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大尉の招待

 野営地では兵士たちのテントが等間隔に並び、野営地全体が大きな正方形の陣地になるよう配置されていた。

 その全容はサーカス団が一夜にして作り上げた小さな街のようだった。テント群を四等分する線に沿って少し広めにテントの間隔が取られている場所があり、街で言う大通りの役目を果たしていた。

 その大通りの入り口の反対側、一番奥に士官や将校の天幕が集まっていた。見張りの兵士が警戒する中、キアラは士官のテントへ向かう。横には案内役のアニエスの姿があった。

 幾つかある士官用テントの中でも、一番大きいテントにキアラは案内された。

 テントの中だというのに椅子もテーブルもどこかの屋敷から持ってきたかのような素晴らしい細工が施されていて、テーブルに並べられている食器もよく磨きこまれ、手入れがされていた。

 既にキアラ以外の招待客は揃っていた。

「みんな来ていたのね。アルも」

「キアラが家に帰ってこなかったから、先に来ていたんだ」バージルが言う。

「大事な交渉も兼ねておるからの、こやつは仕方ないが」そう言ってアルの背中をたたく。

「村長に頼んで出してもらったんだよ」ウォルターが言った。

「ああ、牢屋じゃまともな飯も食わしてもらえなかったからな」

「どういうわけかアルのことは大尉が譲らなくてな。今回だけじゃ」

 ひそひそと村人たちが話し合っている間に、アニエスが再び入り口から姿を現した。

「皆さん席についてください。そろそろ大尉が来られるので」

 そう言ってアニエスも自分の席につく。彼女の他にも二人のラゴール士官が同伴するようだった。

 全員が席に着き終わるぐらいに、テントの入口からドスタンが現れた。彼は従卒に自分の上衣を預け同席の者たちを睥睨した。

「待たせてすまない。始めてくれ」

 ドスタンが上座に着くと数人の従卒が一斉に料理を持って入り口から入ってきた。その目も回るような鮮やかさにアルは驚いた。

「へえ、なんだこりゃ。まるでサーカスだな」

「少し黙っていたほうが良いわ」キアラがアルを叱った。

 各自のグラスに次々と飲み物が注がれると給仕は壁際に下がり、一時的な沈黙が訪れた。ドスタンがグラスを手に席を立つ。

「今日は夕食を共に出来る事を嬉しく思う。我々の出会いは最悪だったが、別れる時は友人として挨拶したいと思っている」

「本当かしら」キアラがアルに耳打ちした。

「連中金払いはいいぞ」

「あんたはそればっかりね」

「ふたりともお静かに」アニエスが注意した。

「若きハウンズ氏には特にお詫びしたい。幾つかの手違いで無用な心配をさせてしまった」

「いや、牛一頭でこんな大騒ぎになるなんて思いませんでした」ウォルターは昼間の鞭打ちを思い出して顔が少し引きつった。

「ありがたい。それでは……、国王陛下万歳ヴィーヴ・ル・ロワ!」

 ラゴールの士官達が国王陛下万歳、と続けた。招待された村人たちは無言でグラスを掲げるに留めた。

「ご馳走だなこりゃあ」アルは憑かれたように食事を貪っていた。

「あなた、ナイフとフォークの違いを分かってるの」

「失礼だな。年中野宿してるわけじゃないんだぜ。ナイフが刺す方で、フォークは……、これも刺す方だ!」

 それを聞いたキアラは呆れたように天を仰ぐ。

「……せめてゆっくり食べて。そうすれば少しはマシに見えるから」

「アルよ、あまりがっつくでないぞ」

「心配しなくても、十分に満足できる物を用意しているつもりだ」ドスタンがアルの方を見ながら柔らかく微笑んだ。

 アニエスは彼を見て可哀想な気分になった。この場に彼のような人間を連れてくればこうなることは分かっていたのに。これでは彼に恥をかかせに呼んだようなものだ。

 その証拠に、アルの姿を見ていた他のラゴールの士官は嘲りの忍び笑いを隠そうともしない。

「この辺りで取れた鹿肉です」アニエスは少しでもアルから奇異の目が逸らせればと思って話し始めた。

「ほう、随分と立派な鹿じゃな」

「ここにいるロタラン中尉が槍で仕留めたのだ」

「勇ましいのね」

「これも腕を鈍らせないためです。村の方も殆どが狩りをされるとか」

「農民が獣狩りとは。大陸では考えられん事だ」

「毛皮目的でなければ、ここでは狩りをすることは制限されていないからの」

「大陸では違うのかしら」

「ラゴールでは猟場が限られていて、許可された人間以外は狩りは出来ないです」

「なるほど」

「それに比べるとここは少々気性の荒い土地柄ですな」アニエスとは対照的に二人の若いラゴール人士官は村の事を見下しているようだった。この場にいる村人たちとは話そうともしない。

「そもそも、ここの森が広すぎるのだよ。森を全て開墾し、隠れ棲む亜人を追い出せば少しは住み易くなるだろうさ!」

「あいつら、好き勝手言いやがって」

「慣れてるわ。これくらい」

「もういいじゃろ。大尉よ。我々は話があって此処に来たのではなかったかね」

「それは失礼。早速本題に入ろう」

 ドスタンはグラスをあおった。今までとは打って変わって、彼の目つきが急に険しくなった。

「我々は総督の命を受けて商売の相手を探している」

「商売?」バーンズが聞き返した。

「そうだ。総督は国王陛下の名代で半島のラゴール領を統治しているのはご存知だな」

「ああ、このあたりはラゴール人の街も近いからの」

「我らの聡明な国王陛下は、度重なる大陸での戦争で膨らんだ戦費について憂慮されているのだ。例え大陸で敵対している相手とも、ここ半島では上手く仕事が出来ると聞いた」

 そう言って今度はアルの方を静かに見据えた。金の匂いを嗅ぎつけたアルは早くも話の続きが気になり始めた。

「そこで、此処に毛皮の交易所を設けたい。取引はラゴール政府と直接の取引になる」

「毛皮か」アルの瞳にかすかな光が差した。

「交易路は我が軍が整備する。村に軍が駐留する事になるが、そちらにとっても悪い話では無いはずだ」

「行商人が増えれば村も収入が増える、と言いたいんじゃな」

「もちろんタダで、とは言わない。準備金としてラゴール金貨で三〇〇枚を用意する」

「交易所を建てるだけにしてはちと多いのう」

「もちろん、余った金は村で自由に使ってもらっていい」

「賄賂か」バージルの顔に刻まれたシワがさらに深くなる。

「世の中を円滑にする手段だよ。不満なら通行料をとっても良いだろう」

「……貴様」

「我々の法律は貴国との毛皮貿易を禁じている。じゃが利益は見逃せないのも確か。ここは村に帰って検討するとしよう」

「いや、今ここで返事が聞きたい」

 村人一同は押し黙った。ドスタンは彼らの弱点をアルと見定めると唐突に話を持ちだした。

「そうだ、ここも毛皮が取れるのだろう? この辺りの森の事情に明るい人間をガイドで雇いたい。どうだね、ウォーデン? 報酬は期待していい」

 ドスタンは再び視線をアルに転じた。この男は自分を助けた上で雇うと言っているのだ。不安定な生活ともおさらば出来る。

「本当か……? でもなあ」

「引き受ける気なの? やめときなさいよ」

「報酬は毎月、決まった額支払う。収入の不定期な今より格段にいい暮らしが出来るぞ」

「おお! 乗らない手はないな」

「アル!」

「ムシュー・バージルも一緒にいかがかね」

「私は遠慮する。ラゴール人に税を納めるつもりもない」

「この話はなしじゃ」

 この話は危険過ぎるとバーンズは考えていた。言外に祖国アングリアを裏切れと言っているのだ。

「なにより軍隊の駐留は認められん、ここはアングリアの村じゃ。何よりそちらは隠し事が多すぎる」

「隠し事?」

「寄せ集めと傭兵の軍隊なぞ、信用できるか」

「どういう意味です?」傭兵、という言葉に今まで黙っていたアニエスが口を開いた。バーンズはアニエスの反発のを含んだ反応をみてある確信を得た。

「お前さん、ラゴール人じゃないな」

「……なぜそう思うのですか」

「話してみたんじゃよ。お前さんと同じ、赤い服の騎兵はラゴール語が分からない者ばかりじゃった。他のラゴールの兵士と会話している様子もなかったからの」

「なんだと?」

「味方同士のはずなのに、あそこまで仲が悪いというのも珍しい」

「それは……、説明させて下さい」

「結構。我々を田舎者と思って舐めてもらっては困る! ワシは帰るぞ」バーンズはやにわに席を立つ。キアラやバージル、ウォルターもそれにならった。アルだけは未練がましく席にしがみついていたが、キアラに踵を踏まれると、仕方なく立ち上がった。

「待ってください!」アニエスも立ち上がる。他に同席していたラゴール人士官たちは驚いて口を開けて見ているだけだった。

「中尉、村長は帰ると言ったのだ。引き止めては失礼に当たる」

「ですが」

「村長が言いたいことも分かる。明日また改めて話し合いの席を設けるとしよう」

「ではまた明日お会いしよう。村長」ドスタンが華麗にお辞儀をして退席を促した。

「言われんでも出て行くわい」

 不機嫌そうに出て行った村長に困惑しながらも残りの四人はバーンズの背中を追う。出て行く彼らをアニエスは不安そうに見つめる。

 アニエスとドスタンは再び席につくと話を続けた。

「なんという非礼!」

「蛮族にも劣りますな」二人のラゴール人士官が口々に言った。ドスタンは息巻く二人を遮ると彼らを無視して食事を続けた。

「半分は真実とは言え、傭兵などと言われては名誉に関わる。成り上がりの私ですらそのような言葉を中尉の立場で受けたら腹立たしい。ましてや公爵位をもつ者は受け入れがたいだろうな」

「私の名誉は既に祖国と共に消えました」

「ふん。しかし疑り深い連中だ。やり方を変える必要があるな」

「やり方?」

「中尉。兵に命じて馬に鞍を付けたまま休むよう伝えろ。夜明け前に出撃して村を包囲する。その上で村人を集め、総督の親書を読み上げる」

「彼らは話し合いの時間が欲しいだけです。そのような脅しはかえって反感を生むだけです」

「入植者に肩入れするのか。ヤツらは所詮、貧乏と戦争を嫌って自分の国から逃げてきた連中だ。原住民と大した違いはない」

「私は彼らの銃の腕を見て言っているのです。我々は装備不十分でカービン銃も全員に支給されていないんですよ?」

「そのために君を従軍させているのだ。そのための家宝の聖槍ではないのか」

 ドスタンはテントの奥に飾られた軍旗を見やった。その旗竿には真鍮板が取り付けられていた。『弾丸は嘘をつく。銃剣は正直だ』と板上の刻印が静かに蝋燭の光りで輝いていた。

「あれは味方を守るためのもので、罪なき人間を殺めるためのものではありません」

「さすがの高潔さだな。ポーゼン公爵閣下? いやポスナニア大公国のお姫様か」

「……それ以上は侮辱と受け取りますよ」

「事実だ。とにかく明日は必ず命令に従ってもらうぞ。お前のところの槍騎兵も連れて来い」

「ええ。いいでしょう」

「忘れるな、国王陛下はまだお前たちを許した訳ではないのだ。私に仕える以外、外国人のお前がラゴールで生き残る道はないのだ」

「……承知しております」アニエスが握りしめた指が真っ赤になるのを見て、ドスタンは愉悦に顔を歪ませる。

「よろしい。ではもう戻ってよい」

 アニエスは頭を垂れると自分の幕舎テントへ急いだ。

 彼は実力で村を押さえにかかるだろう。なんの抵抗も無いことを祈りつつ、そんなことは無いだろうと思うと胸の中が鉛のように重くなるのを感じた。早く冬になれ。そうすれば軍も冬営に入り、誰の死を見ずに済むのに。子供じみた考えだと分かっていはいたがアニエスにはどうすることも出来なかった。

 今の彼女は自らをアヴァールの軍人としてそれまでの思考を切り離した。そして軍曹を一人呼びつけると、先ほどのドスタンの命令を全隊に伝えた。



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