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二人

 遠く響く一発の銃声を聞いてアルは遂に始まったかと、身を強ばらせた。だが、最初の銃声に続く喧騒は聞こえてこなかった。やがて、村人たちの歓喜の声。アルはウォルターの言っていた兵隊が追い払われたのだと知った。

 現場にいた村人たちが通りを歩くのが見えた。アルはそのうちの何人かと目があった。

 幸い、村長の人徳もあってか、アルに向かって石を投げるような者はいなかった。しかし数年ぶりに晒し台に繋がれた罪人に対する視線と罵りの声は投石に匹敵するものがあった。

 そうして日が暮れるまで耐えたアルの目の前に、キアラが食事と水を持って現れた。

「どう? 少しは反省した?」冗談めかしてキアラが言った。

「こんなの最初の一時間で嫌になるさ」

「それはそれは。ほら、お腹すいたでしょ」

 キアラは皿の中のスープを匙ですくってアルの口元まで運んでやる。アルは少しでも空腹を満たそうと口を突き出すが、思うように首が動かずに食べこぼしてしまう。

「お腹が空いているのはわかるけど、首を動かされると上手く食べさせられないわ」

「そっちの手の位置が低すぎるんだよ!」

「これじゃ餌やりね」クスクスと笑うキアラ。

「うるへー。まったく、首が痛くて困る」アルは匙ごと食べてしまうかのような勢いでスープの具を咀嚼する。

 あっという間に用意された食事を平らげ、水を流し込んで一息ついたアルは思い出したように喋り始めた。

「さっきの騒ぎだが、お前は見に行ったのか」

「……うん」

 キアラの顔が硬くなるのを見たアルは嫌な予感がした。こういう勘はよく当たる。アルは自分の読みを口にした。

「銃声が聞こえたけど、――あれはお前だな」

「……分かっちゃうよね。兵隊に逆らうなんて、生まれて始めて」

 大陸の村でなら兵隊に逆らうなどとても考えられない事だろう。ここ大半島はラゴールにしろ、アングリアにしろ、王宮から遠く離れた僻地にある。

 王権の強力な支配の及ばぬこの地だからこそ、自分たちの力で土地を守らなければならないと開拓民は信じていた。

「似たもの同士だからな。俺たちはこの村では浮いてる」

 二人は共に浮いた存在だった。一人は同族だが犯罪者。一人は異人種だが善き隣人。

「そうかもね。確かに私はこの村では異質な存在かもしれない。けれど、あんたと違ってこの村から逃げた事は一度もないの」

 キアラは何の躊躇ためらいもなく切り返した。

「この村しか私の居場所はないのよ。他のどこにもない。ラゴール人でも、アングリア人でもない、亜人の言葉も分からない私にはね」

 キアラは幼い頃にバージルに拾われ、それ以来『村の人間』として育てられてきた。身体的特徴は他の亜人と変わりないが、考えや生活習慣は開拓民そのものだった。

 何者かも分からない彼女の唯一の居場所こそ、バーンズビーの村なのだ

「バージルのおっさんがいるからな。確かに俺とお前ではそこが違う。お前は村で受け入れられるために、求められる以上の事をしたかったんだろ?」

「違うの……、ただ村を守りたかったの」

「無理するな。そんな事をしなくともここの人間はお前を受け入れてる」

「そんなことない、私はまだ……」

「もう帰ったほうがいい。その様子じゃおっさんにともまともに話してないんじゃないか?」

「でも」

「早いほうが、お互い傷は浅くて済むはずだ。さあ行きな」

 そう言ってアルは地面へ視線を落とした。キアラが涙して、ありがとう、と短く告げるとアルは家路につく彼女に僅かに微笑んだ。

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