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誰がために

「バカな」

「アル! 銃をよこせ!」

 アルは慌てて自分の銃を渡した。あのバージルが焦っていた。

 無理もない、彼がこの距離で外すことなど滅多にないのだ。やはり人を狙うというのはそれ程に人に緊張を強いるのかとアルは感じた。

 予備の銃を用意しておいて正解だった。バージルは素早い動作でアルの銃を構えた。

 一瞬、照星の向こう側に不気味に笑うドスタンを見たバージルの表情が凍りついた。

 二発目も当たらない。バージルの顔を見たアルの本能が告げていた。

 バージルは是非もなく引き金を引いた。

 二発目が撃たれるまでの間は一秒もなかっただろう。それだけの時の中でドスタンが銃口から逃れるすきがあるとは思えない。

 予感は的中し、ドスタンの身体に傷を追わせることは出来なかった。

「そんなありえん」村長は唖然として呟いた。

 彼は見てしまったのだ。二発目の弾丸がドスタンの目の前で不自然に静止して、地面に落ちていくのを。

「まるで、まるで魔法じゃ……だが、そんなはずはない。そんなはずは……」

「あるんだよ」

「ガウェインの祈祷師でもこんな芸当は」

「信じたくなければそれでいい」

 そう言うとドスタンは剣を手の中で返し、バーンズを峰打ちにした。かろうじて意識はあるものの、バーンズはその場にうずくまって身もだえしている。

「まだこの剣を血に染めるわけにはいかんのでな」

「大尉、民衆が騒いでます」軍曹が悲鳴に近い声をあげた。

「総督閣下から委譲された権限に基づき、速やかに治安を回復せよ」

 ドスタンが手を降ると集合を告げるラッパがそれに続いた。ラッパの音色を合図に、ドスタンの後ろに控えていた騎兵達が壁のように整列し、一帯を占拠した。

「大尉ダメです、彼らを殺してはなりません」

「中尉は見ていればいい。騎兵中隊、抜刀!」

「抜刀!」軍曹が号令し、待機していた軽騎兵達が一斉に剣を抜き放つ。剣先が朝の低い陽光を浴びてギラギラと光り、村人たちを怯えさせた。

「かかれ野郎ども。餌だ」

 軽騎兵は甲高い、雄叫びともつかない奇声をあげながら民衆に襲いかかった。

 逃げ惑う人々から怒りは消え、代わりに恐怖の感情が彼らを支配した。

 群衆の中に銃を隠し持っている者が数名いた。

 即座に散発的な発砲があったが、騎兵は傷つくことはなかった。説明不可能な力の前に、弾丸は全く威力を持たず、まるで砂のように崩れるばかりだった。

 騎兵たちは銃撃など全く気にせずに馬の速度を緩めること無く、群衆に突っ込んだ。

 人々に襲いかかる彼らの姿は盗賊のようだった。老若男女の区別なく、右に左に斬り捨てていく。汚れ仕事に慣れすぎてしまった彼らに躊躇などあるはずもなかった。

 アニエスは目の前の光景に動揺するばかりで、部下に手を出さないよう命令するのが精一杯だった。それを見たドスタンが皮肉交じりに問いかける。

「こういうのは初めてかね、お嬢さん」

「せめて彼らに逃げ道を与えてください、大尉。これでは大勢の死人が!」

「最初に自分たちの立場を分からせておかなくてはな」

「これは治安の維持の範囲を超えています! あなたの騎兵を止めてください」

「貴官こそ、私の指揮下にあるというのになぜ部下を動かさない? 本当なら、貴様の頭越しに命令を出してもいいのだが、亡国の貴族と思ってこちらは気を使ってやっているんだぞ?」

「ではそのようにされたらいかがです?」

「信じられん役立たずだ。貴様の任をすべて解くぞ!」

 ドスタンは今までにない激しい口調でアニエスを罵った。槍騎兵たちはアニエスの命令以外では一切動かない。そのお蔭で何度もアニエスに譲歩を強いられてきたことをドスタンは思い出す。

 だが事が始まってしまった以上、彼はやり方にこだわらなかった。

 一方のアニエスは駆逐されつつある少女と目があった。昨日、晩餐を共にした現地の少女だ。その瞳には懇願の情が浮かんでいた。

 目をそらすことが出来なかった。

 その小さな唇が微かにうごいた。

 ――たすけて

「姫様、堪えてください。ここで間違いがあればポスナニアに残った者がどうなるか……」

「分かっているわ」彼女がユゼフを遮った「分かっているわよ」

「槍騎兵を動かせ! 奴らを駆逐しろ!」ドスタンが耳元で喚いた。

「……戦闘隊形」アニエスがやや低い声で言った。ユゼフの顔が僅かにゆがむ。

 攻撃準備のラッパが鳴り、槍騎兵たちは手にしている槍を構えた。誰もが彼女の次の命令に備えていた。

「それでいい、やっとその気になったか」ラゴール人の大尉はほくそ笑んだ。

槍騎兵ウーラン、軽騎兵を止めなさい。ただし殺さずに!」

「了解!」

 彼女の命令を受け、彼らは暴虐の限りを尽くす軽騎兵を止めにかかった。ドスタンはアニエスの信じがたい言葉を耳にして更に激昂した。

「槍騎兵ども! 上官は俺だ、俺の命令を聞け! ……くそっ、この小娘がぁ!」

 ドスタンは命令が無駄と分かると、自らのサーベルを抜いてアニエスに斬りかかった。

 彼女の愛馬が驚いて前足を高く上げていな鳴く。アニエスはドスタンが不意に放った脇からの一撃を素早く避けた。彼女はそのまま彼の右腕を両手で抑えながら、自分の足の甲で相手の足を、蹴りあげた。思わぬ反撃を食らったドスタンはそのまま落馬した。

 アニエスの故郷に古くから伝わる馬上格闘術。銃と大砲が全盛の今の世で役に立つとはアニエスも思っていなかった。

「これがテコの原理ってものよ。理性の時代、素晴らしいわね。まったく」

「お前はもうおしまいだぞ、ラゴールに逆らって……」吠えるドスタンの喉元にユゼフが手にした槍が突きつけられた。

「徒歩で逃げる騎兵ほど哀れなものはないわ、今の貴方は狩りの獲物同然よ」

 ユゼフは槍を逃げる手に力を込めた。彼が槍を振り上げようとした時、アニエスは自らに問い返した。さっき自分は部下たちになんと命令したか。

「殺すのはダメよ」

「こうなった以上、生かしておくわけには……」

「そうは命令していないわよ。捕らえるの」

「後に禍根を残しますぞ」

 二人の会話は数秒にも満たなかったが、二人の視線が自分から離れた一瞬をドスタンは見逃さなかった。彼は這うようにして後ずさりし、逃げていく。彼のそばに控えていた旗手は逃げる彼の姿を見て、軍旗だけでも無事に持ち帰ろうと逃げだした。

「なぜ討たなかったのですか」

「あんな奴、貴方の槍が汚れるだけよ」アニエスが答えた。「今は村人の救出が優先よ」

「こうなった以上は何も言いますまい。しかし、この混乱はドスタンから軍旗を取り返す絶好の機会」

「『聖槍』は祖国復活と私の戴冠に必要なもの、だから?」

「ええ、あの男や私の命より価値あるものです」

「……良いわ。好みの兵を連れて行きなさい」

 ユゼフは軽く頷くと、一人の槍騎兵を連れて逃走した旗手を追って突撃していく。

 目の前で苦しむ村人たち。それはアニエスが最後に目にした祖国の民の姿と変わりない。その片方でもを救える自信はアニエスにはない。

 耳に覚えのある悲鳴が聞こえて、そんな感傷を吹き飛ばす。

 今は一人でも多くの村人を逃がすべきと、アニエスは混乱の渦の中へ身を投じた。

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