入植者の矜持
「村長は……村長はいるかい」ウォルターが叫んだ。
「ハウンズの息子か、脅かすんじゃない、まったく」咎めるよううな声だった。
「久しぶりだな、ウォルター」バージルもウォルターに声をかける。
「ファーガソンのおじさんも一緒か、ちょうどよかった」
「いったいどうしたんじゃ」ウォルターの神妙な顔にバーンズが思わず尋ねた。
「ラゴールの騎兵が来る。人数は五人くらい」彼は息を弾ませながら続けた。
「あいつら、この村を探していたよ」
「こんな辺境の村に軍隊がか? 厄介だな」バージルが顔をしかめた。
「本当だよ。うちの牧場に来たんだ。まるでゴロツキだよ。牛を一頭やられた」
「それは本当か。バージル、早速確認じゃ」そう言うと、バーンズは食事をほっぽり出して向かいの役場まで走って行く。その後を二人が追いかけた。
バーンズは役場の二階へと駆け上がると、机から望遠鏡を取り出し、手際よく引き伸ばして覗いた。
「どう村長、見える?」ウォルターが思わずバーンズの肩を揺すった。
「慌てるな、ぶれて見えんわい……、あれか」
バーンズには見えた。村から伸びる道。三叉路の手前に馬に乗った男が数人。確かにラゴールの軍服を着ている。
「確かに来るぞ。しかし、良くあいつらより先に村に辿りつけたのう」
「あいつらに嘘の道を教えたからね。今頃は怒ってるだろうさ」
「また余計なことを……」バージルが唸った。
「時間稼ぎだよ」
「どうします? 街を荒らされたらたまったもんじゃない」バージルはバーンズの指示を仰いだ。
「穏便に済ませたいがのう……、一応は男どもに準備させておくか」
再び三人は酒場に戻ると早速行動を開始した。ウォルターは街の南北二ヶ所にある門を閉めるために走った。バージルは街の住人に外に出ずに家でじっとしてるように伝え、銃を扱える者は酒場に集合するように伝言して回った。
数分も経たないうちに、二十人ほどの男たちが銃を手に集まった。
自給自足が基本の半島では猟は誰の身近にもあった。どの家にもたいていは狩りをするための銃が置いてあり、皆が扱いに慣れていた。
それを示すように酒場に集まった男たちの身なりは多様だった。実際にその仕事も多岐にわたる。
バーンズは村の血気盛んな男達に向かって言った。
「ラゴール人がもうすぐ村にやって来る。ここにいるハウンズの息子が言うには、彼の牛を一頭殺した乱暴者じゃ。穏便に済ませるつもりじゃが、万一に備えて皆は北側の門の守りを固めて欲しい!」
村人たちは皆静かにうなずいた。並み居る男たちに混じってキアラの姿を見たバージルは慌てて声を掛ける。
「お前は家に戻っていなさい」
「キアラ、危険だよ」ウォルターも止めさせようとする。
「あら、誰かと思えば今回の首謀者さんね」
「僕は被害者だよ!」
「父さんは銃を扱える者すべて、と言っていたじゃない」
「お前は女だ」
キアラはバージルに掴まれた腕を強引に引き剥がすと、止めとばかりに言い放つ。
「イヤよ。私はこの村が一番大事なの。それは父さんが一番わかってるはずよ」
「……わかった。ついてきてもいいが、見ているだけだぞ」
いつもは感じられない娘の鋭い眼光に、元々娘に対して後ろめたさのあるバージルは根負けしてしまった。
村人の集団はバージルを先頭にぞろぞろと北側の門に向かっていった。
その様子はアルも見ていた。
なにやら慌ただしい様子で、銃を手にした男たちがぞろぞろと酒場に集まるのを見てさすがにアルも不穏な物を感じずにはいられなかった。
しばらくして男たちが酒場から出てきた。誰も彼もどこか息巻いていて、少し興奮しているようだった。
アルはその集団の中にウォルターを見つけると、口笛を吹いて彼を呼んだ。
「ウォルター、ウォルター、何だ? みんなで猛獣狩りか?」アルはからかうように言った。
「追い払う事になったんだよ。村長が男手を集めてね」
「キアラも行くのか?」
「ダメだって言ったんだけどね。どうしても行くって」
「そうか。出来るだけ連中に近づけないでくれ」
「気をつけとくよ」
ウォルターは再び門の方へ向かっていった。
準備が終わって、街は不気味なほどに静かで表通りには誰も居なかった。
こんな小さな町でも、人の声が全くしないとこんなに不気味なのかとアルは感じた。街中が息を潜めていた。
村人の一行は北の門までやってきた。門と言っても村を囲む腰の高さの柵を道の通っている所だけ開閉できるようにしてあるだけの簡単なものだ。
数人が門の近くにある物見やぐらを登った。
「バージル、作戦はどうするのじゃ?」
「今の連中、かなり軽装だった。あいつらはただの偵察だろう」バージルが答えた。
「両脇の茂みに数名隠して様子見する。後は村長の話術ですね」
「簡単に言いおって……、聞いた通りじゃ。皆バージルの指示に従うのだ」
バージルは特に銃の腕の立つ者を数名、脇道の茂みに配置し、自らも相手に悟られぬように、木の影に隠れた。
来たぞ、というやぐらからの声に続いて、曲がった道の向こう側からラゴールの騎兵が姿を現した。馬が動くたび、兜につけた馬のたてがみのような赤い羽飾りが大げさに揺れた。
「ここはバーンズビーの村か」先頭を行くラゴール人が叫んだ。
「何をしに来たラゴール人」村長が投げかけた。
「こっちの質問に答えろ、田舎者」
「そうじゃ」
「さっきのやつ、やっぱり嘘教えやがった! 畜生!」別の男がつばを地面に吐きながら言った。
「やめろ。お前がこの村の長か」
バーンズは震えを隠しつつ一歩前へ出る。
「いかにも」
「村を調べる。道を開けろ」
「調べる? ここはグレートティンバー入植地の村だぞ。ラゴール人の範疇じゃないわい」
「そうだ、引っ込んでろ」村人のうちの誰かが叫んだ。
「ぶっ殺すぞ」さきほどの騎兵が剣を抜いた。
「お前も黙れ!」一人のの男が剣を抜いた男を諌め、再びバーンズに向き直った。
「……もちろん、何も取ったりはしない。ただ調べるだけだ」
「儂は村の牛が殺されたのを知っておるぞ」バーンズは男の言葉には答えず、ただそう告げた。
「ほう?」
今度は男が目を見張った。すかさずバーンズが畳み掛ける。
「大人しくここから立ち去るんじゃ。今なら牛の事も多めに見てやろう……ウォルター!」
村長がその名を叫ぶと騎兵たちを取り囲むようにして銃を手に村人が茂みから飛び出した。それと同時に村長の周りにいた男たちも次々と銃口を騎兵たちに向けた。
騎兵たちは動揺した。全員が命を危機を感じたか、すかさず剣を抜く。
「ハメられた!?」
「畜生!」
すでに激昂していた一人がウォルターに襲いかかろうとサーベルを振り上げた。
その瞬間にキアラが構えた猟銃が火を吹き、鍋を叩いたような甲高い音がして男の兜飾りが根本から折れ、地面に落ちた。
誰も予想しなかった人物の行動にその場の時間が止まったかのように流れていった。
撃たれた男は肝を冷やしたのか、一瞬身体をこわばらせた後、しぶしぶ剣をおろした。
「あなたのその馬で牛一頭は買えそうね、……いいや駄馬かしら。その価値もないわ」キアラが普段は絶対に出ないような艶のある声で挑発した。
それを聞いたリーダー格の男はおののいた。
「……撤退だ」
「なんだと?」兜の壊れた男が未練がましく叫ぶ。
「この状況を見ろ! それに俺達が受けた命令は村の場所の確認だけだ」
戦力差を知ったリーダー格の男は恨めしそうにそうつぶやいた。彼が再び短く撤退を告げると、騎兵は森へ向かう道を戻っていった。
去り際に、兜飾りを壊された男はキアラに向かってラゴールの言葉で何か叫んだ。
「彼はなんと言ったんだろう?」
「『今度あったら弁償させる』だそうじゃ。まったく」
それを聞いた村人たちは一斉にドッと笑い、村の小さな勝利に酔いしれ、かぶっていた帽子を宙に投げ、村長万歳、としきりに叫んだ。
騎兵が森の奥へ消えていくと、集まった村の住人は祭りは終わった、とばかりに解散し始めた。何人かはそのまま酒場の方へと向かっていく。
キアラはしばらく村人たち取り囲まれ、嵐のような感謝と激励の言葉を浴びていた。まだ緊張の残るぎこちない笑顔を浮かべているキアラ。
それを見かねたバージルとウォルターが村人たちから引き剥がし、帰宅させる始末だった。
ようやく開放されたキアラは緊張の糸が切れたのか、猟銃にもたれかかるようにため息を付いた。
「怪我は無かった? キアラ」ウォルターが心配そうに尋ねた。
「こんなのアルの無謀さに比べたらなんでもないのよ」キアラは苦笑いした。
「本当にそう思ってるのかい」ウォルターはキアラに未だ落ち着きが無いのを見抜いていた。
「もちろん怖かったわよ、でも今は大丈夫、大丈夫だから」
「見ているだけだと言ったはずだ!」バージルが怒りを露わにする。
「その、見ていられなくて」
「無謀だった。お前はまだ十六の娘なんだぞ?」
「だからそれは……」
滅多に声を荒げる事のないバージルの辛辣な言葉にショックを受けたキアラは、何か言いたげな表情を作ったものの、上手く言葉に出来ずにいた。
「……ごめんなさい。もうアルの所に行かなくちゃ。食事の約束があるの」
キアラはバージルへ返答を避け、逃げるように自宅へ帰っていった。ウォルターは彼女の背中に投げかけるべき言葉を見つけられなかった。