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夢と現実と

アニエスは夢を見ていた。それはまだ自分が幼かった頃だ。

 朝の光のなかで、父が呼ぶ声がして彼女は振り向いた。何故かその顔ははっきりしていなかったが、幼いころに戻った彼女にとってそれは些細なことだった。

 場面が切り替わる。

 内乱と裏切り。自由な宮廷文化は腐敗をもたらすのも速かった。

 飾りのたくさんついた、白い服の兵隊達が父王を連れて行く。後は砲声、銃剣の不気味な輝き、悲鳴。

 さらに暗転。気づくと馬車の上で揺れていた。

 王都は守られた。父の身柄を引き換えにして。

 王を殺す者はいない。それが出来るのは神だけだと言われていた。

 しかしその冠は奪い去られ、領土は切り取られた。

 そこで目が覚めて、アニエスは現実世界を認識する。白いテントに折りたたみベッド、小さな机。傍らの懐中時計に目をやる。

 いけない。寝すぎだ。

 夢の中ではどんなことでも現実味のあるものに思えるのだが、覚めてみるとこれほどいい加減なものもないな、と彼女は思った。

 アニエスは寝巻きを脱いだ。赤い短上衣に袖を通し、数珠のように連なるボタンを一つ一つ確かめるようにとめる。

 昨晩の命令の事を考えるとアニエスは気が重くなった。ドスタンが流血が起きてもバーンズビーの村を手に入れるつもりなのは、昨日の態度を見れば明らかだった。

「なるようにしかならないわね」

 ブーツに右足を通したところで、外から入室を求める声がしてアニエスの思考は中断した。やや遅れたものの、聞き慣れた声と知ってアニエスは着替えの途中だが返事をした。

「入りなさい」

「ユゼフです。おっと、失礼しました」

「ああ、お前か。いいのよ、私は寝坊よ」

 アニエスと同じ深紅の軍服を着た男は自分の上官が支度中と知って目をそむけた。

 年老いていはいるが、体格のいい男だ。その大きな後ろ姿は、今では父よりも馴染みを覚える。アニエスは安堵した表情で彼を迎えた。

「出撃の準備が整いました、兵はすぐにでも出れます」

「そう。大尉は力ずくでもこの村を手に入れる気らしいわね」ため息混じりにアニエスが漏らす。

「そのようですね……」

「なに? こには私達の言葉をわかる者は誰もいないわ。思う所を言ってみなさい」

「その、ドスタン大尉の部下は練度が十分でなく……」彼がポスナニアの言葉で述べ始めた。

「それどころじゃないわ。かれらは野盗よ。軽騎兵の悪いところだけを寄せ集めたような連中」

「そこまでは申しておりません」

「いいの。本当に偵察もまともに出来ない軽騎兵がなんの役に立つと思って?」

「寄せ集めなら歩兵も変わりないでしょう」

「それなら歩兵になればいいのよ。会戦で死ねるわ

 軽騎兵はその身軽さが一番の武器だ。素早い移動力で戦場を縦横無尽に駆け巡り偵察や敵の追撃など、速度が求められる場面で真価を発揮する。

 裏を返せば、戦闘では自分より弱い相手――民衆や敗走中の敵――以外には正面からの戦闘で敗れることも多く、主だった会戦ではめったに投入される機会はなかった。

「彼らが『不死身の騎兵』と揶揄されるのも無理ないわね」

 そのため、代わりに治安維持などの汚れ仕事を任される事も多く、他の騎兵から戦場では死ぬことの無い「不死身」の兵科として、一段低く見られていた。

 そういった性質もあって、集まる人間も命知らずの若者か、馬に乗ったヤクザまがいの人間が大多数だった。

「今日は大変な事になるわ。あなた達は私の命令があるまで何があっても動いてはダメよ」

「元よりそのつもりです」

「こんな辺境で死なせはしないわ」

 アニエスは念を押した。部下は優秀だが常に勇気を持ちすぎると彼女は思っていた。

「どこにいても同じです。無き祖国と姫様のために死にます」

「滅多なこと言うものではないわ。それに今の私はただの騎兵中尉よ」

「失礼致しました、中尉」

「今日は荒れるわ。皆にしっかりとするように伝えてちょうだい」

 彼はただ黙礼してアニエスの言葉に応えると、テントから立ち去った。

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