞ?『ゴミがない』『白く広い』『無音』『続く足跡』『他人の経験』さすがは言語の学生だ」

元章は指折りながら五つのキーワード挙げていき、最後までいい終えると称賛のつもりなのか両手を広げる

『あ、オマエが知らないこととしてな』と元章は付け加えると、今度はむせ返らないようにゆっくりと麺をすすり始めた

「これら全てに共通しているのは『自分の記憶に無いこと』だ。ここまで自分で解いてるじゃないか」

「う〜ん……」

こいつが言ってるのは、これらのキーワードは僕の疑問を解く文字通り鍵ではあるけど、もう考えるべきトコじゃないってことだよな

ヒントはくれるが答えは教えない、こいつの良いトコでもあり悪いトコだ

「じゃあ僕が足跡に続く前に夢が終わったのはなんでだろう?」

夢がそこで終わり、ってことは進もうとする前にその願いが絶たれた、ってことだ。つまり進めなかったということ

それだけじゃない、足跡の主について知ること場所について知ること、無音の原因についても――――

『その先でできること』が全て閉ざされた

元章はその質問を聞いて、少し考えてから頷く

「そうだな、『夢で伝えることはもう無かった』とか単純に『夢の先が無かった』とかいろいろあるかもしれないけど……たぶん間違いだからだよ、それ」

カップ麺を食べ終えた元章は体育座りをすると、背もたれとキャスター付きの椅子でどこぞの小学生のように回って遊びながら答える

他の友人が元章を見て変わったヤツだ、と評するのが判る気がする

「?考えを拡げるってことが?」

「そうじゃない、『進もう』って考えてるってこと。何もしなくても人間ってのは進んでるんだ。オマエはそこで『止まってる』自分のことを考えなきゃいけないのかもな」

……こういう過程をすっ飛ばした返答の仕方も他人に変わってるといわれる要因の一つなのだろう

どういう意味か詳しく聞こうとした時、後ろから声をかけられた

「なに話してんの〜」

長身の女性が僕達が使ってるテーブルの椅子を引き出して荷物を置く

「なんでもないよ梶原鞠子」

「なんでもないよモンロー」

「なんでフルネームなの?モンローいうな!」

うちらのメンバーのからかわれ役、梶原鞠子

中学時代にマリコだからマリリンと呼ばれてたらしいことを聞き出して、少しひねりを加えてあだ名をモンローにしてみた

だがお気に召さなかったらしくモンローと呼ぶたびに面白可笑しいリアクションをとってくれる

女の子というものは全くもって面白い、反応すればするほど男の子のその行為を助長しているというのに

「みんなは?」

今日はいつも一緒にいる遠藤卓也もいない、不思議に思って聞いてみた

というか食堂に来る時はいつもみんな揃って集まる、今日は本当に珍しかった

「あ、今日はみんなでカラオケ行ってるんだって、一日講義サボって!」

ライスと漬け物にお茶、プラスオレンジ一切れという信じられないほど質素な昼食を置いて膨れた顔をするモンロー

ちなみに置いてけぼりされたのが気に食わないんじゃない、真面目に講義に出ないことに腹を立てているのだ……と思う

「なんだみんな来ねぇのかよ」

「それより何の話してたの」

女の子なら夢の話とかに強いかな、と思ったけど彼女は恐らく例外だろう

理由は……言わずもがなってヤツだ

「あ〜、じゃあオレは行くわ、講義あるし」

……逃げたな

ヤツがとっているのはもう卒論の講義だけで、しかもその講義は昼食前に終わっている……

まぁ、僕の夢の話だ。なんていってほしくないけどな

尤も、元章がそれを言わないことがわかっているから相談したんだけど

元章が席を立つのを見て、もう一つ聞きたいことがあったのを思い出す

「あ、なぁ『・・・』ってなんだろうな」

テーブルから離れる前に声をかけた、これも知りたいことのひとつだったのだ

いや、夢で見たことの中で誰にもわからないことだと思うからこそ、一番意見を求めたい謎だった

元章は空になったカップ麺の容器を片手に立ち止まり、僕の顔をじっと見て少し考える

「……さぁな、わからん」

それだけ云うともうこの話には興味を無くしたようにさっさとどこかへ行ってしまう

「……」

ふと感じる虚無感……

答えてくれなかったことから感じる気持ちじゃない、むしろ答えてくれなかったことには安堵すらしていた

だとしたら、僕はどんな答えを望んでいたのだろう

「?なに、テンテンテンて?」

ワケもわからないまま僕と、食堂を後にする元章を見比べてモンローが僕に訊ねる

「なんでもないよモンロー」

「モンローいうな!」

結局、昼食で得たのは新たな疑問と満腹感だけだった







「今日はどうした?なにかあったのか」

「え?」

帰り道のバス停に向かう途中、一緒に卒論の講義を受けていた親友の小野和弥に肩を叩かれてハッと我に返る

「なんか授業中ずっとボーっとしてたぞ、寝不足か?」

どうやら卒論の講義中、夢のことについてぼーっと考えこんでたらしい

こりゃ重症、だな

「いや、ちょっとね」

「おい、なんか悩みあんならいつでも相談に乗るぞ?あ、金はねーけど」

軽い口調でこう言っているが、和弥が今僕のことを誰よりも心配してくれているのはわかっている

友人の異変にすぐに気がつき、誰よりも早く優しい言葉をかけてくれる

いいヤツだ

僕の誕生日会も開いてくれたし、まぁアレはそれにかこつけて遊びたかっただけかな

「いや、夢のことでちょっとね」

「夢?……あぁ将来のことか、そっか〜もう俺達四年だもんなぁ。感無量だな」

小説の登場人物のような科白を吐くのが和弥のクセだ。直せといつも言ってるのだが社会人になってもきっと変わらないだろうな

和弥はどうやら僕の言葉を就職や卒業のことだと勘違いしたらしく、『まぁお前ならなんとかなるだろ』と、励ましてくれる

だというのにそう励ましてくれるたびに僕は不安になる、どうしてだろう?

たしかに僕の進路はまだ決まっていない、一月の半ばだというのに卒業論文も就職活動も十分に進んでいなかった

……って、これならどんな励ましも不安になるに決まってるよな

僕は苦笑しながら、とりあえず和弥の間違いを訂正することにした

「いや、寝て見るほうの夢。なんか妙な夢でさ、何度も見るもんだから気になっちゃって」

「なんだそっちかよ、んで?どんな夢なんだ?」

「それは――――」

僕は和弥に夢の話をすべきかどうか少し躊躇った

和弥がすぐに聞いてくるのはただ気になるからだけじゃない

僕が悩んでいること、悩みの原因となる問題を背負い込み、問題の解決策を一緒に考えようとしているからだ

だからどんなに軽い口調で訊ねても、どんなに面白半分な態度でも、心配してくれる気持ちだけは真剣だとわかっていた

数年来の付き合いでそれがわかっているから僕は安心して相談することができる。逆に親友であるために相談しづらくもあった

彼にとっていらない負担にならないだろうか、迷惑をかけないだろうか……考えるのが少し怖い

「いいたくねーならいいけどさ、まぁ単なるヒマ潰しだから話せよ」

……と思ってたけどやっぱり僕の思い違いかもしれないので話すことにした

…………

……

「へぇ……変わった夢だな。んで『そこで終わった理由』と『・・・』がわかんないわけだ」

僕は頷く、元章と同じ説明をしたつもりだけど反応は随分違って見えた

明確な答えでなくても、和弥の意見を期待して僕は訊ねる

「どう思う?」

バス停でバスを待つ間に夢の内容は話し終えていた、幸い乗客は少なくて話しやすかった

今はバスの中で和弥の意見を待っている

なんだかんだいって夢の話を聞く時と話について考えている時の和弥の目は真剣だ

「そうだな、お前はどう思うんだ?あ、まず『そこで終わった理由』についてだ」

急に話題を振られたから思わず学食で考えたときのことを口に出した

「『これからできることが全部閉ざされた』ってカンジがした、かな?ほら、この後に探るとか動き回ることができないだろ」

話している間、和弥は『うん……』と頷いて、訊ねる前とはまるで別人のように真剣な顔で僕の意見を聞いている

元章も和弥も自分は誰かに相談を持ちかけられるほど色んな経験は無いという

けど相談を受ける人に必要なのは色んな経験とか様々な知識だけじゃないと僕は思う

大切なのは姿勢、相談内容にどう対応するかよりも相談を持ちかけた人にどんな態度で接するかが大事なことだと思う

自分自身、この夢はなぜか『夢の話だから』と無下にしたくない、されたくもなかった

僕は今ここにいる友人が真剣に話を聞いてくれるだろう、だからこそ二人を相談相手にしたんだ

真剣に僕の話を聞いてくれている和弥に対して、僕も真剣に自分の意見を述べる。相談相手に対する敬意だ

「だからこれは『夢はここで幕を閉じて、ここから現実で考えろ』ってメッセージなんじゃないかな?」

この答えは一人目の相談相手、元章から相談をして学んだ結果の一つだ

「そう、か?俺は『幕を閉じた』ってよりむしろ『夢から拒絶された』って思ったけどな」

和弥が少し自信無さ気に答えた

「夢から拒絶された?」

「お前はお前自身の夢に拒否られたんだよ、お前の考える『閉ざされた』っていう表現と決定的に違うトコだ」

夢が閉ざされたんじゃなくて、拒絶した?

「あぁワリ、なんつーか今のは俺も感覚で答えた」

不安げな僕の顔を見た和弥が慌てて訂正する

手遅れだよ和弥

自分を否定されるような単語を出されて自分の行いを振り返らない人なんてあんまりいないと思う

『夢から拒絶された』とはどういう意味だろう?

夢の内容を夢の中で探ることを拒否された?

それじゃまるで僕の夢に“イシ”があるみたいじゃないか

「いや、気を遣わなくていいよ。でも夢が閉じたのと拒絶するのと何がどう違ってくるんだ?」

「知らん、感覚で答えたっつったろ?それ以上は知らん!」

突然和弥は頑固オヤジのように腕組みをして踏ん反り返る。そんな無責任な

僕はまるで『娘はやらん!』といった珍妙な態度を取る和弥を見て、こいつに相談したのは間違いだったか?と後悔し始めた

「あっ、お前さどうして『誰かが残した経験』って思ったんだ?」

「えっ?」

急に話が変わったから何の話なのかわからなかった

足跡のことだろう、そう思って僕が足跡を『経験』と思った理由を思い出す

考えている間、バスは静かに揺れる。他に乗客のいないバスはまるで僕の言葉を聞くためにゆっくり走ってくれているようだった

…………

……わからない

目覚めた時はいつもただの直感でそう感じたのかと思っていた

考えてみればどうしてだろう。直感でそう感じたから?言ってしまえばそれまでだが、直感で感じた決定的な理由が見当たらなかった

「砂浜にはお前の他に誰かいたのか?その場合、足跡を残したヤツがいたかもしれない、ってことになるよな」

和弥が『いたかもしれない』というのは僕の『誰かが』という言葉から、その場に不特定多数の人がいただろうという推測だろう

不特定多数……

つまり夢の足跡を誰が残したのかもわからないほど人がいた?

いや、僕が見ていたのは足跡、それだって一組だけだったんだ

もし和弥のいうように僕の他にたくさんの『誰か』がいたとして、足跡の主以外のその人たちはどうして足跡をつけなかったんだろうか……?

つけられなかった。というならば夢の中だからありえないことではないかも知れない

だが普通砂浜を移動すれば当然その跡は残る

夢の中では多くの人がどんなことでも起こるように考えがちだが、実は『起こりえる出来事』しか視ることはない

夢だからどんな変なことでも見える、というのは単純に夢の内容に『矛盾』が見られるために感じる錯覚だ

その矛盾は生きてきたこの十何年間で、僕が出した自分の夢の『特性』だった。きっと和弥も似たような特性だったのだろう

「お前以外に人がいたとして、そいつらは足跡をつけなかったのか?つけられなかったのか?つかなかったのか……?これが他に人がいた場合、当然疑問になることだよな」

『他に人がいた場合』という点を少し強調して説明した和弥の言葉に、ハッとある一つの考えが浮かぶ

「あ、ってことは」

「あぁもう一つある。足跡はどっち向きに向いていたんだ?お前が立っていた後ろにも続いていたか、それとも途切れていたのかは知らねーケド、その足跡が『誰か』が残したんなら、その誰かはお前から見て前と後ろ……どっちに『進んだ』んだろーな?」

確かにそうだ、『誰かが』という夢の記憶に囚われて足跡の向きと進行方向を考えに入れていなかった

それどころか、もしかしたら足跡の主の正体って――――

「え、足跡は本当に『経験』なのかってこと?」

ひとつの考えを形にするように、和弥から言葉を引き出そうとする

「さぁな、あぁ『・・・』についてはお手上げだ、俺にはサッパリわかんねーよ。それと相談はここまでだ、相談ってのは考えを押し付けるもんじゃないだろ?」

悪いな、と申し訳なさそうにというよりは頑張れよ、と励まそうとする笑顔で和弥は云う

「あぁ、ありがとな」

バスが和弥が降りる停留所へ着いた

「じゃあな、また来週の講義でな」

『あぁ』とだけ返事をして和弥と別れた、僕の降りる停留所はまだ少し先だ

もう少し、自分の“夢”を整理しようと思った







家に着いた

アパートに入り、あまり片付かないワンルームの自分の部屋を見る

「夢も大事だけど、部屋の片付けも大事だよな」

独り呟いて苦笑した

散らかった部屋をよく見て、足の踏み場を探しながらも落ち着ける場所を探す

なんとなく足場を確保しようとする今の自分と、夢の自分とを比べていた

やっぱり変わった夢、なんだよなぁ

そういえば元章はどうして変わった夢っていう感想をくれなかったんだろう?

変わってると思わなかったんだろうか……まぁ夢なんてみんな変わってるものか

なにかわかってるのかな

心の中で呟いて結局適当な場所に腰を下ろす。ふと元章の言葉を思い出した

『たぶん、間違いだからだよ』

……元章の話、まだ途中だった。だけどもう会う機会は少ないだろうな

彼が卒論しか取っていないことを思い出す

来週の昼休みにもう一度聞いてもいいけど、今日みたいに二人だけになれるようなことはないだろう

仕方ない、こんな時期だってのに迷惑かもしれないけど――――

ポケットから携帯電話を取り出す

メールして返信を待つことにしたのだ

携帯電話を開くと大学の就職課やある企業からセミナーのお知らせメールが数件入っていた

三年生になったとき、四月の半ば頃に開かれた就職活動についてのガイダンスに出席して、その時携帯のメールアドレスを記入して以来ずっとこの調子だ

最初の内はどうということは無かったが、今では正直鬱陶しく感じている

「……」

僕はそれらを無視して元章のメールアドレスを探す

メールを送信した後、返事を待つ間に呆……と夢について考えていた

見た夢の話じゃない、将来を夢見た話のことだ

僕は昔、なりたいものがあった

昔、となってしまったのは自分が一体なにになりたいのか、自分のなりたいものがわからなくなっているからだ

あれもしたい、これもいいかもしれない。僕はそんな決断しなければならない状況に立たされている

どんな企業にでも内定できる、そんな素晴らしい成績を修めてるわけじゃない

なんとかいくつかの企業には内定できるだろう、というレベルだった

それでも、進んだ大学では“ソレ”になる資格は取れない

僕が通う大学では“ソレ”になること自体、不可能になってしまったのだ

「自分で決めたことのハズなのにな……」

今通う大学に決めたのは自分自身だ

この就職難の御時世、大学卒業後になってフリーターやニートなんてカッコ悪すぎる

いや、カッコ悪いで済めばいい。実際就職できるか否か、というのは死活問題なのだ

だから僕は自分自身の意思で夢を見るのをやめた

いや、これ以上自分よりも優秀な人間が、僕が目指した夢を叶えてゆくのを見て、生きたくなかったのか……

劣等感を感じながらも、小さい頃の夢を理由にすがりつくのが辛かったのかもしれない

〜〜〜♪

手の中の携帯電話が大好きなアニメソングの主題歌を歌い出す

思考をカットしてメールを開いた

元章からだ。相変わらず返事が早いな

「明日の昼、食堂で……か」

確認すると途端に睡魔が襲ってきた

正直、元章が応じてくれるとは思わなかったからお礼のメールでも入れようかと思っていたんだけど、たまらなく眠い

僕はそのまま寝っ転がって瞼を閉じる







昼、食堂に入ると元章は昨日と同じ様にインスタント麺を食べていた

昨日と違う点といったら昨日はラーメンで今日は焼きソバだということぐらいだ

「足跡を見て、考え始めて、んで『自分も進もう』とすることが間違い。オマエは進むってことと足跡をつけるってことが同義と考えてるんだよ」

「それって自分でつけた足跡だから?」

間を置かずに僕がそういうと『ん?』と云って元章は僕の顔を覗き込む

……と思ったらすぐに眼を細め、然もなるほどという顔をする

「?なんだよ」

「それが小野の意見か?」

焼きソバを一所懸命にかき込みながら元章が言った

「な、なんでわかったんだ?」

僕が驚いた顔をすると、既に食べ終わってお茶を飲んでいた元章は少し不快そうな顔をして云った

「いや、オマエがわざわざオレを呼びつけてきたし、オレが云った言葉にすんなり返事したからな。誰かから他の意見を聞いて、オレの云った言葉が後になって気になったんだろう?で、相談したのは小野あたりかなと」

「たしかにその通りだけど、和弥だってわかったのはどうして?」

こいつは僕が驚いたからって誰から相談したかまでわかるのだろうか、友人が超能力者じゃないことを祈りつつ僕は訊ねた

「確信したのはさっき。オマエ驚いただろ?誰かに『相談する』って人物はそう多くないもんだ、だから既に同じ相談した相手オレとはいえ信頼していた小野が他の誰かに自分の夢の話を『バラした』と疑って驚いたんだろ?」

元章は『疑って』といった時、少し鋭い目つきをした

さっきもそうだった。元章はこの推理を得意そうに、ではなく厳しい顔つきのままで種明かしをした

友人を疑ったことに少なからず腹を立てているのだろう

……そのとおりだった、僕は一瞬とはいえ親友を疑ってしまったのだ

「フゥ、まぁそんなことはどうでもいい、ちょっとオレも厭味が過ぎたよ。で、話の続きなんだが……」

きっと自分も同じように疑われるようなことがあってはかなわない、だから『ちゃんと信頼してくれるか?』という確認だったのだろう

でも元章が和弥のためにしたことでもあることを僕は知っている

……二人には悪いことをした

僕は二人に罪悪感を感じながら、改めて元章の目をちゃんと見て、話を聞くことにした

「『足跡をつける』ってことはきっと『経験を残す』ってことだ、例えば……本とかかな」

『そのために“今”がある』と元章は云う

元章の考えている『足跡』は『経験』って意見なのか

昔の偉人は有名な言葉、記憶に残る歴史、役に立つ理論、伝統的な文化を遺し、著名されていった

僕の夢の足跡は一体何を意味してるんだろう

「えっと、つまり?」

「オマエは後世の誰かに見せるために毎日日記を書くのか?」

少し考えて首を横に振る

「日記を書いてるヤツは……少なくとも書いてる最中は完成した日記をどうするなんてことは考えない。書いてる最中はたとえ筆を動かさなくても、これから書く内容を思索している時点で『進んで』いるんだよ」

元章は自分のこめかみにトントンと人差し指を置いて云った

「つまり『考える』ということは『進む』ということか?」

元章は僕の質問には答えず、話を進める

「日記ってのは“今の自分の感想”を描くもんだ。勿論内容は過去にあったことを書くが、多くはそのときや現在から考えた感想文だろう?だから内容はまず過去のことを振り返り、そして『今』過去の感想を執筆。今『その時』の感想を書いているのだから、その時の感想であり過去じゃない。だから日記を書く本人の心は一度も振り返っていないんだよ。むしろ筆を動かしていることこそ『足跡に続く』こと、に当たるな」

ちょっと矛盾しているかもしれないけど元章が言いたいことはわかる

日記の内容そのものは過去だが、“書く時”書いている本人にとっては過去の出来事を書いているわけじゃないということだ

「言いたいことはなんとなくだけどわかったよ、でもどうして『自分も進む』のが間違いなんだ?」

「言っただろう、進んでる(日記を書く)ってのと足跡をつけていく(経験を残す)ことを同義と考えちゃいけない。お前は止まっている自分のことを考えなきゃいけないんだ」

元章は食べ終わったカップ麺を片付け、冷めたお茶を飲み干すと席を立つ

「それ!だからその答えが欲しいんだ」

立ち上がってさっさと帰ろうとした元章を引き止めた

「答えは自分で探せ、たとえ今ここでオレが答えを言ったとしても、それはオレが出した答えであってオマエが望む答えじゃないかもしれないだろ?こりゃあアレだ、物事の真理と同じ」

僕は帰ろうとする元章の服を掴んで無理矢理引きとめた

「それでいい、参考として聞かせてくれ!」

どんな例でもいい、夢のモヤがひとつの答えによって少しでも形作られるのなら、そう思っていた

ところが元章は諭すように答えをはぐらかす

「まぁ聞けよ、他人の意見程度ならともかく『答えそのもの』は参考にしないほうがいいと思うぜ?きっとオレの答えに先入観を持っちまって、その後に出した自分の答えが歪む。そんな答えを出すくらいなら、今のうちから夢のことは忘れろ」

元章はそういうが僕は夢の話を忘れる気は毛頭なかった。なにしろ卒論の講義中、文字通り『夢中』だった夢だ

ここで終わらしたくない、という不思議な魅力を感じていた

僕の離そうとしない手と真剣な顔を見て諦めたのか、元章は軽く溜め息を吐いて――――

「答えが出ないのも悪くない、それがオレの出した答えだ」

それだけ云うと掴んでいた僕の手を払い食堂から出て行った







「なんだよ、結局は参考にならないんじゃないか」

『答えが出ないのも悪くない』か、また真理な答えを……

そう呟いてから『だからそういっただろう?』と、元章の皮肉な声が聞こえたような気がした

「ハハッ、その通りだな」

わざわざ大学の食堂で昼食を摂った後、僕はいつもの憩いの場所に来ていた

といっても大した場所じゃない、大学構内の誰もいない講義室の一角だ

窓際に座って外を眺める。何人かの学生が帰り道、大学の坂を下りていくのが見えた

きっと昼食後の講義が無いのだろう、羨ましいものだ

僕はなんとなく、その中の一人の足元をジッと見ていた

けれども土一つ無い道の上では足跡など見えるはずも無かった

その学生が見えなくなっても、僕は見えないはずのそこに残された『足跡』を凝視する

「っ!どうしてこんなに気になるんだよ」

見えないはずの足跡を見て考えるのは夢について、気がつけば夢のことばかり考えていた

最初の頃は『あっ、これ同じ夢だな』くらいにしか思わなかったはずなのに

ここ最近は異常だ、同じ夢が連日連夜欠かさず続けば気にするなという方が無理な話だった

半ばヤケになって夢のことは考えない、なんていう思考は切り捨てた。再び『足跡』について思索する

『足跡』は過去の象徴。それは今リアルタイムで『残された足跡』に於いても同じことが言える

だがそれは先入観だ、そう断言できるのは自分の夢は自分だけのものだからだ

まして『人それぞれ』なんて言葉を使うのなら、夢にだってそれがいえる

夢の内容は自分の頭の中だけにしか完璧に再現できないし、表現だってできやしない

だというのに夢の解釈はどうして定まっているんだ?

他人の云う『自分と同じ夢』が本当に『同じ』なのか、比べることなどできはしないのに……

そんなの『同じ』なんじゃない、『似てる』だけだ

定まっている解釈ほど当てにならないものはない

だから僕は占い(他人の解釈)を信じない、自身の参考にするだけだ

佐藤武彦は思う……

他人と同じ夢など存在しない、他人と同じ解釈などありえない

だから、『相談』しようと思ったんだ

全く知らない人の夢を参考にしてその場で作り上げられた解釈よりも、今誰かのナマの意見が聞きたい

それはどんな有名人が書いた『夢の本』よりも、自身の参考になるだろうと思った

『どうして誰かが残した経験って思ったんだ?』

そのための相談相手の一人、和弥の言葉が大学からの帰り道フラッシュバックした

「そんなの、こっちが聞きたいよ」

独り呟き、頭を抱えて和弥の言葉を反芻する

『誰かが』という言葉がどうも引っかかっているのだ。夢の状況を考えれば、足跡の主は僕以外には考えられない

それでも『僕以外の誰か』が残した足跡、それは間違いない

夢で感じたのが直感だったとしても、その時は妙に確信的に『誰かが残した』と思った

矛盾しているのはわかっている、だけど……なにか変だ

その足跡は自分でつけた、という答えが間違っている気がする

テストでわからない選択問題にどっちでもいいから丸をつけて、わからないクセに選んだほうが間違っているような不安に駆られている……いうなればそんな感覚だ

状況的に考えれば『僕以外にはありえない』

でもこれは『誰かが残した』これは間違いない

常識的に導かれる答えよりも、感覚ではこの足跡は『僕以外の誰かがつけなければおかしい』という観念に囚われる

でもどうして『足跡は誰かが残した』という答えじゃなければおかしいのだろうか?

「一組の足跡、どこまでも続いていく足跡……か」

目を閉じて今朝の『夢』を創る

振り返って自分の『残された足跡』を見てみる、頭の中で見えないはずのその足跡を創り上げて見た

想像により創られた足跡は一組で、僕は動かず喋らず、ただそれを眺めている

夢のスタートだ

…………

……あぁ、そうか

足跡は一組だった、そして夢の中ではまだ動いていない僕

だから少なくともこれは『僕の足跡』ではない、とそう思ったんだな

そして『足跡』は過去の象徴……つまりその足跡は他人の経験であるともいえる

なんのことはない常識的な答えだった

それでもたった今出した答えに疑問を感じているのは何故なんだ?

無音の世界で誰もいない……いや、夢の中の自分にはいないと感じている

だから足跡を残すのは自分しかいない、これも常識的な考え方なんだろうか

それとも夢の中の自分が感じた感覚だから信じてはいけないのか

……どちらも正解のような気がしてきた

「はぁ〜〜〜」

考えれば考えるほど答えは遠のいてゆく、捉えどころの無い夢に対して思わず溜め息をついた

元章の言うように、ひょっとしたら答えがないことが夢の答えなのかもしれないな

用意された簡単な解が目の前にあった。でも他の誰でもない、自分自身がその答えを望んでいなかった

この謎にケリをつけるのは簡単だ、適当な答えを出してしまえばいい。でも――――

「自分のことについて、ここまで深く悩んだのは生まれて初めてかもしれないな」

だからこそ諦めたくない、自分の考えで自分の答えを見つけたい

他人の答えを参考にしても、答えにしちゃいけない。それをすればその答えを認めて、答えに『納得した』ということだ

僕は元章の答えを聞いて、聞いたその時に納得できなかった

今思えばこういう答えもあり得る、と頷ける

しかし他人から聞いた限りその答えは完全ではない。


僕は僕が出した僕自身が納得できる完璧な“ボクの答え”が欲しい


そのためなら――――いくらでも悩んでやる

そう心に決めた時、ちょうど三限目開始の鐘が鳴った







教授の言葉がうまく耳に入らなかった

その講義は嫌いな教授だったが理由はそれだけじゃない、考え事をしていたからだ

当然ながら考えているのは講義の内容についてじゃない、勿論あの夢のことだ

ノートには黒板に書かれた文字の代わりに、夢の状況説明、内容の問題点、そして簡単な絵が描かれている

僕が今受けている思想史学の講義はとらなくてもいいってワケじゃない

今年卒業を控えた僕にとってどうでもいい講義などひとつもない

だからこの講義も足りない単位を埋めるため(といっても保険で入れた講義の一つだが)、選択した以上はちゃんと受けなければならないはずだった

なのに僕は今、夢のことを考えている

夢は今の僕を完全に支配していた

はぁ……

今日何度目かの溜め息をつく、他人の溜め息を聞いた周囲の人は僕のことをどう思うのだろうか?

「またぁ、なぁに?なんなのよ」

「え?」

僕の前に座って、黒板の文字をノートに書き留めていたモンローが手を休めて興味深そうに話しかけてきた

「その溜め息だよ、なに?ひょっとして恋煩いかな〜」

……どこの中学生だ、といつもならこっちが突っ込んでるところだろう

少し身を乗り出していつもの反撃のつもりだろうか、からかい気味に訊いてくる……なるほど、他人から見ればこう見えるのか

やれやれ、こっちの悩みはそう単純とはいえない、自分の気持ちの問題だ

にしても恋煩いか、言い得て妙なもんだな

僕が夢に恋しているといえば、その通りなのかもしれない

この夢を憎んでいるか、と問われればきっと否定も出来ないだろう。夢の悩みは僕を蝕んでいるのだから

全く、愛憎紙一重とはよくいったもんだ。誰が言ったのか知らないけど

でもモンローのいうように、この悩みが恋煩いだとしたらばどれほど気楽だろうか

残念ながらそのような心地の良い悩みではない、同じ悩みであってもこちらはひどくもどかしい悩みだ

初めから創られたような純粋な謎かけ、それもその答えは本人が忘れてるだけというそんな厄介な限定問題だから恋愛のように特定の『誰か』を見るたびに顔色を窺ったり、必要以上にいいところを見せようとしたり、胸が苦しくなったりするといったことはない。その必要もない

ただ『これ』をノーヒントで解け、別に解かなくてもいいぞ。と一方的に問題を提示されただけ

その点、恋煩いならばすることは実にシンプルだ、告白して振られればいい

結果はどうあれ、それで一つの悩みは解決することが確定している

始まりは好きになったから、そして悩む理由も限られている

自身と相手ステータスとの比較……つまり釣り合っているかどうかだ

他にもある、自分が相手にどう想われているのか、振られた後の自身のショックについて、その後の対人関係について――――

成功すればそれらは全て杞憂に終わるだろう、失敗しても時間が経てばいい思い出として残るかもしれない

恋煩いで悩むのはいつだって『告白前』と『失敗した後』のことだけだ

つまり恋愛とは『告白したとき』に限定される……という論文をある講義のテストで提出したらAランク評価を頂いた

あんな論文でよくAランク取れたな、とその時は苦笑したものだ――――と閑話休題

こんなに考えるのも夢の所為なんだろうな。ここまで考えて思わず苦笑してしまう

あんなに脱線しておきながらまだ夢のことを考えてるなんて、これはもはや病気だな

「え、ホントにそうなの!?」

僕が笑ったのを見て、何を勘違いしたのかモンローが一層興味深そうに身を乗り出してきた

「誰?私の知ってる人?」

完全に勘違いしてるモンローを見て、ふと妙案が浮かんだ

出席していても集中できない講義から抜け出す方法と書き留めていないノートを埋めて、且つちょっと愉快になれるという素晴らしいアイデアだ

「あ〜、そのノートコピーさしてくれたら云うよ」

ちょっと言い辛そうに視線を逸らしながら言うと

「いいよいいよ!ねぇねぇ、で……誰?」

モンローは僕の恋愛話?に興味津々で、もはや他のことが目に入っていないようだった

予想通りの返答を聞いて、必死に笑いを押し殺して僕は云った

「実はな……」

「うんうん」

「モンローの誤解だったんだよ、ただの勘違い」

僕の言葉を聞いてモンローはどうやら『カンチ・ガイ』という名前の学生を必死に思索しているようだった

実際そんな名前の学生いたっけ?いやいやいても完全に男だろ。気づけよモンロー

「……はっ?」

言葉の意味を正しく理解できたモンローは目が点になる、これも予想通りでプッ!と噴き出すのを堪えるのに苦労する

「だからモンローが勝手に勘違いしただけ、確かに恋愛のことは考えてたけど一昨年に出した論文のことで思い出し笑いしただけなんだ」

「な、なんだよ〜、期待して損したよ」

「んじゃノートよろしく〜」

机の上の筆記用具を全て鞄に詰め込み、手早く帰り支度を始めた

「ちょ、ちょっとなんでよ!?」

モンローは危うく大声を上げてしまいそうな声を必死に抑えて、慌てて僕を引き止める

「僕はモンローの『ホントにそうなのか』という質問にちゃんと答えたぞ?条件はクリアしたんだからノートはよろしく〜」

ただ内容がモンローの期待にそぐえなかっただけだ。うん、ルールは破ってない

「うぐぐ、ぐぅぅ〜」

恨めしそうな視線を背中に浴びながら僕は講義室を後にした

相変わらずからかいやすいヤツだな







「ふぅ、疲れた」

自分の部屋に戻ると足場のない場所に遠慮なく鞄を放る、何かが崩れたような音がしたけどそれを見る気力もなかった

いつものように足場を探しながら移動してベッドに身を投げ出すと、バイトで疲れた身体を休める

といっても大学の図書館で司書の真似事のようなバイトをしているだけだし、もう二年間も続けて慣れてるからさして身体は疲れていない

悩みによる精神的な気疲れだ

疲れているせいか時間をかけずに眠りにつくことができた……気がする

次に目を開けて見たものは足跡だったから――――







……やっぱり後ろに誰がいても何もわからない

耳が役に立たない無音世界……視認するしか方法は無いのだろうか

無音じゃないけどいってみれば電話と同じだな、話す相手の後ろに何人いようとこっちが話す相手はいつも一人だけ

この場合、電話の話し相手は自分自身しか繋がらないってだけだ

いつも通りの砂浜に続く足跡を見ているはずなのに、ふと夢の中で違和感を感じた

後ろに誰かいるのか振り返ろうとしたのに自分の身体が思うように動かない

今日こそ、この夢の世界を探索しようと息巻いていたのに出だしから空回りだ

夢を見るときはみんな同じなのかもしれないけど、いつも見る夢では(首だけだけど)僕が僕自身の意思で動くことが出来たのに

身体が動かないことに戸惑っていると勝手に視点が動き出した

……いや、動いたのは『僕の身体』だ

視点カメラだけを残して『僕』が足跡に続いていく

『僕』の身体が意思とは無関係に離れていくのを見て、虚脱感とともに自分が世界から置いてけぼりにされたような喪失感を覚えた

それも仕方ないことだろう、自分の身体を失ってはあらゆる行動が制限される

運動、学習、娯楽……それらは自分だけが得られる充足律

苦悩、辛酸、抗争……それらは“他”の接触に縁り得る執着

この世の良いことも悪いことも、喜怒哀楽さえ自分の肉体を失ったことで体感できなくなる

じきにこんなことも考えられなくなるだろう、だって魂(僕)の容れ物が無くなったんだから

離れていく『僕』が霞む。もはや死は目前かと思った時、悟った

あぁ、僕は世界を失ったんだ

考えてみるとこのまま死を迎えるのが正しい在り方なのかもしれないな

人が死を受け入れるのは間違ってると思ってた

でも僕は……肉体を喪った僕には……

最早生きることの方が――――

「やめろっ!」

その自分の寝言で僕は朝の十時に目覚めた

気がつくと身体は汗だくで、肩で息をしている

「どうして、こんな夢を見るんだよ……っ!」

両手で顔を覆い自問自答する

僕は夢のことについて考えるのが辛くなってきたのだろうか

思わず自分の身体に異状が無いか、胸に手を当てたり姿見を見たりして確認した

この姿見は中学時代の友人が自殺したとき、葬式でその友人の親に送ってもらったものだ

といっても自分の出した御香典からでてるのだろうが

その時は友人の死を納得しないものとして、自分はそうなるまいという意味で姿見を選んだ

『自分』を見つめなおす鏡を見て思う

自分が死んでいく夢なんて初めてだ

別に夢の中で自分自身の身体がどうにかなったってワケじゃないからリアルな夢とはいい難いけど

こんな風に夢を見た後で異状を確認するほど心が揺さぶられるのは何故だろう

「あっ……」

ハハ、すごいな。まさか夢を見て泣くとは思わなかったな

自分のある意外な一面、新発見だ

涙を拭う、寝間着の腕の部分が僅かに湿った

その跡を見て流石に情けなくてこのことは誰にも相談できないな、なんてことを考える

拭った腕を見ると……震えている

きっとこの震えは冷え込んできた所為じゃないのだろう

「死ぬのって、こんなに怖いものなのかな」

まるでもうすぐ心臓が止まるということを他人の口からではなく、自分自身の感覚で知ったような落胆

誰かに宣告されるのではなく自分の力で知り、逃れられないことを思い知らされて無力感に打ちしおれている

心には死にたくないという見苦しいまでの想いが満ちて、どうすればいいのかわからないうちにどうしようもない不安だけが残る

……アイツはどうして自殺したんだろう、死ぬのが怖くなかったんだろうか

自殺するからには深い理由があったんだろう

理由を知ることもできずに死を選んだということは、僕達は結局友人じゃなかったのかもしれない

今更こんなことを考えても仕方なかった

でも本当に死ぬことを決めた人間は死後を考えるのだろうか、死ぬ瞬間のことを考えなかったのだろうか


知りたかった


どうして人は死ぬんだろう?

子どものころに一度だけ考えた疑問、きっと誰もが通る道だ

しかし心の奥底ではいつでも考えていた

誰もが読み解けぬ、止め処ない真理

叡智司る霊長類が永遠の命題……

“死”について――――

死は誰にでもどんなモノにでも訪れる、際限の無い平等な裁定

いつの日か、自分にも訪れるのであろうことは理解していた

でもそんなのは全然現実味が無くて、誰もが『自分はまだまだ死なない』『死ぬはずがない』と思い込む

それは必要な自衛かもしれない、だけどそんなハズがない。人間死ぬときは死ぬ、人間に限らないことだ

死ぬ可能性は誰にでも秘められている、若い人は死ぬ可能性がほんの少し低いだけ

歳をとるごとに危機感を増していくのは歳をとるごとに死ぬ可能性が増していくからだ

わかりきってる、当然のことだ

友人の場合、自殺する理由があったから死ぬ確率がぐんと上がった

どんな理由かはわからないけど自殺は“解決”じゃない

理由の解決なんかじゃ決して無い、理由を解決することを拒否した“逃避”だ

楽な道、楽な道へと選び続けて自殺した

「自殺の理由、か……なにを今更」

理由が明らかになったところで無意味だ、死人は応えないし……蘇らない

死人のことを考えてどうなる、共感して僕も死んでみせるか?

そうして自分の死をイメージしたとき、また身体が震えた




どうして、こんな夢を見たんだろう

また新しい謎が増えた、まだ足跡の夢もその主すらもわからない状態だというのに

顔でも洗おう、そう思って洗面所までの足場みちを探す

「ふぅ……」

また溜息だ、いい加減自分でも嫌になるほどの重い空気を吐き出す

意識せずに身体が出してくるサイン、これは不満だ

さっさと問題を片付けて頭の中クリアにしろって警告、僕だってそうしたいのに……

誰かに課せられたレポートでも命題でもないくせに、悩みも文句も多い身体だよホント

「なに考えてんだ僕は」

鼻で笑いながら先ほど見ていた夢の内容を思い出す、今回の夢はほんの少し違った感覚がしていたのだ

そういえばさっきの夢にも砂浜と足跡は出てきたな、というか舞台は同じだった気がする

今回はそれに『死』っていうオマケがついただけだ

洗い終わって鏡に映った自分の顔を見るとその顔が少し歪んだような気がした

二つの夢が同じだと考えると、足跡に続いた僕には『死』が待っているってことなんだろうか

「……」

そんな未来を想像したら寒気がしてきた

「メモ、しておこう」

自分を誤魔化すように声を出し、鞄から筆記用具を取り出した

ペン先を紙に置いて思った

そういえば夢の中の『僕』が動いたのは初めてだった

二つの夢が同じだとすれば今回だけ身体が動いたのは何故だろう

場所は同じなのに内容が違う、夢を少し理解したから続きが始まったんだろうか

「ん?」

下手くそな絵で描かれた夢の状況を見て疑問を感じる

そういえば僕の身体は夢の中では『僕』じゃないんだな

今回、身体は客観として捉えることしかできなかった

今までは身体と視点が重なって、同化していた状態だったために別物という感覚がなかったのだろう

きっと夢の中の僕は肉体と精神が別なんだ

夢自体、僕の精神世界なのだからこんなこというのは変なのかもしれないけど、まぁこれが夢のルールなんだろうな

……あれ、そういえば客観として『僕』を見ていたはずなのに『僕』は足跡を残していかなかったな

でも僕は最初に足跡を見ている、ならどうして『僕』に足跡がつかなかったんだろう

…………

……

あぁ、そうか……アレは……

「僕の、足跡だったんだ」

自身の感覚が告げるように自然に声に出していた

僕は先に足跡を見てしまっていたんだ、と常識に囚われない解答が頭に浮かんでくる

あの足跡はこれからつけられるはずのものだったのかもしれない

僕の視点が見た先、『僕』が向かった先は未来だった

こう考えれば夢の中で死んでしまった理由も十分説明がつくし、足跡が『つかなかった』理由もなんとなくだけど頷ける

結局人が死ぬのは定められていることだし、足跡がつかなかったのはつかなかったんじゃなくて、既につけられると決まっていた足跡を歩いただけだったから

きっと僕が未来の光景に一人しかいなかったのは僕の精神世界だから僕自身は除外されるか、今回が例外だったのだろう

「そっか、そういうことかな?」

僕は一人呟きながら考え出した答えをメモに書き上げていく

『誰かが』という言い方も他人だと限定する必要は無かったんだ

つまり客観に言えば自分自身さえその『誰か』に当てはめることが出来る

夢の中のルールでは、夢の中の『僕』は客観として観なければならなかった

つまり夢の中の『自分』は別にある、だから『誰かの』足跡なんだ

「なんだよ、そういうことか」

夢の中には、矛盾なんて一つもなかったんだ

敢えて挙げるのなら、矛盾していたのは僕自身……だから夢(僕の精神)が拒絶した

一つ一つの言葉を見聞して検分する

その当たり前の工程を日常から消し去っていただけ、だから気づくことが出来なかった

となると、夢が伝えたいのは僕自身?

「ふぅ、自分探ししろってこと?」

一つの答えを出したつもりだけど、自分自身を探せって事でいいのかな

講義が始まるまであと二時間三十分、それまで夢について少し整理してみようと思った







第一に『足跡について』だ

最初僕は足跡が『誰か』のものだと思った

それは足跡が一組、そして夢の中では僕はまだ動いていなかったため『僕の足跡』ではないと思った

でも『誰かが』という言い方は他人だと限定する必要は無かったんだ

夢の中の僕は客観な視点で、足跡を残す要因だけで考えれば自分自身さえその『誰か』に当てはめることができる

そして今回、足跡が僕自身が残したものだと判明した……明らかとはいえないかも知れないけど

メモ帳に足跡についてわかったことを全部書き出していく

「足跡についてはこんなもんかな?第二に、と」

第二に『夢の世界について』

「これは……」

どうしよう、先刻見た夢が未来かもしれないということはわかったけど

最初の夢と同じとは限らないし、そう考えると『足跡』についても振り出しに戻ることになる

「『第二の夢』は未来を示す世界だった、と」

こうとしか書けないな、となると『第一の夢』は過去か現在?なんてな

…………

……待てよ

結構、当たってるのかもしれない

第一の夢が現在だったと仮定すると、いや待て、足跡を見てるんだから現在じゃないのか?

それに意識が今生きている僕(現在)のままじゃないか

じゃやっぱり両方未来なの、かな?

でも元章の云うように先に進むことが間違いだったから夢が途切れたのだとしたら、第一の夢は――――

……そうか、僕自身を境界として第一の夢が『過去』、第二が『未来』、そして僕が『現在』だったのか?

だからさっきの夢の『僕』は『先に進むこと』ができた!

頭の中で足跡に続こうと思ってしまった、『思う』とは『考えた』ということだ、そして考えた内容は『先に進む』ということ

つまり、第一の夢の中で僕は取るべき行動を『間違えてしまった』、だから夢から拒絶され、途切れた

元章の言う『それは間違いだから』というのはそういう意味だったのだろうか?

これが途中で夢が途切れた理由か、その世界が過去の時点で取るべき行動を間違えてしまっていることになる

元章はこれがいいたかったんだ、和弥が感じた『拒絶された』って感覚はこれだ、きっと

「よし」

第二の問題をメモ帳二枚分書き上げると、次いで第三の問題に取り掛かる

第三に『夢が持つ“イシ”について』だな

『拒絶された』ってことは夢に“イシ”があるのか、それとも偶然そこで途切れただけなのか、そこが夢の終わりだったのか

偶然そこで途切れたというのは考えたくないな、この夢に意味があるのならまずそれはない

でも意味が無いのなら、いつ途切れたっておかしくはない

夢に意味があると信じているからこそ、この考えは否定したい

そこが夢の終わりだった……考えられなくはない

僕の『死』によって、精神世界ユメが瓦解したというのであれば納得はいく

なにせ精神世界を築き上げていた土台が消えたようなものなのだから

しかしそうなると夢は僕と夢、両方を殺したかったとでもいうのだろうか?

仮に夢に“イシ”があるとして、その夢が持つ“イシ”とは『意思』なのか『意志』なのか

あるとしたら両方、だよな。意思は僕が間違った道を選んだ場合は拒絶して、意志は僕を正しい道へと導こうとしている?

夢に“イシ”があって導こうとしているなら、そもそも僕の夢はどうしてこんな夢を見せたんだろう

伝えたいことがあるのはわかるんだけど、こんな複雑にされたらワケわからないよ

正しい道があるとしたら正しい道の先になにが待っている?

……夢のスタート地点はいつも『足跡を見ていた』からだ

自分の進行方向は前なのか後ろだったのかは不明

前には足跡が、後ろには何人かの人がいる『かもしれない』。無音のこの世界ではその気配すら感じ取ることは出来なかった

あっ、でも今回で前後に人がいないことがわかったかな

他に人はいなかった、じゃあやっぱり僕がこの足跡をつけて、足跡をつけていく予定なんだ

夢の中の僕は、意思とは関係なく『いつもの夢』を進めていく

時間が待ってくれないように、夢の決められたシナリオも待ってはくれない

『いつもの夢』にアドリブは無い……いや、許されないのだ

だからこそ僕はここまで夢に悩み、夢に囚われている

僕は夢の中の『僕』と同じ視点でありながら、僕自身は傍観者となって『いつもの夢』をいつも通りに眺めている

ということは夢の内容を変化させてはいけない?だとすれば今ある夢から伝えていることを理解しろってことだよな

でも今回は夢の世界自体が変化した

今回変化したってことは夢の“イシ”がなかったからか、それとも夢の“イシ”が僕にヒントを与えてくれようと変化したのか

それに今回僕を殺したのは何故なんだ……?

…………

……

「この件は保留、かな」

如何せん、不確定な部分が多すぎた

考えられなくもない『答え』なら用意できる、けど納得はできないだろう

今全てを決める必要はない、気を落ち着かせるように僕は次の問題点を考えた

第四に『夢そのものの意味について』

何かを伝えようとしてるんだよな?

どちらの夢も最初に目に付くのが『足跡』なんだから、足跡について考えるのが妥当だし、それが自然のような気がした

きっと第一の夢が伝えたいことなんだろうな

第二の夢は何も行動を起こすことなく生きていくのを諦め、死ぬのを待つだけだった。何も出来なかった

この際夢の“イシ”は置いといて、第二の夢は第一の夢を解くためのヒントだと考えてしまって間違いないだろう

『足跡』で連想するものっていったら……やっぱり『主』とか『過去』だよな

主が僕だったってことが今回の夢でわかったけど、それだけじゃ意味がわからないから、足跡の主以外の意味もあるはずだ

足跡の主が僕だとして、夢は『僕自身を探せ』って伝えたいんだろうか?

それならしっくりくるんだけどそれが正解だとして、どうして『第一の夢』では探すことを許してくれなかったんだろう?

それに僕は『境界』に立って足跡を見ている

肉体と精神が別離されているから僕自身を探せというならわかる、でも第一の夢で『僕はここにいる』探す必要がないじゃないか

…………

……

探すモノが間違っている、というのはどうだろう

夢の“イシ”が見せたいもの、それが過去に見える足跡なら、過去に自分がしたことや考えたことを振り返れ、ってこと……なのか?

納得はいくかもしれないけど……怖いな

まるで自分が何かトンデモナイことを起こしたんだ、ってことを思い出せっていってるみたいだ

それに過去を振り返れっていうのが正解だとしても、どの『過去』をさしてるのか検討もつかない

「どんな過去を思い出せっていってるんだよまったく」

これも保留だ、さてお次は大問題

「『・・・』とはどんな考えなのか」

書くとほぼ同時に溜め息が出た

これこそノーヒントだ、自分で何かを考えてでたもののはずなのにその意味がわからないなんて

僕は『この考えを拡げよう』と思って、前に歩き出そうとしている

誰もいない世界で考えを広げようと思うんだよな、これも足跡と同じかな?

『考えを拡げる』というのは何も他人にあてているわけじゃない、それは自分自身にも言える

誰もいない夢の中でその考えを拡げようとしているのだから、僕自身をその考えで埋め尽くそう、って意味かな

まぁ、とりあえずわかっているのは『・・・』はなにかの考え、思想ってヤツか

明確な言葉すらわかってないというのに、『この考えを拡げていきたい』か

『・・・』がなんなのかわかってないのに他人に拡めていくってのか?少なくとも夢の中で僕はそうしようと考えた

じゃあ、夢の望む行動を取れば続きが見れるのだろうか?

僕は少し考えた後、軽く頭を振る

それこそ無理な話だ、日常でいう『いつもの夢』にアドリブは無い、許されない。先ほども考えたことだった

それにもしそうだとしても、『考えを広めよう』と考えてしまったことで、夢から拒絶されたのだから……

となると夢は『考えを広める』ことは望んでいない

しかし……僕の夢に“イシ”があるのだとすれば、取るべき道(行動)を指し示した時、夢は僕を迎えてくれるのではないだろうか

……なにか違う気がした

もしそうだとして『・・・』の意味がそれでわかるとは思えなかった

理由はわからない、単なる直感でしかなかった

でもこの夢だって似たようなものなんだ、今更だな

誰かに話して意見を聞いてみよう、そう思っていただけの筈なのに

今は明確で無くてもいい、正解じゃなくてもいい、『僕の』答えを探している

たとえ出した答えの先に、何も得るものが無かったとしても――――

「『・・・』か」

頭上を見上げて、ふと漫画なんかに出てくる『ふきだし』を思い浮かべる

克明に思い浮かべた後で『アレじゃないことは確かだ』と思った

〜〜〜♪

着信、そう思う前に携帯を手に持っていた。誰かからなのかも確認せずに通話ボタンを押す

「はい、佐藤です」

条件反射で敬語になってしまう、ロクに就職活動していないとはいえ、言葉遣いの練習くらいはしていたおかげだろう

「『佐藤です』じゃねーよ!お前いまどこだ!」

「設楽か?いま家だけど」

「馬鹿早く来い!講義始まるって!」

「え?」

言われて枕元にある目覚まし時計を見た、テンテンテンの別の意味が理解できた気がする







知り合いのいない食堂で僕は昼飯を食べている

といっても食堂のメニューじゃない、当然のように口にしているのは持参したパンだ

「はぁ」

溜息を吐きながらテーブルの上に広げた白い原稿用紙に目を落とす

結局講義は欠席扱いで、また一つ悩むべき問題が増えてしまった

すなわち、反省文レポート

教授に泣きついてレポート提出五枚で許してくれたのはいいが、卒業を控えたこの時期に五枚はキツイなぁ

しかも卒論もまだときた、問題を増やすだけ増やしてなかなか減らせない

現在悩まされている問題は卒業論文、単位、就職内定、レポート、そして夢の意味……か

大学関係や就職はともかく、夢は勘弁して欲しいよなぁ

こういうのはもうちょい後、卒業後に見たかったかな。否、やっぱり見たくないかも

「なんでこんな大事な時期になって、ワケわかんない問題吹っかけてくるんだよ」

ついついため息混じりにぼやいてしまう

……夢が始まった理由、か

何気なくぼやいた一言で気づいた。そうだ、理由があるはずだ

もし僕の見る夢に“イシ”があるなら、こんな大事な時期にしつこいくらい夢を見るのにも、何か理由があるのか?

夢の“イシ”が気遣う、なんてマナー心得てるかはわからない

僕は夢が何かのサインを送ってると思った、ならその夢が『サインを送らなきゃいけなくなった』ってことじゃないのか

でも僕にとって大事な時期にわざわざこんな夢を見せた、ということに意味があるとすれば……

単なる嫌がらせ?見せなきゃいけなくなった?それとも――――この時期に見せることに意味があった?

この時期に見せることに意味があったのだとすれば、今抱えている問題が鍵になる


「だとしたら卒論、就職のどっちか、かな」

卒業論文の場合、テーマだろう。一行も書けていない状態だ、夢が急かしてきたのもわかる気がする

論文のテーマは本当にそれでいいのか、ひょっとしたら夢はそう問いかけているのかもしれないな

あの『・・・』は論文のテーマだったとか……

就職の場合はどこに勤めるか、だろうか?

……僕は……

僕はこの大学を出て……………………何になるんだろうか?

会社員?

無意識に僕は理解する

本当はどうしたいのか?なにになりたいのか?

何のことだと問い詰めるまでも無く、僕は理解していた

僕は、勉強を続けたかった

“ソレ”になりたかった

それは将来の未知、歩むべき道だった

でも……重すぎる

そう感じたとき“ソレ”になるための勉強を止めていた

勉強は苦じゃなかった、むしろ知らない技術を得る度に喜びすら感じていた

そう、勉強ならいい

間違えてもやり直せる優しい実験台モルモット

けれど知るたびに、ミスるたびに考える

これは、『人』に向けられる技術であるのだと――――

詰め込んだ技術をもし一手違えれば……

そう思うと…………重すぎた

同じ道を歩む誰かはこんな僕を笑うかもしれない

或いは共感するだろう

根が真面目な僕には生死の鍵を握る職に就くことは恐怖そのものだった

でも蛙じゃない、牛の目玉でもない、鼠の心でもない!

そして、僕はいつかこう思うだろう

コレは自分の為の練習台だ、と……



未来を考えたとき、僕は“ソレ”を避けた



『・・・』は過去に思い出すべきこと

臨み望むことを探すこと、自身の望みそのもの、

その過去の『・・・』を拡げようと考えた時、僕は夢から拒絶された



目頭を押さえ、初めて十数年間想いつづけた夢を諦めたあの時の悔しさを思い出した

……泣きたかったんだ、本当は

本当は諦めたくなかったんだ、本当は認めたくなかったんだ

どの理由も当てはまった、その中でも一番に当て嵌まった本当の理由は――――怖かったんだ!

ただ自分の力が至らなかった、それだけのことだった

でも、僕は―――――







明日から僕は学生じゃなくなる

単位はなんとか足りた……ホントギリギリだったけど

結局、夢の答えはわからなかった

そのことを夢の話をした二人にメールすると

『無意味とは、最後まで意味を求めなかった結果だとオレは思う』

元章からの返信だ

ならきっとこの夢はまだ『無意味』じゃない

〜〜〜♪

和弥からの返信がきた

『無意味のまま終わらせるのかどうかは結果を出したヤツが決めるんじゃない、考えたヤツが決められるんだ』

仲間がくれる一文は僕を勇気づけてくれる


でも、僕は僕の答えを出す前に、大切なものが少しずつ離れていくことを感じなければならない

後輩とサークルの話をするのも、嫌いな教授の講義を受けるのも、遠藤たちと遊びに行けるのも、モンローをからかえるのも、元章と昼飯を食うのも、和弥と講義中にゲームの話をするのも、あと僅かなんだ!

仲間とずっと一緒にいられるのは……あと、僅かなんだ……

ずっと仲間と一緒にいたい、それでも時間は待ってくれない、それでも社会は待ってくれない

僕の仲間も、僕と同じ様にそれを望んでいるかもしれない、でも望んではいけないことを理解している

だから唯一人、僕が望もうとも仲間は僕を置いて社会に出るだろう

一人前になるため、そして生きていくために――――







「そっか」

盲目のまま先へ進む、進路が見えないまま

目の前が見えなかった、だから歩けなかった……全く、つまらない言い訳だ

「そうだよな、そうなんだよなぁ」

歩く足を持っているのに、歩こうとしない

夢を何度も見たのは、きっと――――

「その場を動くことが出来ない理由が欲しかったから、か」

同時に自分の弱さを誤魔化し、気づかせるためのサインだったんだ、きっと……

時間の経過に伴って、この決して忘れはしまいと何度も見た夢も……歳をとり、長い年月とともに忘れ去っていくのだろう

でも、この夢にどんな意味があったのか、何を伝えようとしていたのかだけは決して忘れることはない

部屋の片隅にある煙草の箱を取る、友人の設楽が以前この部屋を訪れた時に忘れてった洋モノの煙草だ

僕は普段煙草を吸わない、当然灰皿だってこの部屋には無いけど……急に吸いたい気分になった

「一本、失敬するよ」

煙草を抜き出しながらこの場にいない箱の主にそう断り、これまた置いていった見栄ばかりの安物のジッポライターで火をつける

カチン……と、部屋にライターを閉じた金属音が響いた

「……」

洋モノの紙は力強く、苦く、何度もむせ返った。ふとしたキッカケで自分全てを侵食してしまいそうなほどキツかった

時間をかけて煙を吸って、時間をかけて煙を吐く……やっぱり嫌いだ

煙草を吸う、という緩慢な自殺行為はいくつになっても好きになれない

自分にも他人にも世界にも益の無い、煙草の感想はいつも『無駄な行為』だった。だから今日はタバコを吸う

夢の真意に気づけなかった、さっきまでの自分は無駄な時間を浪費していたんだ、と……

この身体に思い知らせるために、その心に刻み付けるために、今は相応しい行動をとった

分不相応な洋モノの煙草も、見栄ばかりの安物のライターも、僕のとったこの行動も、全てが今の僕に相応しかった

やがて煙草は灰になり、灰皿のない僕の部屋を汚す

こうして無駄な行為から部屋を掃除する、という『目的』を作ったわけだ

〜〜〜♪

ケータイが鳴った、また就職活動を続ける卒業生に送られた説明会のお知らせメールだろう

何度も送られてきて、もはや読む気の失せていた手紙をひとつひとつじっくり読んでみた

…………なぜだろう

うっとおしく感じていたハズなのに

未読のメールを開いていくたびに

僕の心は希望で満たされていくような

「進まなきゃな、とにかく……」

ケータイを握り締め、煙草を咥えたまま僕は外へ出る

煙草の灰は帰ったら掃除しよう、今はするべきことがあるんだ

夢(足跡)を見ないように、昔(足跡)を追い求めないために

そして僕は顔を上げて、ただ歩こうと思う

先へ……先へ…………

ただ、足を動かして―――――(了)




※結構修正します。友人からのダメだしとか厳しいのでw

 そういうところも含めて応援よろしくお願いします。



彼の答えは彼自身が見た夢の、彼の出した答えです

皆さんは彼の夢に対してどんな答えを出したのか?

あなたなりの答えを出してください

最後に、貴方は今夜どんな夢を見て、どんな解釈をするのでしょう……それは貴方だけの答えです。大切にしてください

オヤスミナサイ

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