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バーンズビーの村

「ぶわっは……!」

 地面が揺れるな感覚にアルは意識を取り戻した。

 干草のにおいに目が覚める。立ち上がろうと足を伸ばすと、硬い物にあたる感覚がする。

 目覚めたのは荷馬車の上だった。

 アルはしばし呆然としいたが、すぐに今までの経緯を思い出した。

 彼は反射的に、撃たれたはずの腹を探ろうとした。しかし後ろ手に嵌められた手枷によって腕が腹に回ることはなかった。

「クソっ、なんだこれ、俺の腹はどうなってる」

 何度も身体をよじって枷を外そうとするが鉄で出来たそれは外れる様子は全くない。

 不意にアルの背後から手が伸びて、服を摘んでアルの腹をさらけ出した。

「キアラ!」キアラが珍しそうにアルの腹を見ていた。

「俺の腹! 切れてない、綺麗だ! 何も飛び出てない!」

 撃たれた箇所は青あざと内出血で赤黒くなっていたが、傷はほとんどなかった。

「良かったね、骨も折れなくて」嫌味っぽく痣を突っつきながら、キアラが言った。

「痛ったたた、やめてくれ……」 アルは顔をしかめる。

「今度こそ、本当に死んだかと思ったわ。父さんの優しさに感謝することね」

「どこに向かってる?」道を確認しようとアルは顔を乗り出す。

「村よ」

「どこのだ?」

「バーンズビーだ」

 野太い男の声だ。御者台の方を見るとキアラの父、バージルが鋭い眼光でこっちを一瞬振り向いたのが見た。

「どうしたキアラ、その男が目を覚ましたのか?」

「俺は捕まったってことか」

「縛り首だ」バージルが短く答えた。それを聞いたキアラが今度は驚いた。

「嘘でしょ……? 生きたまま捕まえたって事は殺さないって意味じゃないの?」

「『森林官は殺さない』昔ながらの掟、ってか」アルが口を挟んだ。

「ウォーデン!」雷のような有無を言わさぬ大声があたりに響く。

「アルヴィン・ウォーデン! 悪い人間だ。密猟も禁じられたラゴール人との取引も許されることではない。だが刑罰を決めるのは私ではないのだ。それだけのことだ」

 そう言うと森林官の大男は背中を丸めて再び前を向き二度と振り向くことはなかった。

 アルは殺されなかった。だが罪が許されたわけではなく、正当な裁きが下るまでの一時的な処置に過ぎない。

 これから向かう村に本当の裁きが待っている。バージルに圧倒されたアルは、反論の言葉を飲み込みんだ。

 ほどなくして道の向こう側に小さな集落が見て取れた。

 バーンズビーの村にアルが村に来るのは半年ぶりだった。以前に見た時よりも建物が少し増えたような気もする。

 まず最初にアルの目を惹いたのは、通りに設置された『台』だ。村の南北を走る通りの交差点に台はあった。手のひら大の穴が三つ横並びに空いている板が壊れた標識みたいに台の上に立っていた。

 アルはその台が何かを知っていた。

「あれは晒し台じゃないか」

「その通りだ」バージルのくぐもった声が聞こえた。

 晒し台は板に開いた三つの穴に両腕と首をはめて固定する刑具だ。

 一般的には軽い罪を犯した者に適用される。軽いと言ってもこの刑が比較的安全という訳では無い。晒されている間は常に無防備な状態で、見世物扱いする見物人から石を投げられれば失明することもある。

 アルは他の街で見てそれを知っていた。見物人は大抵、石を投げることも。

「きっと大丈夫。私、あれが使われるの見たことないわ」キアラはアルに耳打ちした。

「十年前に刑を見た老人がショック死したかららしいわ」

「俺は見たぜ。先月、ナレッジヒルの街で」

「言っておくが、お前はあれで済むかどうか分からないからな」

 村の中心らしい所で馬車は止まった。バージルは手かせのまま、アルを荷台からおろした。

 あたりは酒場や雑貨屋などの商店が並んでいて、幾らか人が行き交っている。

 そして通りの行き止まりには村の役場があり、その隣にある公会堂の前までアルはつれていかれた。

「今から村長の所に連れて行く。粗相の無いようにしろ」

 アルの手枷を掴んで身体で押しやりながら、バージルは村長のいる部屋へと入っていった。

 バージルが扉をノックすると、「入りたまえ」というかすれた老人の声が聞こえた。

 三人が入ると椅子に座って書類仕事をする老人が居た。薄汚れたフロックコートにヨレヨレの革のズボンを履いていて、身なりだけ見れば、どこかの年老いた農夫にしか見えない。

 彼、レイカー・バーンズがこの場所に来た時は辺りは森林しか無かった。

 最初の数年は彼の家族しか森を切り開く人間がいなかった。二〇年たって、ようやく村の農業が軌道に乗ると、その功績を植民総督に認められ、彼は自らの名前を冠する村の村長に任命された。

 初期の入植者の一人である彼は、土地を開拓して村を大きくするのが自分の使命だと信じていた。村長になった今でも村人の開墾作業を手伝ったり、畑作りの助言もしている。

「私です村長」バージルは敬意を払った言葉遣いで言った。

「ああ、バージルか。今しがた船便が届いてな」老人が封のあい小包みを机においた。

「先月、本国では半島方面軍の編制が議会で否決されたそうじゃ」村長と呼ばれた老人は老眼鏡をかけ、自慢のヒゲを撫でながら書類に目を通していた。

「また一段とラゴール人との揉め事が増えるじゃろうな……」

「村長、お話が」

「おお、すまん。年を取ると独り言を言わなければ覚えておれんのだ。この後酒場で一杯やって……、その子供はなんじゃ」途中でアルの存在に気がついたのか、バーンズは老眼鏡をずらして彼を凝視した。

「子供じゃねえ! 俺はアルヴィン・ウォ――」

「密猟者だ、村長」 バージルが遮って言った。

「最後まで言わせろよ」

「まだ、子供じゃないかの」バーンズはアルの言葉は意に介さず、バージルを見た。

「証拠も有る」そう言ってバージルは窓の外を指さした。

「そうか、ならば早速検分じゃ」

 村長は外に出て荷馬車に近づいた。最初に目に入った大きな毛皮が目に入った。

「ほお、見たところ大物じゃな」

「『牛殺しのアガシー』、かなりの大型種です」

「去年、ハウンズの牧場を襲ったやつじゃな!」

「ええその通りです」

「勇気のある少年じゃ」バーンズが感心してアルの肩を叩く。

「いいえ。これを見てください」

 麻袋の中から取り出したのは、罠猟に使う荒縄とトラバサミ。

 それから女性物の下着。

「な、な、なんでええ!」最初に声を上げたのはキアラだった。

「持ち物を調べていたら出てきた」

「少年は下着泥棒もしていたのかね」

「ちがう、これはあいつが履き忘れてたのを俺が拾ってやったんだぞ」

「恥ずかしいこと言わないで! ていうか、持ってたんなら教えてよねっ!」顔を真赤にして詰め寄るキアラ。そして父の方に向き直る。

「父さんもすぐに返してくれればよかったのよ!」

「ごめんよ、キアラ。この悪党を捕まえるための窃盗の証拠だ」

「そんな見え透いた嘘はイヤよ」

「年頃の娘は難しいのう、しかし厄介じゃ」村長は気にもとめてないようだった。

「アングリア刑法によれば、五シリング以上の窃盗は死刑とあるのじゃが……」村長は躊躇いがちに言葉を濁す。

 刑法は百年以上も前に制定された時から一度も改正されたことがなく、罰金や被害額の基準は全て百年前の物だ。

 法が定められた時は大金だったに違いないが、相次ぐ大陸での戦争でアングリアの貨幣価値は大幅に下落してしまった。それにも関わらず、頭の硬い法律家達は常に法律は完璧である、として一字一句変更を許さなかった。

 結局、時の政府が毎年女王に千人規模の恩赦を請願することによって強引に時代に合わせいる有り様だった。それでも地方では恩赦の布告が届く前に死刑に処される者も多く、半島のような僻地ではなおさら布告が届くのが遅れた。

「その下着はどう見ても、五シリングはしないだろう!」

「じゃが、毛皮の方は一〇〇シリングは確実にあるじゃろう。素晴らしい毛並みじゃ、つまり……つまり……」ヒゲをせわしなく撫で付けながら、村長が言いよどむ。

 ヒゲを触る手がピタリと止まり村長が目をひんむいた。

「絞首刑じゃ!」

「あはは……って死刑なの、アル死んじゃうの?」

「下着泥棒及び密猟の罪で死刑か、こりゃあ、村の歴史に名前が残るわい」

「ふっざけるな! 百年も前の法律に殺されちゃ世話ないぜ!」

「そしたら、私の名前も残っちゃうじゃない、ファーガソンの家の名前に泥を塗るの父さん」

「しかしアルが盗んだのは事実だ」

「イヤよ、誰かが死ぬのを見るのは嫌……」泣き出しそうなキアラを見てバージルは慌てて話題をそらす。

「ともかく、巡回裁判は三日後でしたね、村長?」

「縛り首なんぞ村ではウン十年もやっとらんぞ。処刑台も今じゃ子供の遊び場じゃ、ホレ」

 村長が指差す先、通りの中心に木で出来た大きな枠のようなものがあった。確かに三人の子供がよじ登ったりして遊んでいた。

「ま、準備もいろいろある。村の掟通り判決が決まるまでそこの晒し台で反省するんじゃな」バーンズはアルの背中を叩くと自分の事務所まで戻っていった。

 村長と入れ替わりに役場から体格のいい男が出てきた。彼は酒場の主人だ。店が暇な日中は村長の助手もしている。

 アルは枷をされたまま酒場の店主とバージルに連れて行かれ、晒し台に手と首とを嵌められた。その格好は滑稽で、アルに精神的苦痛を与えるのに十分だった。

「私はこの後村長と話がある。お前はもう家に帰っていなさい」

「父さん、アルが死刑って本当なの? 冗談でしょ、こんな事で……」

「それは判事が決めることだ」バージルが諭すように言った。

「気にするな、密猟者の命なんて安いもんだ」アルが笑った。

「さあ、家に帰るんだ」いつまでも帰ろうとしないキアラをバージルが言った。

 キアラはどうしていいか分からず、辺りを右往左往するばかりだった。見かねたアルが声をかけた。

「早く帰らなくていいのか」

「ごめんなさい。こんなことに成るなんて思ってなかったの。軽い説教を受けて、反省して、それでハイおしまい、だと思ってた」肩を落としてキアラが呟いた。

「お前のこれから先が心配になるな。俺はお前を身代わりにしようとしたんだぞ?」

「それはそうだけどさ……」獣の耳がひょっこり現れて垂れた。

「ほら、また耳が出てるぞ」

「ん? ああ」キアラは面倒くさそうに唸ると、頭をなでつけて耳を隠す。

「早く行かないと、お前まで変な目で見られるぞ」

「やっぱりもう一度父さん達に言ってくる、決まったわけじゃないし」

「俺に関わるな、森林官の娘だろ?」アルが拒絶するように言った。

「心配いらないさ。今まで好き勝手やってきたんだ」

「キアラ、その男から離れなさい」苛立っているのか、バージルの声は少し震えていた。

「……夜になったら食事を持ってくるわ」

「私はあんたの命を諦めないから」

 二人にしか聞こえない声でキアラはそう言い、バージルに連れて行かれた。アルはなんとか首を動かすとキアラを見送った。

 キアラはああは言っていたが、森林官の娘が密猟者の肩を持つ、というのはあまり褒められたことではない。それで無くともキアラは亜人なのだ。亜人との接触が多いこの村の人々の中にも、亜人を野蛮な種族として蔑む者はいる――。

 首の苦しさを少しでも紛らわそうと、アルは首を伸ばす。つぱった首の皮がひりひりと痛むのを感じた。

 アルは視線を彷徨さまよわせていたが、道の反対側の古びた絞首台に目が留まった。長年使われていないようだったが、人々に無言の圧力を与えるその存在感は圧倒的だった。

 残りの三日間、あれを眺めながらすごさなければならないと思うとアルは気が滅入った。

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