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再会の使者

 大地が鼓動するかのような大きな音にアルは目を覚ました。反射的に起き上がろうとして、板が引っかかる痛みにうめき声を上げた。太陽はだいぶ高い位置まで上っているようだが、首の動かないアルには確かめようがなかった。

 アルは音の正体を確かめようと、痛めないようにゆっくりと首を回した。

 それは街道を埋め尽くす騎兵の二列縦隊が生み出す蹄の音だった。

 追い返した次の日とは言え、不意を突かれた村は大騒ぎになった。バーンズは前日と同じように村人を村境に集めて村の守りを固めた。しかし、彼の表情は硬い。

「今度ばかりは追い払うのは無理かもしれないのう」

「今度は槍騎兵もいるみたいです。総勢三〇〇騎ほどでしょうか」無数に輝く槍頭を見てバージルが言った。

 号令が列の複数の場所からかかると、騎兵の隊列が村の手前で止まった。村人はバーンズを先頭に皆、静かにその様子を見ていた。

 隊列から三人の騎兵が出てきた。そのうち二人はそれぞれ軍旗と思しき旗と白旗を携えていた。二人の先頭を行く男は他の兵よりも一段と豪華な羽飾りを帽子に付けていたので、彼が部隊の指揮官であることはすぐに解った。

「我々と交渉するつもりか」

「今度は話し合いをするつもりがあるようじゃな」

 さらに三人が近づく。今度は旗を持った二人が隊列と村人たちの中間で停まり、指揮官の男が馬から降りて村長の元まで歩いて行った。

 彼は村長の数歩手前で立ち止まると、右手で帽子をとって左足を引き、貴族特有の勿体ぶった、それでいて優雅なお辞儀をした。どの国でもそうだが、軍隊の士官はほとんどの例外を除いて貴族だった。

 村長は自らの帽子を軽く持ち上げてそれに答えた。

「ラゴールの貴人とお見受けするが」

「いかにも。私はギヨーム・ドスタン。本当はもっと長いのだが、今は騎兵大尉という肩書で十分だろう。貴方が村長かね?」

 湿った声でそう言うと男は帽子を元の位置に収めた。

「ええ。レイカー・バーンズです。今日はどのようなご用向きですかな」バーンズはにこりともせずに聞いた。

「先日は私の部下が大変な失礼をした。あなたの冷静な対処のお陰で悲劇に至らずに済んだと聞いている」そう言って再び頭を垂れた。

「なーに、揉め事には慣れておりますゆえ」

「部下には偵察のみを命じたのだが、このあたりは未開の地。我々も不案内だ。加えて我々は外交的に重要な任務でこちらに来ている。神経質になるのは察していただきたい」

「そうですかの。わしら難しいことは分からんが、お互いの勘違いで済まされればそれが一番じゃな」

「牛の賠償や部下の処罰など、詳しい話は後でゆっくりとしましょう。先に一つ頼みたいことが……」

「軍の野営、ですかの」

「話が早くて助かる。この辺りは森ばかりで開けた場所も少ないのだ。もちろん外の休耕地で構わない」

「昨日のような事が起きなければいいがのうバーンズは横目で騎兵の集団を見やる。

「心配なさるな、ご老人。これから行われる物を見れば、誰もそんな気は起きなくなる」

「……なるほどのう」村長は彼の言葉の裏にあるものを察したのか、妙に納得した様子だった。

「とりあえず、村の皆と話してきて良いかの。村に入れるかどうか、老いぼれ一人で決めるわけにはいくまいて」

「それでは連絡用に将校を一人寄越そう。……ロタラン中尉、ここに」

 そうドスタンが隊列に向かって叫ぶと、槍騎兵の隊列から深紅の軍服を纏った騎兵が一騎、やってきた。

「私の副官、アニエス・ロタラン中尉だ。用向きがある場合はこの者に頼むとよいだろう」

「よろしくお願いします。村長」かしこまってアニエスが挨拶した。

「女騎兵とはのう」バーンズは驚いているようだった。

「中尉は階級こそ私の下だが、公爵家の令嬢で男爵の私よりも地位は上だ。どうか礼節を忘れぬよう」

「それは大変な失礼を。閣下」恭しくお辞儀するバーンズ。

「私は構いません」

 このような事には慣れているのかアニエスは困惑することもなく、軽く手で制しただけだった。

「猶予は一時間ほどでよいかな?」

「それで結構じゃ」

 ドスタンは再び馬に乗るとアニエスだけを残し、二人の旗手と共に隊列に戻っていった。

「やけに慎重な指揮官でしたね」バージルが呟いた。

「これも何かの裏があるのかな」ウォルターが怪訝そうに言った。

「これ、アニエス嬢の目の前でそういう事を言うものでないぞ」

「だけどさ……」たしなめられたウォルターは納得しない様子で漏らした。

「いいんです。私が言うのもなんですが、信用して頂いていいと思います」

「……つまり君は人質ということだな」言外にそうにじませるアニエスの顔を見てバージルが納得したように言った。

「私がここにいるということは、そういう事です」アニエスの顔が少し陰った。

「自分より高貴な人間を人質に送るとはのう」

「あなた方に信用してもらうのに、副官の私を差し出すのは現実的な選択です」

「理屈は間違ってないな」バージルも首肯した。

「何より、このご令嬢は気高さだけでなく、知性と品格、なにより度胸も兼ね備えておる。粗相があっては村の名折れじゃ」

 その場にいた村人の意見も同様だったのだろう。男たちは口々に彼女の勇気を讃えた。

 アニエスは敵味方かすらわからない人間に囲まれた中、落ち着いた物腰で動じる様子もない。男に混じって軍務についている事情や、その中で女性らしさを失っていない彼女を見て村の多くの人は興味を抱き始めているようだった。

「野営の件は村の酒場で話し合いたい。うちの村では決め事は酒場と決まっておるのじゃ」

「わかりました。お供します」

「私は念のためここに残ります」バージルが言った。

「そうじゃの。何かあったら知らせてくれ」

 その場にバージルと数人の村人を残して、バーンズたちは酒場へ向かった。

 その道すがら、ウォルターはずっと気になっていたことをアニエスに聞いた。

「あなたは他のラゴール人とは雰囲気が違うね……、女だからとか、そういうんじゃないんだけど」

「それは私が彼らとは違うからでしょうね」

「それはどういう……」

「大陸での事情です。ここではなんのかかわり合いの無いことです」比較的素直に質問に答えていたアニエスが急に言葉を濁した。ウォルターはそれ以上深く追求するのをやめた。

「ところで、部下を処罰すると言っていたけど」

「それが?」

「……僕の牛だったんだ。だからどうなるのか知りたくて」

「お気の毒でした。軍法に則り大尉が、ドスタン大尉が決めることになります」

「そうじゃ、うちにも罪人はおるぞ。ほれ」そういって村長が指差した先にアニエスは見覚えのある顔を見つけた。

 アルは村長たちの声に気がついて、なんとかきつい穴から首を動かして声のする方へ顔を向けた。そこには村長とウォルター、それから――

 ――忘れられない、真紅の騎兵服をまとう、青い瞳の槍騎兵。

「お前!」

「あなたは!」

 二人は同時に声を上げた。彼女こそアルがここにいる遠因であり、命を助けたあのアニエス・ロタラン騎兵中尉だった。

「なんじゃ、なんじゃ。ふたりとも知り合いなのか」村長は二人に劣らず驚きの声をあげた。

「この人は私が獣に襲われた時に助けてくれた方です。なんでこんなことに……」

 アニエスは戸惑いながらも、村はずれの崖であった出来事を説明をした。

「なんじゃと?」

「牛殺しのアガシーだよ、村長」アルが言った。

「まさか、そういうことなのか」

「彼の銃の腕前は大したものです。半島に来て猟師は何人か見ましたが、彼はその中でも一番です」

「それに関してはワシも同じ意見じゃ」

「しかし、なぜ彼はこのように繋がれているのです?」

「密猟、密貿易及び窃盗の罪でのう。三日後の巡回裁判で死刑になるはずじゃ」

 死刑という言葉を聞いてアニエスは驚いた。

「待ってください、彼は私を助けただけですよ?」

「無免許だったんじゃ。無許可で毛皮の売買をするのはご法度じゃ。おまけに此奴はより高く買取るアヴァール人に毛皮を売ろうとたくらんでいたのじゃ」

「高い方に売るのが商売の自然な成り行きでは?」

「アングリア人はアングリアの商人と取引をしなければ違法なのじゃよ」

「中尉の気持ちは分かりますが、ここはアングリアの土地じゃ。貴方には関り合いの無いことではないかのう」

 関り合いのない――先ほど自分が言った言葉を返され、アニエスは言葉が出なかった。それでもなんとかアルを助けようと食い下がる。

「せめて刑が決まるまでは普通の牢に入れられないでしょうか。私も命の恩人は見捨てておけないです。どうか考えなおしてくれませんか」

「この体勢で三日もいたら縛り首になる前に首が折れちまう」アルは皮肉混じりに突っ込みをいれた。

 なかなか態度を変えようとしないバーンズにアニエスはあまり使いたくない手段に出た。

「お願いです。命の恩人を死なせるなど、これ以上ない不名誉で家名を汚したくない」

「……恐れ入ったわい。まあ牢屋に入れるぐらいなら構わんじゃろ。しかし裁判は別じゃ」根負けしたバーンズが少し考えるようにして言った。

「感謝します」

「まったく、最近は厄介事ばかりで困るわい」

 バーンズの指示で鍵を持った村人が現れ、アルを晒し台に繋げていた板を外した。

 自由な体勢を得たアルは首を鳴らすとスッキリした顔をして笑う。

「長かったなぁ」

「喜ぶのはまだ早いぞ。地下牢へ連れて行くんじゃ」

「今よりマシならどこにだって行く」

 つかの間の自由を満喫する余裕もなく、鍵を持った村人は今度は手枷をアルにはめて、役場近くの牢まで引っ張っていった。

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